trick as a treat





 雲のない夜空と満月。
 ジャック・オ・ランタンとシーツで作った妖精の衣装。
 魔女とキャットウーマンにトロールと狼男。
 一人外洋に漂っているのもさびしくて、手近な港にストライカーを寄せた。

 町にはオレンジ色のランプが眩しいくらいに輝いている。メインストリートの軒下に沿って、数え切れないほどのランプがともされていた。知り合いの海賊でもいればからかってやれたのに、こんな時に限って誰もいない。町を埋めつくすパーティーの華やぎと、すれ違う笑顔が、なんとなく遠い世界のようだった。肩をくんで通り過ぎる人々に、一人ぼっちで町中に突っ立っている自分が透明人間にでもなったかのような気分だ。いくらハロウィーンにしても、そんな仮装はやってられないとエースはひとりごちた。
 エースはとりあえず通りかかった店のパーティーに混ざることにした。そういうことは得意だった。主催主の知り合いのふりでもすれば、怪しむ者など誰もいない。シャツをはおったので白ひげのマークも隠れたし、あのタトゥーがなければ到底エースは世界一有名な海賊団の幹部には見えない。






 なぜこんなことになっているのかエースにはわからなかった。男がエースの手首をつかみ、レンガの壁に彼の体を押し付けた。路地裏の暗い明かりでさえ、酔った瞳には明るすぎる。男が顔を上げさせてキスをしようとしたので、首をそむけてそれを避けた。酒のせいで頭がのぼせて、体に力が入らない。相当飲みすぎたらしく、視界がちらちらと揺れている。男が彼の腰に手をはわせ、首筋に吸いついている。
 耳元で濡れた音がして、頭に血が上った。背筋をぞくぞくする感覚が駆け抜ける。目の前で夢中になっている男をひっかけたのが自分なのか、それとも向こうが誘ってきたのか、それすら覚えていなかった。
 エースはシャンクス以外の男と寝たいと思ったことはなかった。しかし今夜は金がなかった。娼婦を買うことができなかった。寂しさをまぎらわすための一晩きりの関係に、普通の女の子をひっかけるのは気が引けた。食い逃げはするが、女相手にヤリ逃げをするのは男として最低だ。それはありえないと、その辺は妙に節度正しいエースは思った。そこまでは記憶があった。きっとそのせいで今男につかまっていることは確かだった。でも酔った勢いを借りても、どうやらエースは男相手には楽しむことはできないようだ。体はいやおうなしに快感に反応してしまうが、気分がどうしても乗らない。嫌悪感すら覚える。
 力の入らない手で相手の胸を突っぱねた。それに気づき、男が少し体を離した。

「……どうした?」

 エースは相手はきっと年上だと思っていたが、自分とあまり変わらない年齢だった。けっこう美形の体格のいい男でまともそうだ。若い男を漁る汚い中年を覚悟していたエースは、ほっとした半面少し拍子抜けした。

「……やっぱやめる」
「どうして? 怖くなったのか?」

 エースは悪酔いの頭痛をこらえ、うつむいて首を振った。悪いやつではなさそうだが、どうもこの男は勘違いをしている。

「気分がのらねえ。悪ィ」
「ここまでやっておいてか?」

 男を振り払おうと体をよじったが、逆に抑え込まれて壁に叩きつけられた。抵抗するエースを無視して男が勝手に行為を進めている。
 エースは困った。
 酒のせいで体に力が入らない。視界すらぼやけて定まらない。抑え込まれてはいるが、相手は武術の心得のない一般人だとすぐにわかった。普段なら片手で難なくねじあげることができるはずだ。しかし今は、力の抜けた足で壁に寄りかかっているのが精いっぱいの有様だった。
 ロギアの能力で男を燃やすことは簡単だったが、素人相手に悪魔の実の能力を使うのは嫌だった。無法者の海賊とはいえ、ポリシーがあるのだ。
 となると、このまま男にヤられるしかない。エースは焦った。シャンクスとするセックスは好きだが、今までに彼以外の男と寝たことはなかった。彼以外の男にいいようにされるのはプライドが許さなかった。それに他人に無防備な姿を見せるのには、絶対的な違和感があるのだ。シャンクス相手のときでさえ、日ごろまとっている厳重なガードを解き、男の下敷きになるまでにはかなりの抵抗感がある。かといって、今自分が男役をやったとしても使い物にならなそうだった。
 自分が招いた結果だし、酒って怖いな、と他人事のように考える。しかし生理的な嫌悪感はなくならない。やっぱこんなやつにカマほられんのは耐えられねえ、と心中でつぶやき、エースは体を炎に変えようとした。
 すると突然、目の前の男が視界から消えた。






 目を丸くするエースの前で、男は情けなく地面に尻もちをついた。自分に恥をかかせた相手に食ってかかろうとしたが、その男の顔を見て慌てて逃げ出した。煉瓦の壁に寄りかかったまま、エースは呆然とまばたきをした。

「こんなとこで何してんだ?」

 スモーカーが溜息のように煙を吐き出した。

「こっちの台詞だ。海軍の船が泊ってる港にノコノコ上陸する海賊は、おめえくらいのもんだぜ」
「船があったのか? 暗くて見えなかったんだよ。それにしても野暮な男だな。人の楽しみを邪魔しに来たのか」
「楽しんでいるようには見えなかったがな」
「うるせえよ」
「いい様だな、ポートガス」

 スモーカーが一歩踏み出したので、エースは内心ぎくりとした。今は足に力が入らない。

「この島の酒がバカみてえにきくんだよ」
「ここの酒は度数が高いんだ。呆れるぜ。飲んでて気づかなかったのか? ガキだな」

 スモーカーが新しい煙草をくわえ火をつけようとしたので、エースが鼻を鳴らし、片手でそれを取り上げた。スモーカーがむっとした顔で彼を睨みつける。エースがにやりと笑い、煙草の先に思わせぶりに歯を立てた。上目づかいに彼を見て、葉巻にキスをして舌の先で舐め、それをあぶった。

「……バカなことしてねえで返せ」
「今夜はハロウィーンだぜ。トリートはねえのか? いたずらするぞ」
「海軍式でいいならな」
「そりゃごめんだ」

 エースがスモーカーの首に腕を回し、彼に口づけた。きっと振り払われて十手を構えられるのが落ちだと思っていたエースは、スモーカーがのってきたので驚いた。大きな手で首の後ろを抑えられ、腰を鷲掴みにされる。口の中をかき回されて体が震えた。さっきの男よりよほど巧くてエースは焦った。裸の肌に彼の引き締まった分厚い腹筋がじかに触れた。反射的にねだるような甘い声が漏れてしまう。体温が焼けつくように上がり、背筋を快感が駆け抜けた。ようやく解放された時には、腰が立たないのは酒のせいなのか定かでなくなっていた。エースはどうにか自分を取り繕った。

「……おまえ、けっこう」
「おまえは口ほどにもねえな」

 スモーカーがエースから煙草を取り上げようとしたが、エースが手をあげてそれをかわした。

「トリック・オア・トリートっつっただろ。これはもらう」
「今てめえ『いたずら』してきやがったじゃねえか」
「そりゃそうだがあれはおれがされたんだろうが!」

 思わずエースがわめき、スモーカーが眉間にしわを寄せた。言い返してこないところを見ると異存はないらしい。しかしそれは逆にエースには不名誉だった。男として負けた気がする。
 そのとき、大通りからスモーカーを呼ぶ声が聞こえた。海軍のハロウィーンパーティーからスモーカーの姿が消えたことに気づいたらしい。いつも一緒にいる剣士の女の子の声だ。

「ほんと野暮な海軍だよな」

 エースが毒づいた。足を炎に変える。新しい葉巻をくわえ、スモーカーが背中の十手に手を伸ばした。

「パーティーの夜に仕事を増やす気はねえよ」
「いらねえ気づかいだ」
「海賊は気がきくんだぜ」

 エースがにやりと笑った。

「続きは今度な。これ、ありがとよ」

 足の火力をあげて、エースが夜空に飛び上がった。ハロウィーンの夜のことで、町の人々はそれを美しい花火の一種と思ったようだった。スモーカーが舌打ちした。部下のたしぎが彼の名前を呼びながら様子で路地裏に駆け込んでくる。

「……喫わねえくせに」

 スモーカーが低く呟き、息を切らしたたしぎが首をかしげた。

「はい? なんですか? スモーカーさん」
「なんでもねえ。それよりお前、どこまでいってたんだ?」
「それが、町の反対側まで……」

 答えた海兵をたしぎがあわてて遮り、スモーカーは肩をすくめて歩きだした。












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