もう迷わないよ
あれから、黒子くんに送ってもらって家に帰って、少しだけ泣いた。もう、泣いて逃げるだけの自分とはお別れしなければいけない事はよく分かっていた。ようやく気付いたなんて、馬鹿だって事も分かっている。
卒業アルバムに映る、3年生の体育祭の時のクラス写真。クラスの真ん中で私と彼は手を繋いで、二人少し頬を染めながら笑っていたのに。卒業式の写真では端と端に分かれて、二人とも無表情で映っていた。
まだ携帯から消す事が出来ない彼とのプリクラ画像。同じフォルダには高尾と二人で撮ったプリクラも入っていて。
高尾も、私も映りなんて気にする事なく馬鹿みたいに、全開の笑顔で笑っていた。
彼にも、高尾にも沢山の笑顔もらっていたんだなあと思う。それに比べて私は甘えるばかりで、謝っても謝りきれない。
握りしめていた携帯電話が掌の中で鳴り出してびくりと肩を震わせる。着信の文字をうつしながら鳴りつづける携帯を強く握りしめて深呼吸をする。ゆっくりと通話ボタンを押して、携帯を耳にあてた。
「…もしもし。」
「もしもし、なまえ?」
「うん、」
受話器の向こうから響くのは―――高尾の声。その声はいつものように明るくて、でも、それでも少しだけ、震えているようで。
「あのさ、」
「…うん。」
「早く、早くさ、黄瀬のとこ行けよ。」
「…え?」
その言葉の意味が理解出来ずに、時が止まったかのような感覚に陥る。口の中がカラカラと渇きだして、心臓が早鐘を打ち出す。今、高尾は――なんて言った?
「俺…邪魔だっただろ、ごめんな?」
「たか、「ストップ。」」
「え?」
「ごめん、頼むからなんも言わないで。」
高尾の声は震えていて、泣いているんじゃないかなんて思ってしまうほどに、悲しくて、辛くて、痛い。
何か言いたいのに何も言う事が出来なくて、高尾に何も言葉にする事が出来ない。
「ばっかだなー俺!なまえの声聞いたらやっぱり、揺れちゃう。」
「っ…」
「ほんとごめんな、黄瀬の事ずっと好きだったんだろ?…今度はきっと幸せになれるから……迷わないで早く行けよ。黄瀬も多分待ってる。」
「そんな事…」
「もうそーいう事言うの禁止!なまえはもっと自分に自信持つ事!…約束な。」
最後の一言は、痛いほど優しくて、ついにまた涙が溢れ出してしまった。ごめんなさい、ごめんなさいこんなに優しい人を傷つけてしまった。私が弱いせいでこんなにも優しい人を…傷つけてしまった。
「高尾、ありがとう。」
「…それでいーんだよ!合格!さ、行ってこい!」
「…うん。」
「なあなまえ最後に一回だけ俺の名前…」
「え?」
「…ごめん、なんでもない!がんばれよなー!」
しぼり出すかのような弱々しい声から、無理矢理に出したかのような明るい声で。最後まで高尾は私の事を考えてくれていて。ごめんなさい、ありがとう、伝える言葉が見つからない。
ぐしりと涙を拭って顔をあげる。もう、迷わないよ。