my prerogative |
おれは災厄だ。 存在を人は嫌う。回避する。 罰せられるべきであり、あらゆる苦痛に値するという。憐れみの価値はない。あの男がもたらした惨劇を考えれば、人々は喜びに胸の底を弾ませてその子供の悲鳴を聞くだろう。 そしてあの男が壊したものをおれは見た。奪われた残骸を目にし、悲しみにくれる人々に会った。償われなかった罪と、彼らの恨みの深さを知った。 おれが贖いに生きるかって? そりゃ御免だ。あの男がしでかしたことなど、おれには何の責任もない。おれは一つの結論に達した。おれが災厄として存在するしかないのなら、それをかき消すほどの名声を手に入れてやる。彼らがおれを呪うのなら、おれは破壊すら楽しんでやる。世界を手に入れてみせる。今までおれの顔に唾を吐きかけてきた奴らが、おれの一瞥で震え上がる様を悠然と見下ろしてやる。 奴らはおれを狂っているという。知ったことか。それがおれの特権だから。 木々が不吉にざわめいていた。 陽が落ちた空が緋色に燃え上がっている。湾の奥のこの街には湿った風が吹いていた。 スペード海賊団の仲間を置いてきたことは賢明だったと、エースは悟った。広い河口から続く大通りは静まり返っていた。不機嫌な主を恐れる奴隷のように、大気さえも何か大きな存在に怯えているようだった。本来ならここは、バーボンやブルースで有名な賑わいのある島なのに、今は島全体が通夜のようだった。 あながち遠くない例えだと、エースは思った。 濃厚な湿気に満ちたこの島独特の川風に紛れ、血の臭いが鼻をついた。気付く者は少なかっただろうが、戦いを糧にしているエースにはすぐにわかった。もう嵐は去った気配だったが緊張感は残っている。人通りのないメインストリートを、エースは進んで行った。 屈強な男たちがたむろしていたので、自分が目指す場所がそこだとエースはすぐにわかった。ボトルを片手に談笑していた男たちもすぐにエースに気付いた。恐れ気もなく近づいてくる年端の行かない若者を見て、一人が笑った。 「なんだ、迷子か坊や。ママはここにはいねぇぞ」 エースが帽子の下で片頬をあげた。 「悪ィが、お前のママには興味ねぇな」 男が殺気付いた一瞬、エースは帽子にあてた手を炎に変えた。とたんに騒めきが走った。 「こいつ……!」 火拳だ、と押し殺した声で呟き、一人がバーの奥に駆け込んでいった。 堪えきれない笑いに口元を上げ、彼らに流し目をくれながら、エースはゆっくりと中に入って行った。赤髪海賊団でいざこざは起こしたくない。さっき絡んできた男はエースより歳が行っている様子だったが、最近入団したばかりなのだろう。エースが何者か、そして自分たちのボスとどういう関係にあるのか知らないのだ。面倒な乱闘を避けるためには、名を売っておくことも役に立つ。 エースの侵入を報告に行った男が、のんびりとエースに手を上げる古株の隣で、ぽかんとした表情で彼を見ていた。エースはいたずらっ子の顔で、馴染みの海賊に笑いかけた。 エースか、という声があちこちで上がった。ジュークボックスから古いギターロックが流れている。エースたちより世代が上なのだ。スロットマシンに陣取った何人かが、煙草にけぶった店の奥を親指で差した。エースは笑顔のまま微かに頷いた。 店の中には女の気配がなかった。戦闘があったのはおそらく確かなので、みんな恐れて近づけなかったのだろう。 しかし男たちは至ってくつろいだ様子だった。島の住民にとって流血沙汰は異常事態だが、シャンクスたちにとっては日常そのものなのだ。この程度の小競り合いを片付けることは、まばたきをするよりたやすいことのはずだった。 区切られたVIPスペースに、彼らはいた。さすがに、中にいる面子を想像するとエースも肌がピリピリするのを感じる。少し渇いた口で唾を飲み込み、彼は一歩踏み込んだ。奥のソファーに腰を下ろした赤い髪が真っ先に目に飛び込んできた。気をとられているうちに、ヤソップの笑いを含んだ声が聞こえた。 「やっぱりエースだったか」 エースははっとしたように視線を上げ、たちまち笑顔になった。親しげに肩を叩かれ、同じように叩き返した。 「また背が伸びたか?」 「へへ、そのうちあんたより高くなるぜ」 「レンガでも縛り付けておくか」 「育ち盛りだからな」 笑い声が上がった。しかし視界の端で、シャンクスが立ち上がったのをとらえた。エースと一瞬視線を合わせ、ほんの少し笑ったようだった。そのままサテンのカーテンの向こうに消えた。 エースは催眠術にでもかけられたかのようにその後を追った。 男たちの笑い声が背後で上がった。 細く薄暗い廊下の先に、斜めに灯りがもれていた。照らされた埃が光っている。 速まる鼓動に突き動かされ、アドレナリンが身体を巡るままに部屋に駆け込んだ。駒送りのように移る視界に赤い髪を見つけ、乱暴に掴みかかった。 舌を伸ばすようにして唇にかじりつく。シャツを握りしめたままベッドに突き倒し、乗り上げて深く舌を絡めた。息遣いが部屋に満ちて余裕のないため息が漏れた。ほとんど苦痛のような響きだった。赤い髪が散る無防備な首元に唇を押し付けると、シャンクスが笑い出した。 「元気そうだな」 場違いとは思いながら、エースも思わず吹き出した。 「あんたを見たら疲れも全部ふっ飛んだ」 「疲れ? 若いのが何言ってる」 「年中悩みのないあんたにはわからねぇだろうよ」 シャンクスがまた笑った。 「なんだ、一丁前に悩み事か?」 「ちょっと黙ってられねえのか」 シャンクスが笑いを堪える顔でエースの肩に腕を回した。手強い相手がおとなしくなってくれてひとまずほっとした。 無防備に開いた胸元にかさついた自分の手を滑らせる。硬い筋肉と日焼けした肌の感触を楽しんでいるうちに、気付いたら告白めいたことをうわごとのように呟いていた。弱い場所に触れると、シャンクスの手が彼のシャツをきつく握りしめた。 肩口に残った傷痕に、エースはキスをした。傷だらけの身体だ。時々、シャンクスも生身の人間だと思い出してぞっとする。炎の自分とは違って、斬ったら血が出る身体だ。屈強な男たちにまじると華奢ですらある。 この傷の一つ一つが、あともうわずか深かったら、あと紙一重で、彼は命を落としていただろう。 エースは衝動的に腰のナイフを抜いた。 快楽に身を任せていたシャンクスが、そちらに視線を走らせる。 ベッドライトの灯りに刃が光り、シャンクスの首筋にナイフが突き付けられた。 「炎は覇気で押さえ込めるかもしれねぇが、……切ったら血がでるだろう、あんたの身体は」 シャンクスの眉間に鋭く皺が寄り、口元が上がった。その一瞬、エースは自分が斬られたように思った。しかし次の瞬間彼は今まで通り四皇の一角を組み敷いていて、赤い髪が揺れる首元にナイフをあてがっていた。心臓が不吉に速く打っていた。 「試す気があるのか、お前に」 抵抗もせずに仰向けになりながら、シャンクスがからかうような調子の声で言った。エースは諦めたように首をかがめ、彼の肌に触れている冷たい刃に舌を這わせた。ナイフを離し、そのまま彼の耳をゆっくりと舐めた。ねだるように囁く。 「……抱かせろよ。あんたが欲しい」 シャンクスの唇が目元に触れ、笑った気配がした。興味を持ったのかもしれなかった。低い声が囁き返した。 「面白ぇ。やってみるか」 彼の腰を掴んで引き寄せ、片腕を頭の脇について顔を覗き込んだ。無理に足を開かせると、苦痛にわずかに顔を歪めた。 高く通った鼻梁と繊細な二重は、海賊にしては優しすぎるはずだった。しかし額から左目に容赦なく走る三筋の傷痕が、彼の精悍さと内に秘めた気性の激しさを物語っていた。 エースが彼の唇を舐めた。 「あんたの痛い顔、すげえ興奮する」 「手に負えないガキだな……」 エースがうっとりした様子でシャンクスの左目の傷にキスをした。シャツの下に滑り込んできた彼の右手を捕まえ、シーツに押し付ける。くつろげた胸元にキスを滑らせた。 「……そこ、好きだ、エース」 エースが歯をたて、シャンクスが声をもらした。 「お前……」 唇を押しつけたまま、エースが喉の奥で笑った。 「痛ぇの好きだろ」 「お前が言うのか?」 「いつもしてもらってるからな」 「とんだ恩返しだな」 「……いらねぇ?」 微かに伺うような色を含んだ視線に、シャンクスは苦笑した。そして若者特有のとがった肩を乱暴に引き寄せ、耳元で囁いた。 「……楽しませろよ。おれたちの特権だ」 切っ先のような黒い瞳で、エースが突き上げるように見つめてきた。若さの先走った不敵な笑顔が浮かび、恭しくシャンクスの唇をふさいだ。 |