when i'm with you






 彼にとっては我慢の限界だった。
 休みの朝に飛び込むと機嫌が悪いのはわかっている。兄ちゃんが問答無用で自分より偉いのもわかっている。自分より強いし、優しいし、守ってくれるから、エースの言うことを聞いていればいつも間違いはなかった。
 でも今朝はそんなことに構っている余裕はなかった。
 限界だった。

 ドアを蹴飛ばし、床を蹴ってベッドの膨らみの上にダイブした。腹の下で潰れたように情けない声が聞こえてきて、ルフィはいつもの満足したときの笑い声を上げた。

「エース」

 掛け布団の上からしがみつくと、彼の兄はますます布団の中に潜り込んだ。ルフィは不服そうに口を尖らせた。布団の上をばんばん叩く。少年らしく細い身体に似つかわしくない馬鹿力なので、普通ならこれはかなり痛いはずだった。
 でもエース相手に手加減は無用だ。

「なあ、朝メシ!」

 耳元で怒鳴ると、相手は起きるどころかガードするように布団を固く引きよせた。ルフィは憤慨した。無理矢理布団の端を引っ張る。特徴のある癖毛が覗いたが、それ以上は梃子でも動かなかった。

「エース!」

 ちょっと覗いた頭に、ルフィが大きな口で噛み付いた。

「いってぇ……!」

 布団がはねのけられ、ようやく姿を現したエースがのろのろと頭を押さえた。望んだ効果に、ベッドの端に転がったままルフィが笑った。彼は敏捷に跳ね起き、すぐにエースに飛び付いた。しかし彼の兄は衝撃に逆らわずに、そのまま力なくぱたりとベッドに倒れこんだ。

「なんだ、情けねぇぞ」

 反撃を期待していたルフィがだだっ子のように彼を揺するが、意外と長い睫毛は安らかに閉じたまま少しも動かない。
 鋭く整った横顔を眺めながら、ルフィは困った。死んだふりをして逃げるなんて卑怯だしまったく子供みたいだ。

 大学に進学してからというもの、エースが彼の相手をしてくれる時間は格段に減った。彼がただ遊んでいるわけではなく、課題やバイトに忙しくて−−養ってくれる親がいないから、自分のためにも兄が苦労しているのはわかっているが−−最近では一緒に夕食を食べることもあまりない。

 ルフィだって部活にバイトに人並み以上に励んでいるが、ときどきエースはやりすぎだ。実は昔からそう思っていたが、今回は本当にそう思った。ルフィはちゃんとエースのための時間を空けているのに、彼はそれを犠牲にしている。
 本末転倒だ。

 ルフィの考えは筋が通っていたが、しかし彼はそれを論理的に説明する性質ではなかった。

「エース〜、つまんねぇ……」

 疲れ切ってぴくりともしない兄を休みの日にまで叩き起こすのは悪いと思う。でも主張を曲げるつもりはなかった。
 兄ちゃんなのに間違ってるのは、エースなのだ。今回は。

 しかし思わず抗議の声が弱々しくなったのは仕方がない。相手は自分より偉い兄ちゃんなのだから。

 ルフィが次の手をどうするか知恵を振り絞っていると、不意にTシャツを引っ張られ、硬い胸に抱き込まれた。きつく抱きしめる腕を押し返して頭を上げると、エースはほんの少し唇を開けて無防備に目を閉じている。長い睫毛に触ってみたくなった。しかし今はそれどころじゃない。
 死んだふりの次は添い寝作戦だ。ルフィは呆れた。

「子供みたいなこと、止めろよ。おれは眠たくねえ」

 そう言い放ち、彼の身体にしがみついて頭をぐりぐり押し付けると、エースはとうとう笑いだした。抱きつくルフィから逃れるように身をよじる。

「だったら出てけよルフィ、おれは眠ィ」
「メシ!」
「自分で食え」
「断る!エースが一緒じゃなきゃ食わねえ!」

 エースがようやく眠たげな目を開いた。怖いような真剣な顔で自分を見下ろすルフィを少し見つめ、何かを考る表情で黙り込んだ。
 そして同じく真面目な顔をして、弟の小さな頭を無造作に撫でた。謝るような仕草だった。
 ルフィがぱっと笑顔になった。

「おれ、腹減った。肉がいい、肉」
「……肉な。買ってきてあったっけな」
「ねえのか? ねえとおれ、すげえ困るよ」
「あー畜生……、眠ィ。思い出せねぇ……」
「いいから早く起きろよ、エース。食っちまうぞ」

 ルフィがエースのあごに噛み付いたが、エースはたいして驚いた風もなく彼の肩を押し返した。気だるそうに目蓋の上を押している。その骨張った手首と腕のラインの繊細さに、ルフィは目を丸くしてちょっと見惚れた。

「なんか、美味そうだ」
「止めとけ、腹壊すぞ」
「壊すのか?」

 ルフィが興味津々で聞き返し、もう一度彼の耳を噛もうとした。エースが低く唸り、彼を振り払って勢いよく立ち上がった。

 一瞬ふらついたが、こらえるように両手で顔を覆ってしばし身体中に力を入れた。そしてうつむいて腰に手をあてる。
 やがて彼はため息をついた。

「……肉だな」
「おう!肉!」

 ベッドに胡坐をかいたルフィが意気揚々と答え、彼を見たエースがちょっと困ったような笑顔になった。愛しくて仕方がないといった表情だった。











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