selfish |
船一隻を沈めたほどの砲撃が、轟音をたてて飛んできた。でも彼の体は炎なので、当たったところでただすり抜けるだけだ。痛くもかゆくもない。 しかしエースが体を炎に変えようとした一瞬、自分の後ろに続く隊員たちの姿が脳裏を過った。ここで躱したら、砲撃は彼らに直撃する。それを想像しただけで、まるで自分の身を引き裂かれるかのように痛んだ。 エースは歯を食い縛った。目の前が真っ白に弾ける直前、自分の名前を叫ぶ声を聞いた。 目を開けるのがひどく億劫だ。針の寝床に横たわっているかのように全身が痛んだ。大勢が泣き叫んでいる声がする。 繰り返し叫ばれる言葉が自分の名前だと気付いたのは、一拍置いてからだった。霞んだ視界が、ようやく焦点を結び始める。 今回の戦場だった岩肌にでも寝かされているのかと思っていたが、ぼんやりした視界に映るのが見慣れた天井なので、どうやらここはモビー・ディック号の一室らしい。 しかし背中に感じることと言ったら激痛だけだったため、柔らかいベッドも役に立たなかった。 肺の痛みをこらえて小さく息をつくと、冷えた手が頬に触れた。 「……エース」 マルコが厳しい顔で自分を見下ろしている。それがなんとなく面白くて、笑おうとしたが腹の筋肉が引きつって無理だった。 「気がついたかよい」 エースが声を振り絞る前に、クルーたちの絶叫が医務室を埋めた。あまりの騒音にエースが少し顔をしかめ、マルコが手を振ってクルーを鎮まらせた。 「怪我人にとどめを刺すつもりか。お前らちょっと出てろよい」 「す、すいませんつい、……おい、エースさん生きてたぞ!」 「おれたちを庇って死んじまったかと思ったよ」 「隊長が死んじまったらおれたち生きていられねえよ!」 「おめえら、宴の準備だ!!」 さっきまで辺りはばからず泣いていた男たちが、今度はうれし涙でニコニコと肩を組んで出ていった。とたんに水を打ったように静かになった部屋で、マルコが小さなため息をついた。 「おいエース、生きてるかよい」 「……終わった……、のか……?」 「ああ。3日前だよい。みんなお前が死んだかと思ったぞ」 額にあるマルコの手が、ひどい痛みの中での唯一の救いのようだった。いつも暖かい手が、今は冷たい。 「……心配、した?」 「バカ野郎、もう一度聞いてみろ、おれがとどめを刺してやるよい」 顔をしかめながら、細い息でどうにかエースが笑った。 「奴ら、飲まず食わずでお前の看病をしたんだぞ」 「……」 「お前が目を覚まさないうちは、水も喉を通らねえ。ちったあ自覚しろい」 「……」 今までクルーたちが座っていた場所に、エースは視線をやった。マルコの手が、じわりと温かくなった。 「……あの時、だったらさ、……マルコもきっと、同じことをしただろ……」 「おれはおめえほど食らわねェよい」 「ひでえな……」 苦笑いで呟き、エースが起き上がろうともがいた。マルコが手を貸すと、息をついて彼の肩に寄りかかった。彼の体温を確かめ、ほっとしたように目を閉じる。 「マルコ……、……ごめんな……」 包帯が巻かれた背中をしっかりと支えてやると、遠慮なく彼に体重を預け、謝るかのようにマルコの首筋に額を押し付けた。 「おれさ、あいつらのことも、この船も、大好きなんだよ……」 エースの傷に障らないように、マルコはそっと彼の背を撫でた。 「わかってるよい。……でもなぁ、エース。おれたちもお前が大切なんだ。そんな姿見たくねえんだよい」 エースの吐息が震えた。笑っているようだ。笑いごとじゃねえ、とマルコが言おうとしたとき、エースが微かに呟いた。 「そうか……」 そのまま、マルコの肩に脱力した体重がぐったりとかかった。気を失ったらしい。マルコはため息をついて、傷だらけの体を慎重にベッドに横たえた。 部屋の外ではエースが目を覚ましたことを祝う宴が着々と整っている。エースは大丈夫だ、ありがてえ、という歓声が飛びかっていた。 「聞かせてやりてぇよい」 苦し気な寝顔を見つめ、マルコは呟いた。戦いの後自分の手当てもそこそこに、エースが目を覚ますまでの3日間、不眠不休でベッドサイドについていた。 しかし、眠れるのはもう少し後になりそうだ。 エース回復の宴の準備でクルーたちははしゃいでいるが、この調子だと当の本人は参加できないだろう。でももしかしたら、お祭り騒ぎの好きな男のことなので、宴があると知ったら要らぬ根性で起きだすかもしれない。 とにかく、もう一度エースが目を覚まし、彼の本調子の回復の兆しを見届けるまで。安心して休めるようになるのは、もうしばらく後になりそうだった。 |