sometimes cranberry flavor






 海も凪いだ昼下がり、船上はどこか閑散としている。秋島の近くのことで、柔らかい潮風が時折カーテンを撫でていく。

 子電伝虫が鳴ってる。
 古びてがたついた、立派な割に座りの悪いテーブルをせわしなく振動させながらおれを呼んでる。万が一のためにバイブ設定にして持ってきておいたのを忘れていた。

 おれも焦ってる。惜し気なく赤い髪を揺らしながら、ベッドごとおれをギシギシ言わせてる男を退けようと必死になってる。腰が馬鹿になってるから抵抗なんて出来たもんじゃない。

「お前、今出たところで話になるのか?」

 言われてみればもっともな意見だ。喘ぎ声をはなみながらの隊務の話なんて間抜けすぎる。綺麗な目で見下ろしながら、シャンクスは面白がってる。

 おれは無駄なことと知りつつ片手を伸ばした。標本の蝶よろしくベッドに留められてたんじゃ、テーブルの上のどこに電伝虫が鎮座ましましてるかなんてわかりゃしない。
 仰向けのままあてずっぽうに探った手が、テーブルの上のボトルとペーパーウェイトを床に落とした。

「親父の、用かもしれねぇ」

 シャンクスが薄く笑って耳元に口を寄せた。

「へえ、あの親父にお前のイイ声を聞かせてみるのも一興だな」

 低く掠れた声に、それだけで震える自分に舌打ちして、前髪で陰った瞳を睨んだ。

「本人なわけあるかよ。きっとマルコだ、いや、サッチかな」
「ハハ、もっと面白ぇ」
「ぶっ殺してぇ」
「まだ早い。お前にはな」

 呼び鈴が止んだ。シャンクスは深く入ったままおれを揺さ振ったので、おれは悲鳴を噛み殺した。
 胸につくほど脚を折り曲げられ、浅いところまで引きずり出されたあと、何度も強くえぐられる。まぶたの裏が白くスパークして、くぐもった声が喉の奥で漏れた。一瞬意識が飛んだ。
 薄く目を開けると、腹にどろりとした感触がある。呼吸できなくて必死に喘いだ。

「あっ……すげ……」
「エース、声聞かせろ……我慢するな」

 シャンクスが身じろぎすると、彼のが溢れて肌を伝った。息をしようとするが、酸素がちっとも入ってこない。耳のあたりを熱く涙が伝った。

 痺れるような痙攣の波に浸っている間に、シャンクスが体重を預けてきたので、艶やかな髪にキスをした。荒い息をしてる引き締まった体を抱きしめる。

 最高の男だと思う。その最高の男がなぜおれみたいなひよっこにひっかかってるかっていうのは、グランドライン最大の謎だと思う。

 シャンクスが耳元でおれの名を低く囁いた。片手がすでに毛布の下で遊び始めている。

 さっきの着信が気になっていた。でも今はモビーディックは宴の最中で、ここ最近白ひげの縄張りは落ち着いていたから、事件ではないはずだ。きっとサッチか誰かがおれと赤髪を構おうとふざけてかけてきたに違いない。
 ……出来の悪い息子なんだおれは。子電伝虫、聞かなかったことにしよう。

 シャンクスの唇を探しながら、おれは腰を浮かした。

「もっと……」

 シャンクスが荒々しく口付けてくる。乱暴に息を奪われて、おれは滑らかな赤髪をめちゃくちゃにする。

 電伝虫が鳴った。
 小さい方じゃなくて、もともとこの部屋にあった大きいやつだ。嫌な予感がした。

「まさか、出るなよ……」

 シャンクスが手を伸ばした。

「おれだ」

 おれは舌打ちしてやつに枕を投げつけた。

「畜生……」

 彼の胸を蹴飛ばして立ち上がった。床のフローリングが素足に冷たい。

「やってろよ馬鹿」

 乱れた頭のまま話に聞き入っているシャンクスを雑に退かし、汚れたシーツを奪って腰に巻き付けた。



 つまりおれは電伝虫以下ってことか?

 船のバスルームでシャワーを浴びながら、そう考えずにはいられない。悲しくて当然なのだろうが、現実的に考えるとあまりに状況が間抜けすぎて、何か遠くの海でも眺めたい気分になってくる。
 最近こういうパターン多くないか?

 子電伝虫の方に折り返してみたらやっぱり相手はサッチで、いつものニヤケ面が思い浮かぶような声で「赤髪のベッドテクはどうだ?」と言った。怒りを通り越して無感動になったおれは、「そんなに気になるなら今度忍びこませてやる。歓迎されるかどうかは知らねぇが」と答え、爆笑しながら何か言い返しているサッチを無視して回線を切った。
 しばらくの間手のひらに残った子電伝虫を見つめ、こいつに罪はないと自分に言い聞かせるのに苦労した。

 近くの秋島特産のクランベリーのつぶ入りボディソープを泡立てながら、無意識にバスタブに湯を注いでいた。クランベリーの匂いの泡がバスタブをふんわりと満たしていく。
 能力者のおれは使わないが、シャンクスがきっと入りたがるはずだ。

 腹を立てていても、結局彼を喜ばせたいという誘惑には勝てない。惚れた方の負けとは誰が言ったのだろう。悔しいがその通りだ。
 気が付くと彼が世界の中心で、おれはその周りを回ってるみたいになっている。それは親父とは全然意味が違う。白ひげこそはおれの誇りで、おれの生きる目的で、恋愛と忠誠は別ものだ。

 でもおれはもともとプライドが高い。自分でも自覚するくらいに。いくらシャンクスが最高の男でも、グランドライン一の色男でも、惚れたせいで負けてばかりだとおれは疲れてしまう。
 色恋で黙って振り回されていられるような性質じゃない。

 シャワーが白い綿のような泡を流していく。クランベリーの香りがとても心地良い。

 女々しいな、文句ばかり言いやがって。
 だったら終わりにしちまえよ?

 おれは額に張りついた前髪をかきあげた。想像するだけで涙が溢れそうになった。
 全身に彼の感触がありありと残っている。

 ……きっと、おれには魅力がないんだろう。今までに、シャンクスは飽きるほど美女を抱いているのだ。そんな女たちと自分が比べられることさえ失笑ものだった。

 タイルに片手をつき、悲しさと馬鹿馬鹿しさの狭間で涙をこらえていると、バスルームのドアが勢いよく開いた。突然のことに、おれは飛び上がるように一歩後退った。

「エース。……泣いてるのか?」

 シャンクスが目を丸くした。

「馬鹿いうな」

 おれは慌てた。シャンクスが後ろ手にドアを閉める。抱き寄せようとしてくる腕を突っぱねた。彼が訝しそうに眉をひそめる。元が美形なだけにそれだけでも迫力だ。
 狭い部屋の中、おれは壁ぎわまで追い詰められた。

 シャンクスの不機嫌な顔は心臓に悪い。胸の奥を冷たい手でぎゅっと掴まれたようになる。でも引き下がれない。

「あんたなんか一生電伝虫でしゃべってろ」

 啖呵を切ってから、あまりに幼稚な言葉だったと気付いた。シャンクスが呆気にとられた顔になり、次の瞬間笑い出した。おれは怒鳴り返したいのをこらえて震える拳を握りしめた。

 ひとしきり笑ってから彼は髪をかきあげてシャワーを払った。肌が触れ合いそうなくらいに近づく。おれの両手は行き場を失い、抱かれるのを嫌がる猫のように彼の胸を突っぱねている。
 不意討ちで、シャンクスがおれの目を真っ直ぐに見つめた。

「怒ったか?」

 真剣な目と気遣うような低音に、思考回路が一気に飛んだ。彼の眼差しが、何か無くしたものを探すかのようにおれの瞳をのぞきこんだ。
 おれは唇を噛んだ。言葉が見つからない。心音が全身に響いている。
 惚れていようが負けだろうが、この人が好きだ。

「のぼせちまう……」

 ようやく声になった言葉がそれだった。シャンクスがキスしてきた。彼の肩にしがみつくようになる。
 冷たいタイルに背中を預け、腰を強く抱かれた。口の中をかき混ぜられる。身体中の配線がショートしそうな快感が駆け巡る。

「……溶けそうだな」
「ふやけちまえ」

 ぼやけた視界で睨み付けるとシャンクスが喉の奥で笑った。はっとしたときには身体の均衡が崩れ、バスタブの中に突き飛ばされていた。
 白い泡が舞い散る。全身に広がる虚脱感。抵抗は難なく押さえつけられた。

「へえ、便利だ」
「こんなことのためにためたんじゃねえよ」
「でも好きだろ」

 むっとしつつも、おれはちょっとためらった。実際否定できない。シャンクスがゆっくりと唇を舐めた。赤い舌に釘付けになる。彼と視線が合った瞬間、レーザーにあてられたかのようにびくりと身体が震えた。

「おれもだ」

 誘われるように、低く囁いたシャンクスの唇にキスをした。両手をバスタブの底について、ふらふらする身体を支えた。シャワーがタイルを叩くのに吐息と不規則な水音が混じる。
 やがてついばむような甘いキスになった。おれを押さえていた手の力が緩んだ。この手はその気になれば、信じられないほど優しくなれる。

 たまらない気持ちが込み上げてきた。

「好きだよ……おれじゃ足りねえ?」

 涙をこらえようとすると喉が詰まったようになる。シャンクスが口を開き、おれは我に返った。
 ……今おれは何て言った?

 反射的に身体を引くと、そっと抱き寄せられた。目元に唇が触れ、そのまま慈しむように首筋を滑る。シャンクスが肩に額を押しつけてきておれは動けなくなった。心臓が壊れそうだと思う。鎖骨の辺りで苦笑しているような気配があった。

「悪かった。エース、馬鹿なこと考えるな」
「……?」
「お前もルフィも、からかうと面白ェからなぁ」
「から……?」

 ……からかわれてたのか!?

 目の前の端正な顔が子供のようにぱっと笑った。おれは頭に血が上った。腕を振り上げたのを、シャンクスが余裕な感じで止めた。

「お、ゲーム再開か?」
「お望みだろうからな!」

 嬉しそうな顔をしてる。しかしただでさえ手強い相手に、水に浸かったままだとおれに分が悪い。

「ベッドに行く」
「ここでいい。待つのはごめんだ」
「フェアじゃねぇよ」
「海賊だろう?」

 胸元から見上げてきた鋭い瞳に捕まった。瞬間、おれはこの後の成り行きを悟った。しかし最後の抵抗に、クランベリーの匂いの泡を跳ね上げた。











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