give in to you





 優しい雨音が聞こえた。
 目を閉じたまま、絹糸のように繊細な雨に包まれた心地を楽しんだ。

 実際はまだベッドのぬくもりの中にいる。湯のように温まったシーツに挟まれ、海に落ちる穏やかな雨音を聞いている。最高だった。
 しかしエースは不機嫌な唸り声をあげた。温かさの中でうとうととまるくなっていたのに、身体を無理に仰向けにされたのだ。
 一瞬ルフィだと思った。寒いと言ってよくエースの毛布にもぐりこんでくる弟が、また甘えて来たのだと思った。

 しかしすぐに、ここがシャンクスの船だったと思い出した。そして昨夜の記憶がよみがえり、腰のあたりがしびれたように熱くなった。
 シャンクスの手の感触がまだ肌に残っている。急に恥ずかしくなって目をあけると、さえざえとした赤が飛び込んできた。

 シャンクスが寝心地を確かめるようにエースの胸に頭を押し付け、腰を抱き寄せる。それだけでエースは身体の奥にまた火が灯ったようになった。
 漏れそうになる声を喉の奥で殺し、きつく目を閉じてシャンクスの肩を押した。

 部屋はほの明るかった。シャンクスがまだ眼の覚めきらない顔で、抗議する視線をエースに向けた。

「……放せ」

 エースは彼を睨み付けた。一瞬呆気にとられた表情をしたシャンクスが、すぐに破顔した。

「……断る」

 いたずら好きな明るい笑顔に、エースの頭に血が昇った。お構い無しにエースを枕代わりにして二度寝を始めたシャンクスの下で必死にもがくが、身体に力が入らない。

「シャンクス!  どけよ」
「わかったわかった、眠いんだ。おとなしくしてろ」
「……!」

 エースは歯噛みした。昨日の夜、嫉妬した自分が少女のようにシャンクスに八つ当たりしたのを覚えている。そしてその後、シャンクスが機嫌を取って甘やかしてくれたのも。今思うと消えてなくなりたいくらい恥ずかしかった。

「シャンクス!」

 エースの肩が炎に変わった。察したシャンクスが敏捷に起き上がり、彼の胸の上に肩を乗せて簡単に押さえ込んだ。寝癖のついた髪を気だるげにかきあげる。

「……何がしたいんだ?」
「覇気を使うな!」
「だったらベッドを燃やすな」

 低い声でシャンクスに睨まれ、エースは口をつぐんで首をすくめた。昨日からこの調子でずっとぐずっていたので、さすがにシャンクスも忍耐がきれたのかと思うとひやりとした。日頃温厚な分、怒らせると恐い。

 焦った頭で言い返す言葉を探していると、唇にシャンクスの手が触れた。視線を上げると、シャンクスが噛み付くように荒っぽくキスをしてきた。エースは思わずきつく目を閉じる。
 唇を割って彼の舌が強引に絡みついてきて、エースは吐息をもらした。昨夜の熱がまた腰の奥に疼き始めて堪らなくなる。
 背中を反らせ、彼の肩に爪をたてると、シャンクスが息を詰めた。

 それで我に返った。
 シャンクスの肩をつかみ、体重をかけて横に押し倒した。勢いのまま彼の身体の上に乗る。
 まだ心臓が速く鳴っていたが、ちょっと笑いを浮かべて、勝ち誇った風に見下ろしてやった。

「勝手なことすんじゃねえ」

 エースがにやにやしながら言った。枕の上に無防備に仰向けになって、シャンクスは怒った様子もなく自分の腹の上に座っている青年を見上げた。

「おれはあんたの所有物じゃねぇんだ」
「もの扱いしてるわけじゃないが」

 シャンクスが彼の腰に触れ、エースがびくりと体を震わせた。かすかにうろたえつつ、警戒心に満ちた瞳で彼を見下ろす。

「……なんだよ」

 シャンクスが口元を上げた。

「……いい眺めだな」

 エースは首を傾げた。シャンクスが面白がるような顔で、彼の胸に手を伸ばした。彼の手が自分を肌を滑る感触が刺激が強すぎて、エースは思わず彼の手首をつかんだ。そして声を上げた。

「……!」

 エースが絶句し、シャンクスが満足そうな笑い声を上げた。エースの首筋から胸、腹のあたりまで、赤い鬱血が艶っぽく散っている。

「なんだよこれ……!」

 エースが首もとまで赤くして怒鳴ったが、シャンクスは楽しそうに笑った。






 雨の朝は嫌いじゃなかった。柔らかなベールに幾重にも包まれた心地がして、やすらぎを感じる。

 昨夜からさんざん駄々をこねていたエースが、今は腹の上に乗って彼を睨んでいた。昨日は珍しく拗ねてむずがっていたが、きっとそれが今になって恥ずかしくなったのだろう。喉を鳴らして撫でられていた猫が、突然引っ掻いてくるのと同じようなものだ。猫扱いだと知ったら本人は怒り狂うだろうと思い、シャンクスは喉の奥で笑った。
 胸一面に散っている赤い跡がやけに色っぽかった。自分がつけたのだと思うと最高に気分がいい。

 されるままになっていた昨夜の様子を思い出し、しなやかに筋肉のついた腰をつかもうとしたが、邪険に払われた。

「跡つけるなっていつも……」
「昨日は喜んでただろ」
「ねえよ!」
「よく言う」

 抱き寄せようと体を起こすと、顔を赤くしたエースがびくりとしてシャンクスの上から降りた。

「逃げるな」
「……」

 エースがシーツを肩に巻き付けて用心深く後退った。炎を出しそうな勢いで睨み付けてくる。手を出したらきっと噛み付かれるだろう。
 そんな風にするから、返って無理に引き倒したくなるのだ。腹を立てているエースとのセックスはすごくいい。

 シャンクスがシーツの裾をつかんだとき、部屋の扉をノックする音がした。

「シャンクス」

 ベックマンの声だった。エースがほっとしたようにかすかに肩の力を抜いた。

「敵船が近づいてきてる」
「入ってくれ」

 ドアを開けたベックマンが、ベッドの隅で難しい顔をして縮こまっているエースを確認し、次に全裸で座っているシャンクスを見て少し眉をひそめた。煙草をくわえ、壁にかかっているバスローブをとってシャンクスに投げる。
 几帳面だとは常々思っていたが、シャンクスは素直にそれをはおった。この繊細さに助けられているどころも多い。

「襲撃してくるな」
「ああ。迎え打つがかまわないだろう?」
「頼む。おれがいなくても平気だな?」
「わずらわせるつもりはない。許可がほしかっただけだ」

 シャンクスが笑った。

「任せるよ」

 ベックマンが頷き、シーツにくるまってうつむいているエースを眺めた。いつもなら屈託のない笑顔で挨拶をしてくるのに、目礼したきり黙っているのは様子がおかしいと思ったのだろう。
 問いかけるような視線を投げられ、シャンクスは知らないふりをしてちょっと肩をすくめた。ベックマンは少し厳しい顔をした。

 物思いに耽るようにゆっくりと煙を吐き出す。そして煙草を指先に持ったままの右手を、エースの顎に伸ばした。シャンクスは嫌な予感がした。

 顔を上げさせられたエースがうろたえ、戸惑った顔つきになる。ベックマンがかがみこみ、怯えたようにぎゅっと目を閉じたエースに、悠々とキスをした。
 エースがためらいがちに彼の胸に片手を置いた。

「おいベック!」

 シャンクスが怒鳴り、ベックマンが唇を離した。エースは真っ赤になったまま、呆然と目の前の男を見つめている。ベックマンがシャンクスを見て、煙草を持った手を念を押すように突き付けた。

「……!」

 それだけで、彼が何を言おうとしてるのかシャンクスにはわかった。エースにこんな顔をさせるなと言っているのだ。その点は確かに反省するが、キスする必要性は全くない。
 船長に似たと言われたら返す言葉もないが、赤髪海賊団のクルーは手の早いのが揃っていて困る。

「だからってこいつの味見するな!」

 シャンクスが喚くと、笑いをこらえるような顔でベックマンが出ていった。






 煙草の匂いに包まれた。大きな手に顎をとられ、呆気にとられているうちに気がついたらキスされていた。
 思わず身をひいたのを、たくましい腕にシーツごしにやんわりと背中をささえられ、逃げ場を失う。
 抗議するように手をついた胸板は、シャンクスのよりもずっと厚かった。

 唇をかすめた舌は煙草の味がした。いつも沈着冷静な副船長だと思うと、頭に血が昇って何も考えられなくなった。耳元で心臓が早鐘を打っている。シャンクスが何か怒鳴るのが聞こえた。

 ベックマンが唇を離した。呆然と彼の瞳を見つめて硬直していると、少し笑われた。こいつに手を出すな、と怒っているシャンクスをからかうように、かすかに背を屈めるようにして部屋を出て行った。

「油断も隙もないな…! エース、お前もちっとは抵抗しろ!」

 シャンクスに無造作に引き寄せられ、エースはあわてて彼の胸に手を突っ張った。不機嫌に眇められた綺麗な目が、彼を覗き込んでいる。

「え……?」
「おとなしくキスされるな」

 心臓が狂ったように早く打っているのを自覚した。いつも余裕のあるシャンクスが、珍しく感情を露にしている。
 パニックになる寸前だった。副船長にキスされたのも信じられないが、シャンクスがそれにこんなに怒るのも予想外だ。

 背中に回された彼の手に強く抱き寄せられる。エースは身体を固くして目を閉じた。こんな風に触れ合っていたら、壊れそうに鳴る心音が伝わってしまうかもしれない。
 逃げようとするが、シャンクスの腕はびくともしなかった。息を詰めた首筋に濡れた唇が触れるのを感じ、背中を粟立つような快感が走る。

 シャンクスの肩にしがみつくと、ますます強く抱きしめられた。首元の柔らかい肌に歯を立てられ、全身が震えた。過敏すぎる反応にシャンクスが満足気に笑った。

「……なあ、もう一回いいか」
「だ……だめ、だめだ……!」
「いいだろ」

 低い声の魅力には勝てたためしがなかった。押し倒され、それでも苦し紛れに形ばかり抵抗してみせるが、シャンクスはいつものように無視した。首筋を吸われ、くすぐったい痛みに身体中が甘くしびれた。

「……シャンクス」

 耐えられなくなって呼んだが、シャンクスは焦らすように身体を引いた。エースが喉の奥で唸り、彼の肩を引き寄せ、背を反らして自ら身体を押し付けた。

「シャンクス」
「……何だ」

 愛撫を止めずにシャンクスが答えた。喘ぎ声をこらえながら、肩にきつく爪を立てると、シャンクスが呻いた。

「あんたもおれのものだろ」

 シャンクスが顔を上げた。その不意を突かれたような表情を見て、エースは揶揄するように口元を上げた。シャンクスが笑い、生意気な唇をキスでふさいだ。

 波を打つ雨音が激しくなっていた。シャンクスの部屋もすぐに騒がしくなったが、それも敵船の砲撃にかき消され、気付いたクルーは誰もいなかった。












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