shadows of my yesterday 2





 荒い息をついている背中で、グランドラインで一番有名な男のタトゥーが彼を笑っていた。
 シャンクスが指先でなぞると、ぐったりと横になっている体がかすかに震えた。

 眠ったのか、気を失ったのか、それとも口を開く余裕がないだけか、とにかくエースに起き上がる気力すらないようだった。
 会ったのは久しぶりだったし、煩わしさのない陸の上のことだったので、加減を忘れてしまった。でもエースもそんな抱かれ方が好きなのは今までの付き合いで知っているので、特に後ろめたさはない。

「……ここは感じないんじゃなかったのか?」

 シャンクスがからかったが、エースは横になって背を向けたまま苦しそうに息をしている。

 タトゥーは一生消えない。しかもそれが白ひげのマークときたら、それを背中一面に彫るには相当な覚悟が必要だ。しかし今のエースからは、それで気負っているというよりは、むしろ重い荷を下ろしたような、ほっとした空気が感じられた。
 彼がやっと安心して頼れる何かを見つけたような、そんな気がする。

 今までエースが抱えていたものは、そんなに重いものだったのかと思う。シャンクスがよく知っている彼は、良いものも悪いものも、近寄ってくるものをすべて拒んでいる様子があった。下手に触ろうとしただけでギラギラ光る鋭い切っ先に斬られそうだった。

 短い間に、彼は本当に変わった。丸くなったとはまだまだ言えないが、まとう空気がずいぶん柔らかくなった。昔のような、そばにいる者を落ち着かなくさせるところがなくなっている。

「ん……」

 エースが寝返りを打ち、シャンクスは我に返った。眠そうな顔で、エースがシャンクスに手を伸ばしたので、そのままかがみこんでキスをしてやった。エースが満足そうに喉を鳴らし、シャンクスの体を抱え込んで体勢を入れ替えた。シャンクスの上に遠慮なく体重をかけ、ようやく唇をはなしてへらっと笑った。

「気持ちよかった……」

 シャンクスは彼の乱れた髪をすいてやった。

「悪かった。やりすぎたな」
「大歓迎」

 シャンクスの胸に両手を乗せ、へらへらと笑っている。でかい猫を腹に乗せている気分だと言ったらきっと怒るだろう。賢明にもその感想を一人の胸に収め、汗に濡れた髪を優しく叩いた。腕を伸ばして煙草をくわえる。エースがちょっと首をのばし、シャンクスと眼を合わせたまま、ゆっくりと煙草の先を舐めた。

「……ありがとよ」
「礼はいいからさ……」
「今度な。お前ちっとは明日のこと考えろ」

 エースが肩をすくめた。つまんねえの……、と呟きながら、天井の高いホテルの部屋を興味津々に見回す。

「このホテルすげえよな。赤髪はこんなとこも顔パスか。あんたも便利な男だな」
「白ひげもそうだろ」
「知らねえ。おれ入ったばっかだから」

 もう10年も昔になるだろうか、このホテルのオーナーが厄介な海賊に襲われているところを助けてやったことがあった。そのころはまだ小さな宿屋にすぎなかったが、今では各国の要人やセレブリティが利用する高級ホテルチェーンになっていた。どこの島に行っても、系列のホテルでは赤髪海賊団の幹部には一番いい部屋を用意してくれる。

「まあ、便利だな」
「あ! 風呂入ろうぜ風呂!」

 いつものようにとび起きようとして絨毯の上に腰砕けになったエースが、めげすに力の入らない歩き方でバスルームに向かった。バスルームのほうから、部屋がいくつもあるだの、でかいベッドが3つあるだの歓声が聞こえてくる。

「シャンクス来いよ! ジャクジーだぜ!」
「はいはい、落ち着け……」

 仕方なくシャンクスが起き上がり、バスルームからのぞく癖っ毛のほうに向かった。昔より気持ちたくましくなった背中に彫られたタトゥーが、とてもしっくりきていることは認めざるを得ない。白ひげはすべての海で誰より頼れるオヤジだと、シャンクスも敬意を払っている。彼の懐は海のように深い。その名前で、いろいろな物を守っている。エースを預けるには、彼を置いていないと思う。

 しかし彼が自由を手に入れるには、かわりにこのマークを背負うような重い代償が必要だったのかと思うと、柄にもなくやりきれなくなった。

 バスルームの戸口に立ったシャンクスに気づき、エースが振り向いた。

「なあ、見ろよ! ジャクジー、おれ初めて……」

 彼の背中を抱きよせ、後ろから頬に口づけた。突然甘い恋人のようなことをされ、エースが少したじろいだ。

「な……なんだ?」
「お前、水苦手じゃないのか」
「あんたが面倒みてくれるからいいよ」

 シャンクスが笑った。

「なあ、おれの船に乗れよ」

 エースがくすぐったそうに笑い、彼の腕を振り払った。











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