sweet brat





 厄介なもんに懐かれたな、と3番隊隊長のジョズは言った。白ひげは鷹揚に笑い、面倒見てやってくれ、と言った。

 全身の毛を逆立てた暴れ猫が船に乗ることになったが、白ひげを始め隊長たちは寛容な目で興味深く見守った。しばらくの間手負いの若造は殺気を撒き散らして爆走し、そのたびに白ひげにあしらわれて日々の航海に刺激と話題を与えてくれていた。
 でも今ではそれも昔の話だ。

 わかってるよい、とマルコは言った。

 エースが健気なのは、みんな本当はわかっている。
 一旦腹を決めた後、彼のがむしゃらな暴走はぴたりと止んだ。背中に大きく白ひげのマークを彫ってきた彼を見て、古株は誰も口には出さなかったけれど、胸を打たれたなかったクルーはいなかった。

 荒れた獣のような殺気は次第に薄れて、代わりに透けるように無邪気な人懐っこい笑顔が増えていった。酷い傷を負った捨て猫が、おそるおそる安心することを覚えていくように、彼は白ひげの海のように深い愛情に降伏した。

 それからのエースの働きは凄まじかった。白ひげの力になりたいという一心で、どんな敵にも怯することなく突っ込んでいった。白ひげへの全身全霊の献身も、彼がこの船を何より愛していることも、みんな知っている。
 エースの思いは、みんなわかっているのだ。



 そのエースは今、マルコの部屋の広いベッドの上で健やかな寝息をたてていた。
 マルコは机に向かってクルーについての書類を見ていたところだったが、一息ついて振り向いた。
 海も凪いだ昼下がり、規則正しいエースの寝息を聞いていると、仕事などしているのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
 不意にドアを叩く音がして、二番隊の新米クルーが遠慮がちに顔を覗かせた。

「失礼します、エース隊長いますか? どこにもいないんで……」
「ちょっと待ってろい」

 さすがに、二番隊隊長が一番隊隊長のベッドですやすやと眠っているのを見られるのは示しがつかない。マルコは立ち上がり、さりげなく立ちふさがるようにドアを開けた。

「どうした?」
「ああ、大したことじゃねぇんですが……」

 二番隊のクルー同士で揉め事があったらしかった。ただのケンカで、決闘には発展してないらしい。まだあどけない寝顔を思い出し、それごときで起こすのも忍びないとマルコは判断した。

「エースには伝えておくが、まあ放っておけよい。日常茶飯事だ。私闘するなら船を降りろと言ってやれ」

 新米クルーはぺこっと頭を下げて走っていった。
 マルコがドアを閉めると、先ほどまで眠っていると思っていたエースが仰向けになっている。頭の下で両手を組み、ちょっと笑みを浮かべて、マルコの様子を伺っていた。

「悪ィな」
「ああ、起こしちまったかい」
「全部聞いてたが、寝たふりしてた」
「構わねぇよい。ただのケンカだ」

 エースはにっこりと笑い、まだ大人になりきらない手足をのびのびと広げた。

「このベッド好きだ。マルコの部屋は居心地がいいな」

 適度に広々として、片付いているとは言わないが、あるべき場所にものが収まっている感じがする。

「お前の部屋もどうにかしろよい」

 エースの部屋は殺風景だった。小さな部屋だからものを置く場所もないが、本人に物欲がほとんどないので、持ち物といえば袋一つに簡単にまとまる。ベッドにしても、もともと船に備え付けてあった、細長く味気ないものが壁ぎわに寄せてあるだけだ。

「おれの部屋? あそこは夜寝るだけだからな……」
「わざわざおれの部屋に来てくつろいでるのにか?」
「だっておれの部屋にはマルコいねぇもん」

 マルコが思わず目を見開くと、エースがにっと笑った。照れ隠しのように、マルコがちっと舌打ちする。

「何言ってやがる、お前、おれの留守にもこの部屋にいるだろうが」
「……迷惑だったか?」
「そうとは言ってねえよい」

 エースははにかむように笑った。白ひげのクルーは、総じてエースのこの笑顔に弱い。本人は無自覚だからなおさら厄介だった。マルコは片手を伸ばして、柔らかい癖毛をぽんぽんと叩いた。

「……マルコって、兄貴みてぇだからさ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」

 マルコは思わず彼を片手で抱きよせて、乱暴に頭をくしゃくしゃとかき混ぜた。

「……おれにも弟がいるんだよ」
「へえ、そりゃあ可愛いくて手が焼けるだろうなぁ」
「本当にな。あ? 会ってねぇのに何でわかるんだ?」

 お前を見てりゃわかるよい。
 とは口には出さず、マルコは微笑した。

「……お前の口振りでわかるよい」

 心底嬉しそうに破顔した雀斑を見て、マルコはもう一度彼の頭を叩いた。

「いつか会えるといいなあ、弟さん」
「会えるさ。約束したからな。そういう弟なんだ」

 確信と期待に満ちた口調に、マルコは黙って頷いた。良い兄弟なのだろう。

「さて、書類仕上げちまわねえとなあ」
「じゃ、おれも見回り行ってくっか」

 帽子をかぶり、エースが立ち上がった。

「あ、マルコ」
「なんだ」
「おれ、部屋を整える気ねェよ」
「わかってるよい。さっさと行ってこい」

 にっこりと笑い、エースは部屋を飛び出して行った。
 厄介なもんに懐かれたなあ、と古株たちは笑ったが、本当はみんな内心ちょっと羨ましく思っているのを、マルコは知っている。













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