切ない温度


ちかちかと光った携帯を開いて、届いたメールを見て、ふ、と笑う。高尾と緑間は今日から秀徳バスケ部一軍の伝統の合宿らしい。メールには、旅館がボロいって文句と海の近くなのに海で遊べない…としょぼんとした顔文字つきの文章。その下には御丁寧に合宿先の旅館の写メが添付されていた。
返信をして、携帯を閉じてから少しだけ残っていたアイスティーを飲み干した。今日は珍しく、一人で買い物。まだまだ使える夏物のセールを狙って出て来たもののイマイチ気に入るものが見つからず、ひとやすみにカフェに入った。一度休めばなんだか一気に疲れてきてしまっていっそもう帰ろうかななんて思ってしまう。

ここまで来て何も買わずに帰るのもなあ…そう思って、もう一度だけ店を回ってみる事に決めた。まだ夏休みは長いし無駄遣いはしないように気をつけよう。


「なまえ!」


ぼんやりしながら会計を済ませて店を出た瞬間ぱしりと腕を掴まれて。その声だけで、手の平だけで、空気だけで誰か分かってしまう自分がいる。あぁ――――彼、だ。


「…何?」

「…今から、俺と話してくれないっスか?」

「ちょっと、」

「お願い、っス…。」


もう、戻ろうとしないって、彼への気持ちは捨てるって、決めたのに、弱々しい声で大好きだった声でお願いなんて言われてしまえば拒否する事なんて出来なくて、できるはずがなくて。私は黙って、頷いていた。

どこで話そうかと歩き出した時には、私の腕を掴んだ彼の手の平は腕から手の平に移動していて、手の平を握りしめたまま離してはくれなくて。でもその手を振りほどく事も、出来なかった。


「あ、」

「どうしたの?」

「これ、なまえに似合いそうっス。」


急にぴたりと止まってどうしたのかと思えば彼は道沿いの店先に飾ってあったバレッタを指差して、ひどく、優しい声でそんな事を言って。彼が私に似合いそうなんて言ってくれた事あったっけ。
爽やかな海の色に控えめな向日葵が咲いたアクセサリー。その向日葵はまるでまるで、彼みたいで。


「ね、買ってもいいっスか?」

「え、え?」

「お願い、俺が、俺がつけてほしい。俺の、わがままなんスよ。」


ひどく、弱々しくて、優しい、そんな声と笑顔で私の方を見つめてそう言う彼は彼じゃないみたいで、それでもずっと求めていたものだった。

もう全部忘れて、前に進むって決めたのにね。私はどうしても、どうしようもない………最低だ。


手の平から伝わる温度が、切なかった。




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