はじめて話したのは、高1の5月頃だったと思う。

地方から引っ越してきた事もあり、周りが怖くて、自分が異質に思えて自己主張が出来ずに委員長という役割を押し付けられてしまった私が全員分のノートを集めていた時の事。
みんなが面倒臭いなあ、邪魔くさいなんて顔をしながらノートを押し付けてくる中、たった一人、顔を赤くしながら、ありがとうとお疲れ様の言葉をくれた彼に感動して目で追いかけるようになった事がはじまり。

後になって彼が、女子が苦手だという事を知った。にも関わらず、ありがとうを伝えてくれた事が嬉しかった。
女子が苦手だと知れば自分から話しかける事なんか出来なくて、いや、そうじゃなくても自分から話しかける勇気なんてないのだけれど。
彼と一言でも話せるのが嬉しくて、3年間、委員長を続けた。「ノート集めて大丈夫?」「あぁ、ありがとう、お疲れ様。」そのたった数秒の会話の為に、委員長を続けた。

彼がバスケ部だと知ってからは時々、こっそり試合を見に行った。2年の夏に、彼が主将になったと知ってからは欠かさず試合を見に行くようになった。
3年生になってから、黄瀬くんってモデルさんの1年生が入学してきてからは一気に試合に来る女の子達が増えて、その子達が彼の事をかっこいいよねなんて言う事も増えて、寂しかったけど、嬉しかった。


夏のインターハイ予選が始まって、彼の雰囲気が変わった。どうしても頑張ってを伝えたくて、でも恥ずかしくて、無記名で頑張っての気持ちを書いた手紙をこっそり彼の机に入れた。次の日机の中にありがとうと一言書かれたルーズリーフが入っていた。
驚いたけど、嬉しくて、宝物になった。






インターハイが始まって、準々決勝で彼が率いる海常は負けた。何も言えなくて、私はバスケ部でもないのに胸がいっぱいになって少しだけ泣いた。コートの彼と、目が合った、気がした。


「あの、」


帰ろうと歩いていた時に、後ろから声をかけられた。ジワジワと鳴きつづけていた蝉の声が止んだ気がした、世界中から彼の声以外の声がなくなったような感覚だった。


「笠松くん…、お疲れ様。」

「ありがとな、いつも。」


少しだけ頬を染めながら、それでも優しく笑ってくれた。彼のその言葉が聞ければなんだっていいのだ。風が彼の香りを運んでくる。それがとても心地好かった。


「いつも、試合見に来てくれてるんだな。」

「笠松くんは…いつも、頑張ってるね。」


そう言えば彼はきょとんなんて可愛らしい言葉が似合いそうな表情をして、それがさっきまでの表情と正反対で、妙にドキリとして頬が熱くなるのが分かった。


「ありがと、な。」

「…ううん。」

「WCも、あるんだ。」

「知ってるよ。冬の大会だよね。」

「また、見に来てくれるか?」


夏の風が吹き抜けて行く。汗で張り付いた髪をうなじから剥がしてゆくその風はとても心地好くて、思わず目を細めた。


「うん、」


そう言えば、笠松くんは笑ってくれた。まだ頬は赤いままで、女子の私の事はまだ苦手なのかもしれない。でもまだ今はそれだけでよかった。

ただ今は夏の空の下、少し離れた場所で二人だけで笑うだけで。WCの頃には何かが変わっている気がしていた。


きっと、彼も。



君が精一杯生きようとする限り、この世界は君のものだ

20120822



水瀬ちゃん主催の「サマーライラック」さまに提出。素敵な企画をありがとうございます!そして、参加させて頂きありがとうございました!
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