後悔だけはしないよう
インターハイ準々決勝第二試合――海常vs桐皇。実質キセキの世代同士の対決で、会場の人の多さから沢山の人が注目しているのがよく分かった。
一応中1の頃から彼を見つづけてきたのだから、彼の青峰くんへの憧れは痛いほどよく分かっているつもりだ。
見に来ない、つもりだった。
何度も、何度も彼の言葉が、今にも泣きそうな顔が脳内で繰り返されて、迷ったけれどそれでも来ないつもりだった、のに。
私は彼を捨てる事なんて出来なくて気付けば足が会場に向いていた。
今日はきっと必要な日なそんな気がする。彼にとっても、私にとっても。どんな未来になってしまうとしてもどんな未来を選ぶとしても、過去を過去にするためにも私は来たんだ。
黄色に執着するのはもう、やめなくちゃいけない。
「なまえさん?」
「…黒子くん?」
懐かしい声に振り向けば、声と同じ懐かしい姿。相変わらず透明じみた近い水色の髪と瞳は黒子くんの動きに合わせてゆらゆらと揺れていた。
黒子くんの少し後ろでは黒子くんと同じユニフォームを着た、背の高い、燃えるような赤色の髪の男の子がちらちらとこちらを見ていた。
「そっか、高校のチームメイト?」
「はい。」
分かりにくい変化だったけれど黒子くんは頬を緩めて嬉しそうに笑った。その笑顔だけで黒子くんが今幸せな事がよく分かる。私と違って黒子くんはもう、頑張っているんだ。
「なまえさんも…頑張って下さい。」
「え?」
「僕は…応援します。」
まるで今から私が何をしようとしているのか分かっているかのように、黒子くんは優しい瞳で私を見てくれた。大した関わりがあったわけでもないのに私が彼との事で悩む時、悲しむ時、よく連絡をくれた。
人の感情に聡い優しい、優しい人なのだ。
御礼を言ってから黒子くんと別れて観客席に座った。フィールドをしっかりと見つめる、私も頑張るんだ。
―――試合が、はじまる。
◇
ボールを回しながら溜息をついた。なまえから見たメールは何度見直しても、変わらない。インターハイを見に行ってくると、ちゃんと自分の過去を見てくるというような内容のメール。
あの電話の日からなまえはおかしかった。大事な事を決めようとしてるんだって事ぐらい俺にも分かる。でも、俺が行ったからって何が出来るわけでもない。
「くっそ、なまえ…っ。」
手の平でぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き回していれば、急にバシリとタオルがたたき付けられた。なんなんだとタオルを剥がせば、目の前には真ちゃんが怖い顔をして立っていて少しだけ戸惑った。
「お前は…いい加減にするのだよ!」
「なんだよ…真ちゃん、急にどうしちゃったわけー?」
「ふざけるなよ高尾!何度も俺に同じような事を言わせるな!ウジウジといつまでも鬱陶しい…早く行くのだよ。」
またしてもタオルをバシリとたたきつけられて、目が覚めた気がした。そうだ俺、まだ何も、なまえに言ってねぇじゃん。珍しく饒舌に語ってくれた真ちゃんの為にもがんばらないといけないかもしんない。
目の前に置いてあったTシャツを頭からかぶって、立ち上がる。早く行かないと、間に合わないかもしれないから、後悔だけはしたくない。
なまえとの事では真ちゃんには世話かけっぱなしだし、帰ったら文句言わずに自転車漕いで、なんか御礼してやろう。
どんな結果に、なろうとも。
「ありがと、真ちゃん!」
真ちゃんがふ、と笑うのを後ろに聞いて、俺は走り出した。