long way to happy 1








 地上10メートルでしがみつくロープみたいに。
 水の中で呼吸するみたいに。
 合わない靴で無理やり歩くみたいに。
 あんたの恋人でいるのって、そんな気分だったよ。



 一晩泣いたらすっきりした。自分でもびっくりするほど楽になれた。あんたがおれのこと何日引きずるかなんて興味ないけど。

 でもあんたが部屋に置いていった黒いセーターはもらっておくよ。だっておれの方が似合うから。あんたのもの、わざわざ捨てるほどセンチメンタルじゃない。そんな影響力があったなんて期待しないで欲しいね。

 あんたと同じ名前が呼ばれるのを聞いても何も思わない。二人で行った場所でだってまた笑える。

 失恋の歌なんて歌わねえぞ。



「次行けよ、次」

 白ワインが香るボンゴレビアンコを並べながらサンジが言った。

「もう3ヶ月だろ」

 おれは黙ってフォークにアルデンテを巻き付けた。サンジがそのまま隣に座る。『バラティエ』、彼の育ての親のちょっとお高そうなレストランだ。でも実際、店の裏側にはむさい男ばかりいる。
 本当はおれ達みたいな貧乏学生が入れるような店じゃないが、腹が減ってるとサンジは食わせてくれる。創作料理に付き合ってくれて歓迎だと彼は言っていた。
 ルフィだと食材を食い尽くすから危険らしい。

「3ヶ月か」

 おれは呟いた。もう1年以上前のことみたいだ。

「世の中、レディの数だけ恋のチャンスだぜ」
「おれはどっちかっていうとレディじゃねえよ」

 サンジが黙った。素直だな。
 おれはバイだし直近で付き合ってたのは男だったし、最近どっちかと言うと自分はゲイなんだと思ってる。今どきゲイも珍しくないけど、相手を探すのはノーマルな奴ほど簡単じゃない。

「次はレディにしろ、エース。とにかく次にいっとけよ」
「……もうその辺にしとけ、ぐるぐる」

 ゾロがようやく口を開いた。彼の顔を見て、おれはなんとなくこの武骨な男がおれの気持ちを理解しているとわかった。珍しいこともあるもんだ。

「そういうんじゃねえんだろ」
「なんだよ、クソマリモ」
「世の中女がいなくても生きていけるってことだ」
「……男?」
「違ェよ馬鹿、何考えてんだ」

 ゾロが顔をしかめた。おれは苦笑した。タフなマッチョ系の彼はゲイの響きにやや引いている。偏見とは違うけど、理解の範疇を越えるんだろう。ゲイ受けしそうな外見してるから、言い寄られたことがあるのかもしれない。

「恋人だのなんだのって気分じゃねえんだろ。お前みてぇに一年中発情期じゃねえんだ」
「ああ? 言ってくれるじゃねぇか」

 二人とも、おれのことマジに考えてくれてんだな。
 ありがてぇっちゃ、そうなんだが、……。

「……エース! おれの料理で寝るな!」

 頭に衝撃が走って我に返った。目の前には美味そうなチキンがある。おれは手を伸ばした。焦げたハチミツが香ばしい。

「コラ待て、普通に食いはじめんな」
「さすがルフィの兄貴だ……あいつは寝てても食うけどよ」

 気を遣ってくれてるらしいところ悪いけど、そんなんじゃないんだ。落ち込んでもいないし、自分でも驚くほど冷静だ。おれはただ次にいく気がしないだけなんだよな。
 しばらく恋人はいらない。

 一人でいるの、おれは好きだったって思い出した。



 あの男が言うには、おれの理屈はお子さまらしい。おれが信じる世界の何もかもが甘いらしい。

 もっと素直になるべきで、可愛げってのを考え直すべきらしい。
 おれみたいな難しい気分屋に付き合いきれるのは、あの人くらいしかいないらしい。
 おれの激情にはどんな相手も手を焼くそうだ。行き過ぎな繊細さには参っちまうって。

 おれにはそういう何もかものマイナスを差し引いてOKもらえるほどのルックスはないって。
 あんたが今まで付き合ってきた最高レベルの恋人たちには、足元にも及ばないらしいな。

 あんたの昔の恋人の与太話を聞くのは飽き飽きした。
 あんたがいないとおれは全然ダメなんだろ?
 一人じゃ何もできないって。

 でもあんたがいない今、おれは最高に自分が好きだ。

 楽しいときもあった。優しい時間もあった。あんたの軽い同情心が好きだった。薄い自負心の膜に覆われた、あんたの脆さが愛しかった。
 きっとあんたは危うい人間だから、おれが大切にしたかった。
 両手を広げて。

 でも残念だな。
 あんただって、自分で思ってるほどいい男じゃなかったよ。






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