dune 4-1





ace : this world through your eyes


 キャラバンサライを発つまでに、さらに一週間が必要だった。エースを動かしていいかとの問いに、医師がなかなか頷かなかったのだ。
 シャンクスが鷹揚に滞在を延ばしていることが、エースは不思議でならなかった。不思議どころか、虐げられて育った少年は、半ば白けた気分でシャンクスと医師のやりとりを見ていた。瀕死の奴隷一匹に、この暢気な男は何故手間をかけているのだろう。

 何もかも不可解だったが、新しい主人の容姿も見慣れなかった。
 いつもエースは彼に見惚れずにはいられなかった。日焼けした肌もこの国の人間のように黒くはならず、ブロンズのような美しい褐色だった。エースは自分が生まれた国のことを思った。自分もこの国の人間とは外見が違うからだ。

 それに彼の髪も瞳も珍しかった。以前エースは裕福な宗教法学者に飼われていたことがあった。シャンクスの髪は、その時に見た教典にはめこまれたルビーのきらめきに似ていたし、瞳は薄いエメラルドのようだった。オアシスの草木のように、透き通る陽射しを受けた優しい薄緑。

 そんな瞳にはこの灼熱の国も、エースとは違って見えるのかもしれない。
 彼の瞳の色のように、もしかしたら世界は穏やかで美しいのかもしれない。

 エースには想像もつかなかった。彼にとって世界は肌を焦がすまで照りつける陽で、ざらつく不快な果てしない砂で、思わせ振りに遠く浮かんで消えてしまう蜃気楼だ。永遠に癒されない喉の渇きと痛みそのものだった。

 シャンクスの行動はエースにとって完璧に理解不能だった。そもそも奴隷と同じベッドで寝ながら、それを辱めない主人なんて聞いたことがない。例えエースが重傷であっても、熱にうなされていたとしてもだ。

 昔同じ主人に飼われていた少女が、エースから見れば到底性欲の対象にはならないほどの深手を負っていたのに−−しかも傷口は膿んで嫌な臭いを発していた−−レイプされるのを見た。助けに入ったエースは容赦なく頭を打たれて気を失った。激痛の中目を覚ましたときには、もはやその屋敷に少女がいた痕跡自体がなくなっていた。
 彼の目の前で道具のように扱われながら、彼女には声を出す気力さえ残っていなかった。

 遅かれ早かれ奴隷が最後に行き着く境地だ。抵抗する気力も自我も消え失せ、ただ死が優しい両手を広げてくれるのを心待ちにするようになる。
 幸いエースは今のところ大丈夫だった。まだ絶望するようなケースじゃない、常にそういい聞かせてやってきた。

 しかし、喜べ、お前はついている、と自分に言ったことは滅多になかったので、今回の主人には本当に戸惑った。夜は夢のように柔らかいベッドで、彼を慎重に抱くようにして眠る。エースが痛みと熱にうなされたときは、どうやら自ら世話を焼いてくれていたらしい。奴隷に甲斐甲斐しくする主人なんて前代未聞だ。シャンクスがエースに与える待遇も、服も、食べ物も、まるで一般市民が手にするもののようで、白ひげのところに戻ったかのようだった。
 そんなことがもう一度起こるなんて、希望さえ抱いたこともなかった。

 エースは今の状況に慣れてしまうのが怖かった。いつ今までの地獄に突き落とされるかわからないからだ。
 肌触りのやけに滑らかな、真新しい朱色の絹にぎこちなく手を通しながら、彼は油断するなと自分にいい聞かせた。今までのようにこれも罠かもしれない。




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