先輩が引退してしまう。


私の二つ上の先輩達には無冠の五将と呼ばれる選手がいた。私の一つ上の先輩達にはキセキの世代と呼ばれる選手がいた。
その一つ下の私の世代には、残念ながらそう騒がれる選手はいなかったけれどみんな真剣にバスケに取り組んで、すごい先輩達の背中を見て努力してきた。

私の一つ上の先輩にはそのキセキの世代のナンバーワンシューターと呼ばれる緑間先輩がいて、その先輩の相棒と呼ばれる高尾先輩がいた。
大して役に立たずにしょっちゅう失敗する私をいつもフォローしてくれる高尾先輩は優しくて、かっこよくて、試合中はもっとかっこよくて、そんな先輩に私が恋をするのに時間はかからなかった。


「引退、しちゃうんですね。」

「そーだなー、なんか全然実感わかねーわ。」


そう言っている高尾先輩は眉を少しだけ下げて、寂しそうに笑っている。その笑顔だけで無性に泣きたくなる。部活でのつながりがなくなって、更にあと半年たって先輩が卒業すれば私と先輩の繋がりはきっとなくなってしまうだろう。
そして、私にとっても、高尾先輩にとっても、ただの高校の思い出になってしまうんだろう。私にとっては大好きだった人、先輩にとってはただのマネージャーのままで、思い出になってしまうんだろう。


「なーにー、寂しい?」

「別に、寂しくなんかないですよー。」


本当は寂しくて、胸が張り裂けそうなのに、本当は泣きそうなくらい寂しいのに、そんな強がりを言う事しか出来なくて。強がって笑って、高尾先輩に笑顔を向ける事しか、出来なくて。

本当は、今にも涙がこぼれてしまいそうなのに。


「嘘つき、泣きそうじゃん。」

「そんな事、」

「そんな事、あるでしょ。」


高尾先輩の手の平が、私の手の平を滑る。休む事なく、バスケを頑張って来た、大きなマメだらけの手の平。そこから伝わる大好きな高尾先輩の温度が優しくて、切なくて、少しだけ、涙がこぼれてしまった。


「先輩、ずるいです。寂しいです。」

「ごーめん。だって、俺だけ寂しいのかなと思っちゃって。」

「そんなわけ、ないじゃないですか。それに、先輩はマネージャーと別れるのが寂しいだけじゃないですか。」


最後だと思えば涙と一緒にぼろぼろと本音がこぼれ出してしまって、高尾先輩を責めるようになってしまって。でも、だって、私だけこんなにも寂しくて、好きなんて、ずるい。


「ばっかだなー、」

「ばか、ってなんですか。」

「なんでいつもお前が失敗する度にお菓子とかあげてたと思う?」

「先輩が優しいから、」

「なんで最後の打ち上げの後に、俺がお前と二人で帰ってると思ってんの?」

「それは、もちろん夜遅いから。高尾先輩は優しいから、」

「あんねー、俺だってただのマネージャーにこんなに優しくしないって。」


見上げた先で高尾先輩は相変わらず眉を下げて、寂しそうに笑っている。だって先輩はみんなに優しくて、私がばかだから特別優しくて。


「俺、結構ずるい男なんだよね。」


そう言って、高尾先輩は私を強く抱き寄せる。夏が過ぎ去っていく、においがした。



きみので溺死希望

20120906



最後の夏という事でもっと爽やかな話を書きたかったんですが…!最後の夏と言う事で色々な想像が膨らみました…!朔さん、リクエストありがとうございました。
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