long way to happy 2 |
暗い店の中は空いていた。少し早い時間だから、いつもの連中もまだ来ていない。でもおれがどこかで期待していたな炎のような赤は、今夜はそこにあった。 いつも不思議に思っていた。この人がいるだけで、なんてことない店が特別な場所に変わる。 目が合って、おれはなんだか情けないような気分で顔を崩した。シャンクスが慣れた様子で手招きした。 気まぐれにふらっと現れるこの男が、おれの行き付けの『ワンピース』のオーナーだと知ったときは驚いた。隠れ家のようなバーで、若者向けの電子音のダンスミュージック系というよりは、オールドロックの店だった。使い込まれた趣味のいいインテリアが気に入っていた。 古びたスロットマシンやフーズボールの台が置いてあったが、今夜のまばらな客たちの好みはダーツとビリヤードのようだった。おれもそっちの方が好きだ。 シャンクスはレッドフォースという多角経営のグループ会社を率いている。20年足らずで世界に通用する企業にのしあがったらしいが、彼が真面目にデスクに向かっている様子は似つかわしくない。 きっとそういう調整はMITとハーバードビジネスコースを飛び級でダブルスクールしたっていう副社長がやってるにちがいない。スーパーインテリの彼はそれを微塵も鼻にかけず、普段は落ち着いたいい男だ。 一方シャンクスは17でビジネスの世界に飛び込んだと噂で聞いた。普段は飄々としてるけど、おれには想像もつかない苦労があったはずだった。 「振られちまった」 口をついて出ていた。我に返っておれは焦った。それに振ったのは実際はおれの方なのに、というどうでもいい嬌慢が頭を過った。 凍り付いたおれの前で、シャンクスがいつものように笑った。 「別れたか。めでてェな!」 おれは呆気にとられた。 「振られたって言ってんのに、なんでめでてェんだよ」 「修行だとしても、1年付き合えば十分だと思ってたからな」 「なんのことだ」 「あの男には、お前は上等すぎるだろ」 おれは唇を噛んだ。涙が出そうになった。木傀のようにその場につっ立っていると、シャンクスが隣のスツールを引いた。おれはひったくるように座った。 「お前、いくつになった」 「19」 まだまだ若い、とかその手の陳腐な慰めがくるかと閉口ていたら、目の前に琥珀色のグラスが差し出された。 びっくりして横目で伺うと、優しい萌木色の瞳と出会った。その瞳が、困ったようにちょっと笑った。おれはプライドも何もかも捨てて彼に抱きつきたくなった。 「飲めよ。19年もの、悪くない年だ」 おれはグラスを手に取ると、一気に煽った。シャンクスが笑い声を上げた。 「自棄酒にするなよ」 「当たり前だ、酒は楽しいもんだ」 「そうだな」 「へこんでるんじゃねえんだよ。わかるだろ」 「ああ。わかるさ」 「本当か?」 「あの男といたお前より、今のお前の方がおれは好きだよ」 おれは言葉を失った。体が温かくなったのは、酒のせいかどうかわからなかった。 「……弱った相手を口説いてんのか」 「悪ィがそんなに不自由してねえ」 「そりゃそうだ」 おれは笑った。二口目を含むと、だいぶ気分が良くなった。ねっとりと芳醇な液体が喉を焼いて腹に落ちる。行儀悪く肘をついて、見守るようにシャンクスがおれを眺めていた。 「シャンクス」 「なんだ」 「次はおれ、自分のことも好きでいられる人にする」 シャンクスが満足そうに笑った。この男に頭を撫でられるのは、当たり年のスコッチよりも贅沢な気分だった。 |