きみがいないとダメなんだ


会場の隅の柱の影で泣いていると、もしかしたらこのまま消えてしまうんじゃないかなんて錯覚に陥る。少し前、高尾の試合を見に行った時にもこんな事があった気がする。なんだか最近、涙腺弱いかも。

後ろを振り向かない為に、前に進む為に、新しい未来を見つける為に来たはずなのに。もう一度を―――願ってしまいそうになった自分が怖い。


「なまえ!」


びくりと、肩が震える。…見つけられてしまった、前こんな風に声をかけてくれたのは高尾だった。今は、彼がそこにいる。
汗を流して、息を切らして私の名前を呼ぶその姿はどうしても高尾とかぶってしまって。

今更、気付いた。

いつまで逃げようとしていたんだろう。友人だっていう言い訳に、逃げつづけて来たんだろう。高尾は何度も、手を伸ばしてくれたのに、私は彼を忘れられないまま友人という立場に逃げてきた。


好きが、分からなくなっていく。


前と同じように強く抱きしめられて、何度も名前を呼ばれる。大切な大切な、私の唯一だった彼の声で紡がれる名前。
彼の泣きそうな顔が、高尾の切なげな顔が、笑顔が、彼の声が、高尾の声が、私の名前をよぶ声が浮かんで聞こえて消えていく。


「なまえ、なまえ…俺の名前呼んでよ…」

「…黄瀬、くん。」

「苗字じゃ、いやっス。」


彼の声が、抱きしめてくる腕が震えている。抱きしめられているせいで分からないけれどもしかして、泣いているんだろうか。

やだ、なあ。


「…りょ、うた。」

「…なまえ?」

「…涼太。」

「なまえ…!なまえ、なまえ、俺、なまえがいないとダメなんスよぉ。」


ぽたり、ぽたりと彼の瞳から落ちた涙が私の頬に落ちてきて、まるで私も泣いているかのように頬をつたう。本当に泣いてしまいそうでもあるのだけれど。

ずるい、彼は本当にずるい。


「そんなの、今更言うなんてずるい…。」

「ごめん、でも、なまえ、離れちゃ、いやだ。」


まるで赤子のように泣きじゃくる彼を突き放す事なんて私には出来なくて、どうして、どうして今更そんな事を言うんだろう。
数ヶ月前欲しくて欲しくてでもくれなかった言葉を今くれるのはずるい。流されて、しまいそうになる。

後ろからバタバタと足音が聞こえて来る。誰かが来たなら、離れなくちゃいけないけどでも突き放す事なんて出来ない。


「…なまえ!」


何かが壊れる音がした。振り向かなくても、分かってしまう。沢山支えてくれた、声。


「高尾、」




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