last lullaby before storm 2





 乱れきったシーツの上から起き上がり、シャンクスはローブをはおった。横になったまま動かないエースは、彼に背を向けている。ドアのガラスに、外のランプの光がオレンジ色に揺らめいている。外の騒ぎもいつの間にか静まっていた。

 さすがに、ほとんどのクルーが酔いつぶれて眠りに落ちたころだろう。シャンクスはため息をついた。もう一度、何度目かの台詞を繰り返す。

「なあ、これはお前とティーチの……白ひげ海賊団内のイザコザじゃ済まないんだ。あいつの狙いはそんなものじゃない」
「さあな……」
「手を引け、エース」
「断る」

 自分を見ようとしない相手の肩を掴み、シャンクスは彼を仰向けにさせた。黒い瞳が、鋭く彼を睨みつけてくる。これがつい先ほどまで、無防備に自分にすがりついていた相手とは思えなかった。野生の獣のような、若さに似合わない迫力があった。

 シャンクスの顔色を見たエースが、諦めたように口を開いた。

「頼む、止めとけ。あんたがここでおれに手を出したら、白ひげが黙っちゃいねぇ。オヤジに厄介をかけたくない」
「バカ野郎、その足し算ができるくせに、なぜわからない」

 シャンクスが低く言ったが、エースの態度は変わらなかった。

「算数は苦手なんだよ」
「おまえはまだ若い。エース、はやるな。おまえも白ひげも、黒ひげの危険を理解できていないんだ」


 エースの口元があがった。

「あんたのこと好きだぜ」

 シャンクスは鼻で笑った。

「なんの得にもならないな」
「ハハ……」

 エースが彼の項に手を掛け、引き寄せて下から口づけた。シャンクスは眉一つ動かさなかった。10センチと離れていない位置で、エースがもう一度キスするかのように囁いた。

「たまにいい思いをするだろ……」
「お前が気持ち良くなってるんじゃねえか、ガキが」
「あんたの暇を潰してやれる男は少ないぜ」
「そうだ。だからこうして、その覚えの鈍い頭を説得しようとしてる」

 不意に、エースの表情が和らいだ。先ほどまでの殺気だった挑発的な雰囲気がなくなり、儚いような邪気の無さが戻っている。

「……なあ、あんたはルフィの恩人だろ」
「……」

 シャンクスは彼の頭のわきに肘をつき、黙って彼を見下ろしていた。

「おれもあんたには恩がある。あんたはルフィを救ってくれた……。弟が今笑っててくれるのは、あんたのおかげだ。本当に感謝してる」

 しかしエースは不敵ににやりと笑った。その笑顔を見て、シャンクスはこれ以上彼に何を言っても無駄だと悟った。

「でもよ……、おれには白ひげだ」

 エースの白ひげへの忠誠が何よりも硬いことは、シャンクスはよく知っている。

「聞かない兄弟だな。手が焼ける」
「あんたの忠告は有り難いが、オヤジの船に汚点は残さねえ」

 そう言って、彼はシャンクスから手を離した。再び彼に背を向け、シーツを引き寄せて丸くなる。シャンクスがもう一度声をかけたとき、彼はすでに眠っていた。その背中には、彼がすべてを捧げる男のタトゥーが大きく彫られていた。




 夜が白々と明けるころ、船長室の扉をノックする者があった。まだ太陽は地平線の下にあるが、水面は白く輝き始めている。シャンクスが許可をやると、扉が開いてベックマンが入ってきた。
 船長の広いベッドに腰かけていたシャンクスが、手に持っていたボトルを無造作に渡すと、彼は遠慮なくぐびりと飲んだ。

「嵐になるんだと。エースの小舟をどうする」
「ああ、上げてやってくれ」

 ベックマンはちらりと、シーツからはみ出ている背中に目をやった。

「眠ってるのか」
「電池が切れたみたいだ」

 副船長は苦笑のような笑みを見せた。

「あんた、相当かわいいんだな」

 からかうような調子には応えず、シャンクスは真剣な瞳で手元を見つめた。

「こいつもルフィも、手を焼かせやがる。特にこれが、懐きはするが手懐かないからな。おれが白ひげのところに行くしかない。……わかっちゃいたが」

 腕組みをしたまま、ベックマンは彼を見下ろした。

「……あんたの考えはわかってるつもりだ。気がかりだな」
「……ああ、本当に嵐になる」










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