彼が好きだった。この場所に生まれる前から、ずっと、ずっと。それは大袈裟に言っているわけでも、比喩表現でもなくて、本当に生まれる前から私は彼を知っていて、彼の事が好きだった。

この世界で数年の時を過ごして、身体もそれなりに自由が聞くようになりはじめて、二度目の義務教育をしに、前とは違う公立ではない私立の中学校に入学した。
はじめてこの世界で、この世界に生きている彼を見た瞬間、全身がぞわりと粟立つような感覚に陥った。

彼が目の前で、私の目の前で、動いている。瞬きをして、呼吸をして、そこに生きている。そんな当たり前の事に驚いて、身体が、心が、震えた。


――それは希望で、絶望だった。


私は物語に描かれる事のない名前すらないはずの脇役で、彼は物語の中心となる人物。本当は近づいてみたかった。はじめましてと自己紹介をして、おはようと挨拶をして、他愛もない会話を繰り返して、友人と呼べる関係になって…叶うならもっと親しくなって、恋人になれたなら、なんて。

でも、近づいてはいけないような、近づくなと言われているようなそんな気がした。


三年間同じクラスだった。


席が近くなった事、同じ係や委員会になった事、ノートを集めた事も、あった。
でもそこに会話はなかった。必要最低限の会話、それだけで彼が私の名前を知っているかすら怪しかった。

彼の近くにはいつも、名前のある、名前を呼んでもらえる可愛い可愛い女の子達がいて、私の入る隙なんてまったくなかった。私の世界は彼だったけれど、彼の世界に私は存在しなかったんだ。

三年間なんて早いもので卒業式を迎えて、私は彼とはまったく違う、今まで名前すら聞いた事がなかったような高校に進学が決まっていた。彼の世界に登場すらしないまま私の世界が終わってゆく。

彼の世界が見えないのが悲しいのか、卒業が寂しいのか、あふれる涙は止まる事を知らずに視界が歪んで、世界はボロボロに崩れてゆく。


本当はチャンスなんていくらでもあった。私がもっと頑張れたら【いま】は違っていたんだろうか。

でも私は頑張れなかった。世界が崩れゆく今でも私は彼のあの声を鮮明に思い出せる。はじめて自己紹介をして、挨拶をした翌日、まだ1年生だったあの日。



「…誰だったっけ?」



他の子はみんな覚えてもらえていたのにね。



だって私は所詮
脇役だから仕方ないの



名前を呼んでもらえる友達と笑い合う彼の姿は、紙をはさんだあの頃より、ずっと、遠かった。

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