forbidden game





 床板を蹴破る勢いの足音が近づいて来た時点で、この部屋の静寂が破られる運命なのはわかっていた。防ぎようがないと悟っているマルコは、羽ペンを持つ手を止める。
 弾かれるようにドアが開いた。かじりかけのリンゴを片手に、エースが飛び込んで来る。

「マルコ!」

 マルコは何かを諦めるように重いため息をついた。椅子ごとエースに向き直る。

「エース、お前……」
「しーっ……」

 閉めたドアを背に、エースが必死の形相で人差し指を口にあてた。首をすくめながらドアの覗き窓を伺う。

「お前がうるせぇよい」

 エースがふらつき、眠たそうに拳で目を擦った。

「サッチがよぉ……あれ? なんだっけな……おれは飯食ってたんじゃねェか? 鬼ごっこ……かくれんぼか? これってどっちだ?」
「おれが知るか」

 エースが片手で頭をかきながらマルコに近づき、途中で呆気なくつまづいて彼の上に倒れこんだ。マルコが舌打ちして抱き止めてやると、エースがだらしなく笑い、力を抜いてそのまま彼の膝の上に居直った。酒の匂いが酷い。何があったのか知らないが、飲ませ過ぎるなと明日サッチに注意しよう。面倒に思いつつ、マルコはぐらぐら揺れる身体を支えてやった。

「降りろ。仕事中だよい」
「ん? 降りねぇよ……なんだこれ」

 リンゴを齧りながら、エースが机の上にあった装飾つきのナイフを手に取った。目の前にぶら下げ、座った目でまじまじと見つめる。

「……こんばんは、どうもお邪魔してます」
「誰に言ってんだいてめぇは」
「なんだよ……」

 ナイフをもったままエースが唸った。リンゴを放り投げる。突然うなだれ、気だるそうに首を振った。

「あー、おれ、もう駄目……」
「おい、ナイフを離せ、危ねぇだろい」
「やだ。おれの……」
「やるから離せ」

 ナイフなど二人にとっては危険なはずもなかったが、机の上には書類の山があった。マルコが後ろから彼の両手首を掴んで拘束し、手のひらに力の入らなくなったエースがナイフを落とした。エースが不機嫌な声を上げる。ナイフも危ないが、泥酔した火拳のエースの方がもっと厄介だ。書類を燃やされたら取り返しがつかない。
 マルコは疲れ果てた気分だった。深夜、膝の上に酔っぱらった男を乗せ、机の上には終わりの見えない書類仕事だ。深いため息をつく。その間にも両手首を拘束されたエースは、身体をよじって無駄な抵抗をしている。しかし固く掴んだ手首にマルコが本気で力を込めると、びくりとしてたちまちおとなしくなった。

「もう寝ろい……」

 エースが背中に力を入れた。両手を掴まれたまま小さく唸り、甘える猫のようにマルコに擦り寄った。

「ルフィ……」

 心細い声で、うわごとのように囁いた。

「……元気にしてるかな」

 マルコはちょっと目を見張った。

「無茶ばっかりするんだ……おれがいてやらねぇと……」

 マルコは苦笑して彼のうなじにキスをした。酒で火照った身体を、今度は優しく抱きしめる。

「お前の弟だ。信じてやれよい」

 マルコの額に温かい息がかかり、エースが笑ったのがわかった。安心したように弛緩した身体を、マルコは無造作に立たせようとした。しかしエースは半ば眠ってしまっている。
 その時、硬い靴音がマルコの部屋に近づいて来た。途端に、エースが野生の動物のように緊張した。

「おい……」
「サッチだ!」

 呆れるマルコを尻目に、エースが彼の腕から飛び出した。倒れるようにベッドに突っ込み、頭から毛布をかぶる。

「おれいねぇから!」

 エースが言い終わらないうちにノックの音が響く。マルコが返事をする前にドアが開き、ウィスキーを片手にサッチが顔を覗かせた。

「おいマルコ、悪ィな、エース来てるか?」

 言いながら、彼は部屋に視線を走らせた。マルコの答えを聞くまでもなかった。ベッドの上の不自然な膨らみから、見慣れたブーツがはみ出している。

「来てねぇよい」
「来てるじゃねぇか!」

 マルコは黙って眉間に皺を寄せた。片手をサッチに向かって差し出し、手のひらを上にして人差し指で差し招いた。彼の視線をたどり、サッチはボトルを持った片手を上げた。

「……嘘だろ。お前これ、ミドルトンだぜ」

 マルコが満足そうに口元を上げ、サッチが肩を落としてため息をついた。マルコから顔を背けるようにしてボトルを差し出す。

「……おい、エース、てめえ見えてんだよ」

 サッチがドスのきいた声で唸ると、ベッドの上の膨らみがびくりと震えた。

「次はてめえが鬼だ!」

 叫び声とともにベッドにダイブすると、エースの弾けるような笑い声が上がった。爆笑しながらなおも毛布にもぐりこもうとするエースに、サッチは少なからず苦戦する。

「往生際が悪ィんだよ、このクソガキが!」

 自分のベッドでぎゃあぎゃあと死闘を繰り広げる酔っぱらいたちに、マルコは片手を額にあてた。サッチからせしめた上等の酒もろくに味がしない。
 サッチが盛大に舌打ちして真顔で怒鳴った。

「おい、エース、いい加減にしねぇとチューするぞ!」

 エースの酸欠になりそうな笑い声が響いた。

「サッチ、待っ……やめろ、てめえふざけんな……」

 再び沸き起こった爆笑に、マルコは本気で他の部屋に行って仕事をしようかと考えた。
 次の瞬間、爆音とともに部屋が明るくなった。
 マルコの手元の資料が数枚静かに灰になり、我に返ったらしいサッチがあわてて残り火を消す気配がした。
 マルコはゆっくりと息をついた。

「あの、マルコ隊長、気を確かに持って……」

 サッチが引きつった口調で呟いた。立ち上がったマルコが向き直ると、彼は身をすくめて咄嗟にあらぬ方を向いた。

「何をしてんだよい、てめえらは……」

 地を這うような声にサッチが蒼白になる。エースは焦げたベッドにあぐらをかき、片手で目を擦っていた。すっかり酔っぱらっているようだ。
 マルコの標的は完全にサッチだった。

「……いえ、あー、同僚との親睦を深め、今後の隊務をスムーズに……」
「黙れ」
「ハイ……」
「てめえ、サッチ、今何時だと思ってる」
「ああ? そりゃお前、海賊にとっちゃまだ宵の口……」
「もういっぺん言ってみろい」
「すみませんでした」
「ここが誰の部屋かわかるかい」
「白ひげ海賊団一番隊隊長、不死鳥のマルコ様のお部屋です……」
「で、その部屋でイイ歳した四番隊隊長のてめえは何してんだ?」
「いや、だってよぉ……」

 サッチが言葉に詰まる。
 するとそれまで呆けたように座り込んでいたエースが、情けない声で呟いた。

「マルコ、怒ってんのに眉間の皺ぴくりともしねぇのな……」

 マルコが凍り付き、サッチがたまらず吹き出した。

「バカ、そりゃそうだ、こいつは寝てる時だって眉間に皺寄せてんだ」

 思わず言い返し、サッチはハッとして固まった。両手を前に出して一歩下がる。

「あー、隊長、それ止めていただきてェんですけど……」

 神秘的な月明かりの下、青い炎が上がり、デッキに蹴りだされる二つの人影があった。
 翌朝帰港した島にて、早くから家具屋を探しに駆け回る二番隊隊長の姿が目撃された。そして船大工に交じり、甲斐甲斐しく補修作業にいそしむ四番隊隊長の姿を、乗組員たちはほほえましそうに見守っていた。












「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -