snow snow, you're so warm 2




 目覚めて3秒で状況を把握した。腹いっぱい食べて長い時間熟睡したのは本当に久しぶりだったので、驚くほど気分が良かった。清潔な部屋に暖かいベッド、傷の手当てもされている。布団をはねのけて起き上がると、自分の世話を焼いてくれたらしい背中が振り向いた。




 マルコが口を開くより先に、エースはベッドに両手をついた。

「ありがとうございました」

 寝起き一番にきっちりと頭を下げた癖毛の前で、マルコが呆気に取られた顔になった。ひとまず貸してやったシャツがエースには大きかったようで、ベッドについた袖口が余っている。

「おう……、どしたい、急に」

 マルコはすでに朝食も済ませ、コーヒーを片手に新聞に目を通していた。外はまだ雪がしんしんと降り続いているので、こんな日は外回りをする気にはならない。

「……世話んなりました」

 エースは顔を上げないので、マルコは立ち上がってベッドに腰掛けた。

「よく寝れたみたいだな」

 おずおずと視線を合わせたエースの、すっきりした顔を見て、マルコが口元を上げた。エースは申し訳なさそうに肩をすくめた。

「おれがベッド占領しちまったから、あんた寝れなかっただろ……」
「そんなこと言うない。たいしたことじゃねえ」

 それでも難しい顔をしてうつむいたエースに、マルコが苦笑して柔らかい黒髪をくしゃりと撫でた。

「洗面台がそこにあるから、顔を洗えよい。ポットに湯も入ってるし、簡単な食い物ならバスケットに入ってる」

 立ち上がって書類を取り上げたマルコを見上げ、エースが戸惑い気味に髪に手をあてた。しかしおとなしく顔を洗い、バスケットに入っていた一つ取ってリンゴを齧った。

「……何でそこまでしてくれるんだ? あんたらさ……」

 自分が着ているマルコのシャツをまじまじと見ているエースに視線を向け、マルコがちょっと微笑した。
 白ひげが船に乗せた時点で、エースは彼の家族になったのだ。新しく入ってきた兄弟の面倒を見るのは、兄貴分として当然の役目だった。エースのことはまだ何も知らないが、昨日の会話と今朝の態度で、彼がどんな人間かくらいはわかる。他の隊長や船員たちに格別気に掛けられている理由も理解できた。ただ強いだけのルーキーだったら、白ひげが船に乗せるはずもない。それに、危なっかしいくらいに何かを思いつめているエースには、それを別にしても守ってやりたくなる雰囲気があった。
 しかし、じっと自分の答えを待つエースに、マルコは肩をすくめてみせた。

「何でだろうな……」

 再び書類に視線を落としたマルコを前にエースは黙りこみ、ソファーのひじ掛けに行儀悪く座ってリンゴを齧っていた。しかし食べおわるとすぐにうろうろと部屋を歩き周りはじめた。

「……おれに手伝えること何かある?」
「ねェな」
「……おれの気が済まねぇんだけど」
「だったら今度からちゃんと食って中で寝ろ」
「そうするよ……」

 ベッドに腰を下ろしたものの、そわそわとあたりを見回すエースにとうとうマルコが吹き出した。

「落ち着かねぇなあ」
「悪ィ」
「どうしたいんだよい、お前は。飽きたら外行ってもいいぞ。凍死しねぇって約束するなら」
「……」

 黙って視線をそらすエースに、マルコはため息をついた。

「……コーヒー、入れてくれるかい」
「!」

 エースがすぐに立ち上がり、慣れない手つきでカップに湯を注いだ。

「……邪魔にならねぇようにするよ。コーヒー入れるし」
「おう、話し相手を探してたところだよい。雪の日は暇でな」

 マルコの言葉に、ちょっと考えて意味を理解したエースがはにかむような笑顔になった。彼が笑顔を見せたのははじめてだったことに気付き、マルコはエースを抱きしめたくなった。しかしそんな自分に少し照れて、彼の胸を押し退けて机に向かった。

「もういらねえよい。ひとまず朝飯でも食っておけ」

 マルコの言葉に、エースはどこか弾むような足取りで戸棚に向かった。パンや果物を取り出す気配がして、ソファーで機嫌よく食べていたようだったが、しばらくして何かかたいものが落ちる音がした。振り向くと、癖毛がテーブルに突っ伏して気持ちのいい寝息を立てている。片手には食べ掛けのオレンジを持ったままだ。
 マルコは一つため息をついた。そして何事もなかったかのように、書類の続きを読み始めた。
 白く曇った窓ガラスの向こうでは、止む気配のない雪が音もなく降っている。












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