in between the sheets





 部屋のドアを開けたとたん、全身の力が抜けた。待ち焦がれたベッドの上で、エースがのんきに寝入っているのを見つけてしまったのだ。
 厄介な会議を片付けてきたところだった。馴染んだベッドで早く大の字になりたいと思っていた。マルコはため息をつき、暗い部屋の中額に手をやった。自制心、と言い聞かせながら気持ちを沈めている彼の前で、エースは気持ちのいい寝息をたてている。最近エースはマルコのベッドがいたく気に入ったようだった。遅くまで入り浸ったあとはだいたい泊まっていく。というか、マルコが気が付くと勝手にベッドで眠りこけている。船の上にしては比較的大きなベッドのことなので、マルコが隣に横になろうとエースは一向に気にした様子もなかった。
 が、マルコが気にしないとは限らないと、考えたことはなかったのか。と、マルコは思う。
 そもそも、きっかけが悪かった。船に乗ったばかりの暴れ猫だったエースを部屋に泊めてやり、ベッドを使わせてやったのがまずかったのかもしれない。あの頃はエースが居着くようになるなんて思ってなかったのだ。
 決してエースを追い払いたい訳ではない。マルコもエースのことは可愛いく思っているし、クルーの手前、『あのエースに』おおっぴらに懐かれてけっこう優越感もある。しかし疲れているときはベッドを広く使いたいというのもあるし、エースを憎からず思っているからこそ困った気分になることもある。

「……コイツには警戒心ってもんがねぇのかよい」

 入団する前のあの剣幕はどこに消えた、と頭の隅で考えつつ、呆れ果てて呟いた。そんなこととは知りもせずエースは幸せそうに眠っている。そのまだ幼さの残る寝顔を見ていると、怒るに怒れなくなってくるところがマルコの弱みだった。二度目のため息とともにこれ以上の抵抗を諦め、彼はエースの隣に体をもぐりこませた。






 くすぐったさに目が覚めた。肩のあたりに何かふわふわしたものが触れている。ぼんやりと横を見ると、黒髪が彼の腕を首の下にしていた。わき腹に温かい背中がもたれかかっている。
 エースは背中を向けて寝るのがクセらしいと、最近気付いた。というか、背中を預けて寝るのが好きだ。拒絶しているのではなくこれが彼なりの甘え方らしい。
 高い体温も、柔らかい髪も、引き締まった滑らかな素肌も、それが相手にどんな効果をもたらすかエースは考えていないようだ。まさかマルコがそんな気を起こすとは思わないのかもしれない。実際マルコも、昔何度か男相手に試したことがあったが、結局自分はストレートだと結論付けた。しかしこの状況でその結論はゆらぎ始めている。
 エースがその手の連中に人気があることをマルコは知っていた。そして彼らがマルコとエースの仲を勘違いしてエースに手を出さないでいるということも、ジョズやサッチが面白がって教えてくれていた。目の前のエースの無防備さを見ていると少し心配になってきて、よこしまな勘違いにも感謝したくなった。
 エースが目を覚ます気配は全くなかった。一度起きてしまったものの、エースが彼の腕を首の下敷きにして寝ているので、マルコは寝返りも打てない。さすがに二人で横になると狭いベッドのことで、体が凝ってしまっている感じもする。エースは気ままに眠っているが、マルコはなんとなく劣情があるので、寝ている間も無意識にエースに遠慮をしているらしい。
 エースの安らかな寝息が聞こえてくる。自分の部屋で何故こんなに堅苦しい思いをしなければならないのかと、マルコは憮然とした気分になってきた。
 横を向くと、自分より一回り小さい裸の背中が、抱きしめてくださいと言わんばかりにあった。一度警告しておくのもいいかもしれない。きっと今後は注意するようになるだろうと、マルコは軽い気持ちで悪ふざけをしてみる気になった。
 温かい毛布の下でエースの腰に触れた。細いがしっかり筋肉のついた脇腹に手のひらを滑らせると、エースの体が微かに震えた。一瞬、冗談で済ませられなくなるかもしれないという予感がしたが、そんな思いは追い払った。目を覚ましたらすぐに止めるし、きっとエースはこの手の悪ノリには慣れているだろうと思う。柔らかい髪を鼻先でかきわけ、耳の後ろにキスをした。そのまま首元までキスを降らせる。エースが鼻にかかった甘い声をもらし、身じろぎをした。マルコは手を止めた。

「……? ん……?」

 エースの目蓋が揺れ、視線がさまよった。マルコが黙って見下ろしていると、彼の視線の焦点が合った。
 次の瞬間、エースはベッドから飛び出した。
 というか、転げ落ちた。
 呆気に取られるマルコの前で、毛布の端が少し燃えた。

「な……な……!?」

 顔を真っ赤にしたエースが、床にへたりこんだまま首元を押さえた。ちょっと焦がされた手をゆっくり振りながら、マルコが瞬きをした。

「マルコ……!?」

 今にも泣き出しそうな顔で自分を見つめるエースを見ながら、顔から火が出そうという表現はこういうことだろうと、マルコは場違いなことを思った。

「……悪かったよい」
「は……?」
「そんなに驚くとは思わなかったよい」
「!!」

 エースが肩を震わせて口を引き結び、眉間にぎゅっと皺を寄せた。マルコは反射的に緊張した。経験上、女性相手だとこの後にはビンタがくる。
 しかし彼は甘かった。相手はエースだ。
 飛んできた炎をマルコが悪魔の能力で受け止めたときには、エースは扉を燃やさんばかりの勢いで逃げだしていた。外から何かが壊れた音と叫び声が聞こえ、火を消し止めろ! という怒号があとに続いた。
 とたんに静かになった部屋の中で、マルコはしばらく茫然としていた。
 ドタバタと走る外の足音や悲鳴を聞きながら、頭の後ろに手をあてた。
 エースの反応は予想外だった。マルコは女性に不自由したことはなかったし、その経験から言えば、エースのあの反応は嫌がったというよりは恥ずかしがったという感じだった。相手が女性だったら、あとひと押したらモノになると判断したところだ。

「まいったよい……」

 まさかエースが自分をそういった意味で好いているとは思わないが、なんとなくとても悪いことをしてしまった気がする。
 外ではまだ消火騒ぎが続いていた。エースはどこに行った? という声もちらほら聞こえる。
 マルコはため息をつき、エースに何と言って謝るか考え始めた。












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