・高尾がホスト
・報われない、救いがない



ゆるりと鎖骨のあたりを滑る骨張った細いその指先がまた、私を深く堕として行く。ぞくりと身体が震えるのは恐怖からなのか、快感なのかそんな事も分からなくなってしまった。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。私はただ、友達にどうしてもとお願いされて1度だけ付き合いで来た冴えない女、明日からは変わらない日々に戻るそのはずだったのに。

あの日からいつしか1年の時が過ぎ、友達は飽きてしまったと通う事をやめたのに、私が未だ抜け出す事が出来ずここにいるなんて、皮肉なものだと思う。


「お待たせー!」

「ううん、No.1ともなるとやっぱり違うね。」


――――1年前、友達がすごいイケメンなの!と指名したのは金色の髪が不自然なくらいに似合う、どこか日本人離れしたような本当に綺麗な顔立ちをした人だった。
ホストなんて本当にかっこいい人はいないでしょ、という私の考えを覆した彼はトークスキルまで完璧で。ころころと変わる表情や、話で私や友達を楽しませてくれたけど。彼はあまりにも、何と言うか、眩しくて私の好みではなかった。
これなら友達と飲みに行く方が楽しいかもなんて失礼な事を思いながらぼんやりしていたら金髪の彼…涼さんが一人の男の子を連れて来た。それが、彼だった。


「こないだ入ったばっかりで。よかったら一緒にお話してあげてくださいっス。」

「カズです、よろしくお願いしまーっす。」


涼さんに紹介され、軽い口調でカズと名乗った彼は涼さんとは対称的な黒髪に、どこまでも見透かしてしまいそうな澄んだ…吊り目気味の瞳の持ち主だった。
たかがホスト…それも友達の付き合いで来ただけの一晩の火遊びみたいなもの。そうだった筈なのに。

彼は驚くほどするりと私の心に入って来て少しずつ、侵食するみたいに毒が回るように、その甘い優しさで私の心を埋めて行った。
甘い言葉が欲しいならどんなホストだっていいだろう。でも彼はどこか違って、甘い言葉に苦味も混ぜて、まるで彼にコントロールされているかのようだった。
嵌まってしまってはいけないと、分かっているはずなのに彼のその見透かす瞳が、掠れた甘い声が私を彼無しでは立てないように、生きていけないようにして行った。

あの頃はただの新人だった彼は今じゃもうNo.1になった。彼の前にNo.1だった涼さんはもう辞めてしまった。
私みたいなただのOLの貢献度なんて豆粒みたいなものだけど、順調に指名客を増やして行った彼のお客さんにはお金がある人も沢山いるみたいでこのホストクラブでは異例の速さのNo.1らしい。
それはきっと、私も含め、寂しい女に、彼の毒は即効性が有りすぎるから。


「なーに、考えてんの?」

「カズと、出会った時の事。」


ふーん、と言いながら彼の指先が私の鎖骨をゆるりと撫でる。いつの間にか彼の1番古い客となった私と彼の、秘密のサイン。今夜、あの場所で。本当に私だけなのかなんて分からないし、違うに決まっていると分かっているんだけど。


「俺が、No.1になったから寂し?離れちゃうの?」

「そんなわけ、ない。離れられるわけないの知ってるでしょ…」


そういえば満足そうに笑った彼は私の鎖骨から手の平を離して、変わりに唇を寄せた。赤い花が咲く。お前だけだというこの花は、一体何人につけてきたんだろう。


「カズ、ここお店。」

「陰だから大丈夫。」


不安になんなよ、俺の名前知ってんのお前だけだから。そんな耳元での囁きを信じられるほど私はもう純粋でなくなってしまった。
知っている、和成と言うんでしょう。でもその名前が本当かも私に知る術はない。

離れられる程、大人じゃないの。でも、信じられるほど子供でもなくなってしまったの。



終ることはないでしょう、あなたの腕が私の首筋に伸びないかぎり

20121004
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