優しい男の子
願書の確認をして、鞄を肩から背負う。既にほとんどの人が出てしまった教室には小さな溜め息も大きく響いた。
願書は、持った。先生に印刷してもらった秀徳までの地図も、持った。秀徳までの道はそんなに複雑じゃない、大丈夫。迷う事はないはず。
自分の頬を軽く叩いて気合いを入れる。秀徳に合格さえすれば春からは高校生になれるんだ。新しく友達だって出来るはず。そのためにはまず、願書提出をしなければいけない。しゃんとしろ、私。
そんな言葉を自分に言い聞かせながら、玄関口に向かって。次は靴を履き変えて校門に向かう。
ひゅうっと吹き付ける風が冷たくて、お気に入りのマフラーに顔を埋めれば、頬が少しだけ暖かくなった気がした。ちらりと見えた校門にもたれている男の子も同じようにマフラーに顔を埋めていて、少しだけ、笑えた。
誰かを待ってるのかな、いいなあ。寒いけど、風邪ひかないかな?なんてどうでもいい思考を働かせてみれば心も少し落ち着いて、さっきよりも少しだけ軽い足取りで校門を出ようとした瞬間、校門にもたれていた男の子が大きな声をあげた。
「あ、ちょい待ち、転校生!」
転校生、というその呼び名が私を示している事くらい簡単に分かったけれど、少しだけ不愉快な、悲しいような切ないような気持ちになった。私はこの学校では卒業するまでずっとそんな印象のままなんだろうか。
「私、ですか。」
「あー、うん。」
狐のような吊り目が印象的なその男の子は少し気まずそうに返事をした。私の事を転校生と呼応する彼が一体私に何の用があると言うんだ。せっかく、少し明るい気持ちになっていたのに台なしだ。
色んなものが悔しくて唇を噛んで彼を見上げれば、その彼はまるで困ったかのように眉を下げたものだから驚いてしまった。一体なんだと言うんだろう。
「あー俺、同じクラスの高尾っつーんだけど。」
「たかお…先生が言ってたたかおくん?」
「先生?あー、多分そう。」
同じ秀徳高校に行くという、推薦が決まっていると言う、クラスでよく名前を聞くたかおくんはこの人だったのか。言われてみればクラスで見た事がある気がする。
でも彼は確か、もう帰ったはずなんじゃないのか。先生も彼は帰ってしまったみたいだと言っていたのに。
「どうして?」
「あー、その、よかったら秀徳まで送ってこっか?って言いたくて。」
たかおくんは、嫌ならいいんだけど、と消え入りそうに、自信なさげにそう言った。
わざわざからかいに来た意地悪い人なのかと思っていたら、とても優しい男の子みたい。ちらちらと私の顔色を伺う姿は小動物みたいで可愛らしいくらいで少しずつ自然に笑みが零れていく。
「みょうじなまえ、です。」
「へ?」
「私の名前。よろしくお願いします。」
そう言って、久しぶりに笑えば、その笑顔に応えるかのようにたかおくんの目元がへにゃりと優しくなって、よろしくと笑ってくれたのだ。