renegade 9 |
FILE.9 13TH JULY AM00:31 ACE: THE FINAL SHOW DOWN 「おれの首が欲しいか?」 「……オヤジの手土産にする」 赤髪が喉の奥で、ほとんど優しげな笑い声を立てた。カジノテーブルに叩きつけられた衝撃でまだ目の前がチカチカした。でも血は見てないはずだ。 そして場違いこの上なかったが、くらくらする頭でぼんやりと、キスはここでおしまいかと思い、おれはとてつもなくがっかりした。 「あのオヤジは喜ばねえと思うがなあ」 「オヤジの命令だ」 赤髪が怪訝そうに眉をひそめた。こんな美形を間近で見たのは初めてだったので、おれは馬鹿みてえに無防備に仰向けになったまま、やつのよくできた容貌に見とれていた。 「白ひげはそんな指示は出さない」 やつは断言した。 「出してんだよ、実際に。だからおれがここにいるんだ」 「間違いだ。あのオヤジはそんな男じゃない」 また断言した。あまりに自然な態度に、おれは少したじろいだ。 「間違いじゃねえよ、ティーチに聞いた」 赤髪の表情が一転した。瞬間、おれは殺されると思った。それくらいの殺気が放たれた。 凍り付いたおれの前で、しかし赤髪はすぐに物騒な気配を引っ込めると、苦笑のような顔をした。 「あいつには近寄るな。お前は、はめられたんだ」 おれは頭に血が登った。暴れようとしたところをまたテーブルに叩きつけられた。 「家族を侮辱する気か」 「家族は選べ、エース。痛い目見るぞ」 「それ以上言ったらお前を殺す」 おれの手を取り、彼は自分の額にあてた。女みたいに綺麗な印象の瞳の上に、痛々しく3本の傷痕が走っている。 「この傷はあの男にやられた。おれを消したがってるのは白ひげじゃない。ティーチの方だ。うちとモビー・ディックの抗争を抑えているのは、白ひげとおれだ。今おれが消えたらどうなるかわからないほど、あの男は馬鹿じゃない」 おれは言葉を失った。 黒ひげティーチはファミリーの中でも古株で、誰一人こんなことを言うやつなんていなかった。ティーチは家族で、家族を疑うなんておれの信条に思い切り反する。 そして赤髪は初対面の、しかも敵の大ボスだ。 でも何かがあった。 オヤジと同じ魂をもった人間だと、おれの本能が囁いている。 オヤジの命じゃないのか? オヤジは赤髪が消えることを望んでいないのか? おれは混乱した。 混乱しきって、身体中から力が抜け、敵の腹の下で指一本動かせなくなった。 「……オヤジじゃねえのか」 ずいぶん頼りなく響いた。困ったように赤髪が笑った。本当に人が良さそうな男だ。 「かつがれたなぁ、エース」 隻腕がくしゃりとおれの頭を撫でた。おれは泣きそうになった。 赤髪がおれを押さえこんでいた力を抜いて、身体を起こそうとするのが、彼の体温が離れていくのが、信じられないことにひどく心細く感じた。 「……殺せよ」 「何?」 「殺せ」 「何言ってんだ、誤解だっただろう」 「誤解でも何でも、おれはお前の命を狙ったんだ、掟だろう」 「面倒くせえな」 「め……」 「それよりお前、うちに入るか?面白そうだ」 「は……」 周りで見ていた取り巻きから、ため息と呆れる声が聞こえたが、誰も止めることはしなかった。止めても無駄な男らしいってことが、だんだんおれにも理解できてきていた。 「おれは白ひげの息子だ」 「そうか?」 「おれの誇りだ」 「そうか。それじゃ、お前をどうするかな」 気のよさそうな明るい声が、不意に低く物騒になった。不覚にもぞっとした。おれは全身の筋肉を張り詰めた。 王者がベールを脱いだって感じだ。 忘れてはいけない。こいつは白ひげと対等な口を利く男なのだ。 「……殺さねえって言ったろ」 赤髪が油断なく微笑し、店の入り口に視線だけ向けた。 一拍置いて、エンタランスでざわめきが起こった。 FILE.10 |