ほんとうにずるいひと


高尾に、何て声をかけてあげたらいいんだろう。私が、高尾のところに行って意味があるんだろうか。何かしてあげられるんだろうか、ああとりあえず、涙止めなくちゃってそう思うのに。


「…泣いてるんスか」

「あ…、泣いてないよ…」

「嘘つき、」


まさか彼にそんな事言われると思ってなくて、涙を止めようと目頭を押さえていた手の平が揺れた。そんな優しい声で嘘つき、なんて言われてしまうと、時が戻ってしまったような感覚に陥ってしまう。
私が嫉妬ばかりしていた時、優しい声をかけてくれて、宥めていてくれていた時に戻ってしまったようで。


「なまえ、」

「え、」


名前を呼ばれて、手を強くひかれて。私が泣いているせいか周りが少しだけざわつく。

もう、絶対に呼ばれる事のないと思っていた、名前。彼の声で紡がれるとくべつ。忘れようとしていた愛しさが大好きが溢れ出してしまう。

手を振り払えばいいのに、私にはそれが出来なくて。少しだけ大きくなった気がする背中や手の平に安心すら覚えてしまって、そんな自分が最低だと分かっているのに何も行動に移せやしなくて。

ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で何度も繰り返すけれど、何に謝っているのかすら分からない。

高尾の笑顔が、さっきのブザービーターが何度も脳内で繰り返されて、私の胸を締め付ける。どうしてこんなに高尾の笑顔ばかり思い出してしまうのか、そんな事も分からなかった。


「ここなら静かっスね、」

「どうして、」


会場を少し離れた静かな場所、右手を彼にひかれたまま、彼の少し後ろに止まっていた。彼は向こうをむいたまま私を振り向いてはくれなくて、手を離しもしてくれなくて、私はただ彼の背中を見つめていた。


「どうして、っスかね。」

「手、はなして。」

「嫌、っス。」


どうして、とそう言葉を紡ぐ途中でつないでいた手の平をつよくひかれて、気付けば彼の腕の中に強く抱きしめられていた。どうしてこうも、忘れさせてくれないんだろう。お願いだから、忘れさせてよ。
抱きしめたりしないでと、そう思うのに、抱きしめて欲しいとどこかで思ってしまう私がいて、そんな自分が嫌になる。


「なんで、泣いてるんスか。」


彼の声は震えていて、尚更どうすればいいのか分からなくなる。なんで、なんで。言葉を口に出す事すら躊躇われてしまう。


「なまえ…」


呼ばれる名前も震えていて、何度も何度も名前を呼ばれてしまえば胸が苦しくなる。痛いほど求めた、唯一のとくべつ。もう特別なんかじゃなくなってしまったけれど、私にとってはどうしても愛しいまま。

そうして彼は何度も何度も繰り返し名前を呼ぶ。


ほんとうに、ずるい。




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