dune 5-2





ace : like an oasis you quench me



 灼熱の昼間が嘘のように冷え込んでいた。
 絨毯を砂の上に敷き、建てた棒に布をかけて囲っただけのテントはあまり防寒に向かない。しかしエースの背中は温かかった。肩肘を立てて寝転んだシャンクスに寄り添うようにしている。

「……“さばく”、“うみ”」
「これは?」
「……なんで教えてくれるんだ?」

 首輪がなくなった襟足をなんとなく触りながら、エースが訪ねた。もう痛みはしないが赤黒いあざになっている。寝そべったまま、シャンクスは乾燥させた棗椰子の実に手を伸ばした。

「お前が知らねぇから」
「奴隷が読み書きできねぇのは普通だろ」
「これ、甘いなあ。酒には合わねぇ」
「美味いぜ。デーツっていうんだ。この国の人間はあまり酒は飲まねえから」
「飲んでみるか?」

 シャンクスが盃を差し出した。エースは少しためらったが、好奇心もあって素直に口に含んだ。とたんに顔をしかめる。

「……苦ぇ」

 シャンクスが笑い声を上げ、エースが文字の練習に使っていた紙に走り書きをした。

『ガキ』

 エースがむっとした顔になる。シャンクスの持つ羽ペンを奪おうとしたが、身軽に躱された。

「お前、読めたのか。覚えが早いじゃねぇか」
「おれはガキじゃねぇ!」
「おれから見たらガキだよ」
「……!! だったらなんだ、馬鹿にすんな!」

 エースの剣幕に、デーツをかじりながら、シャンクスがちょっと笑った。

「そうだな、悪かった」
「!?」
「ん?」
「なんだよ、……あんた調子狂うよ」

 シャンクスが少し笑い、おもむろに手を伸ばしてエースの襟元を掴んだ。引かれるままに屈みこむと、彼の唇が触れた。エースは反射的に目を閉じた。優しい体温を感じて全身の力が抜ける。
 腕が腰に回って抱き込まれた。気が付くと、彼の胸にしがみついていた。
 シャンクスが笑ったようだった。

「お前、美味そうだ」

 エースは口が利けなかった。呆けたようにシャンクスの顔を見つめたまま硬直した。ランプに照らされ、長い睫毛まで赤いと気付いた。

「どうした。抵抗しねぇな」

 エースが歯噛みし、悔しそうに彼を睨み返した。

「……うるせえよ」

 シャンクスが笑い出した。

「面白え」
「さっさと寝ちまえ、酔っ払い」

 悪態を気にも留めずエースを捕まえ、彼を刺繍の付いた毛布の下に引き込んだ。

「これくらいで酔うと思うか?」
「酔ってねえのかよ」
「離せって言わねえのか」
「……」

 黙り込んだエースを見て微笑し、彼の髪を無造作に撫でると、シャンクスは居心地のいい姿勢を探して少しみじろぎをした。そしてそのまま基礎正しい寝息をたてはじめた。

 しばらくしてエースはそっと身体を起こし、柔らかい炎がちらつくランプを消した。テントの隙間から見える無数の星が煩さを増した。昼間の熱が嘘のように夜は肌寒い。
 エースは再びシャンクスに身体を寄せた。

 離してくれと言う気にはなるはずもなかった。誰かの体温や力強い身体の存在が、こんなに気持ちのいいものだとは知らなかった。今まで生きて来た中で、一番心地良い場所だった。
 シャンクスの脇腹に押し付けた背中から、彼が力を抜いてリラックスしきっていることが感じられた。

 今なら簡単に逃げ出せる。

 でも身体が動かなかった。頭の隅では実行すべきだという警告が続いていたが、その考えを突き詰めることはひどく億劫で、気が進まなかった。
 逃げるべきだという懸念を頭から押し出し、エースは手足を縮めて目を閉じた。













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