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「なまえ殿、次はこれを見るぞ!」
「…… はあ」

関わる度に思うが、桂さんは謎だ。
私が桂さん率いる攘夷党の女中として働き始めて1年以上が経過したが、未だに彼のことが良い意味でも悪い意味でも理解出来ない。何というか、突飛なのだ。会合で真面目に討幕について話し合っている時や真選組と戦っている時はかっこいいのに、韓ドラやらファミコンやらをしている時はあの桂さんは嘘だったんじゃないかと思うくらいにおかしくなる。あと、カツラップとかカツオとか宇宙キャプテンカツーラとかよく変な格好をしているが、あの人はどこへ向かっているのだろう。指名手配中なので、変装しなければいけないことは分かるが、それにしたってバレバレである。そもそも、一応配慮して変装した名前で呼べば、いつもの桂だの台詞で訂正されるのである。
とにかく、私は桂さんのことがよく分からない。
今日だって、本業の仕事が休みなので家でゆっくりしていると、突然真剣な顔をした桂さんが家に来て、一言行くぞとだけ言って私に外出を促した。会合なら連絡網で回ってくるし、バレンタインの時だって前日の夜には分かったのに、当日来ていきなりである。これは、余程の急用なのだと思って、急いで身支度をして外で待っていた桂さんについて行けば、そこは映画館だった。どうやら、今日は桂さんが大好きな映画の続編の公開日らしい。見に行くぞと当然のように映画館に連れ込まれ、結局見てしまったのだが、どう考えてもおかしい。百歩譲って映画はいいとして、何故私。1人で行けよ、それかエリザベスさんとでも行けよ。そう言うと、エリザベスさんはこの映画が嫌いらしく、一緒に行けないとのことだった。何かもう、どうでも良くなった。

「となりのペドロか江戸恋物語か、なまえ殿はどちらが良いか?」
「ペドロは前に見ましたし、恋愛ものは苦手ですし、私はどちらかと言えば、この前公開した戌亥族の鬼才の監督の最新作が見たいです」
「なるほど、では、江戸恋物語にしよう!」
「すみません、話聞いてましたか?」

というか、そもそも、また見るのかよ。
窓口で、江戸恋物語の入場券を買う桂さんをぼんやりと見つめる。まあ、無料で見られるなら文句はないが。先ほどもお金を請求されなかったし、今回は桂さんの奢りと考えて大丈夫だろう。嬉々として江戸恋物語の入場券を掲げて走り寄ってくる桂さんは、やけに楽しそうだった。

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映画を終え、今度は3作目を見ることになるのかと思ったが、流石の桂さんも3作ぶっ通しはきついらしい。家まで送って行くという厚意に甘え、我々の足は私の家に向かっていた。

「どうだ、なまえ殿、面白かったか? 恋愛ものは苦手と言っていたが」
「…… いや、まあ、普通というか、それなりに」

苦手と言っていたのを聞いていたなら、何故見せた。そう突っ込みたくなるのを抑え、映画の感想を言う。
映画は、特に面白味もない普通のものだった。惹かれあった男女が紆余曲折あってくっつく、典型的な恋物語。私が恋愛ものが苦手というものもあるが、これならば、ペドロの2周目の方がマシだったかもしれない。
だが、桂さんは相当面白かったらしく、目を輝かせながら感想を言っていた。そういえば、映画の最後の場面の主人公とヒロインが立ちはだかる障壁を乗り越え、ようやくくっついたところで涙していたな。正直、どこがそんなに良かったのか、よく分からない。

「そうか、なまえ殿はあまり気に入らなかったか。特に、ガンチが天人に連れ去られる場面など圧巻だったというのに」
「そんな場面ありましたっけ」

まず、天人自体が出てこなかった。
桂さんは何を見ていたのだろうか。この人、見てるふりして寝てたとかそういう落ちじゃないよな。桂さんならもう何でもありなので、それも十分あり得る。
胡乱な目で桂さんを見ていると、視線に気付いたのか、彼は不思議そうにこちらを見る。慌てて視線を逸らすと、どうした、と問いかけられた。

「あ、いや、ええと…… ああ、そうだ、そうです、実際にああいう恋ってあるのかなって思いまして」
「実際にか? そうだな、宇宙は広い。あの様な普通の恋物語くらい、いくらでも存在するのではないか」
「…… ちゃんと見てるじゃないですか」

桂さんのことを考えていました、なんて言えるはずもなく、誤魔化すと桂さんはそれにも真面目に返答してくれた。何だか、いたたまれない。そうですね、と小さな声で同意すると、桂さんはうむ、と大きく頷いた。

「でも、私の中では、あれは十分、空想の世界の産物なんですよね」
「ん?」
「いえ、桂さんの仰る通り、実際にああいう恋愛をしている人なんて探せばいくらでもいるんでしょうが、私にはあり得ないことというか?? ウゥヒヲ???タイゥ@ノヲ???Pイゥ@
K????Pテ覓?????@覓????旋?覓?????@?????N?????S?M????`SM????@SタF????ーQzハ(????゙0
爰ーヒ???S; ]チィ霈B楫ナァ?
LD0???t G嘘  シ前#殿が通行人だとしても、通行人には通行人の物語があるではないか。これは、あくまでガンチとカリの物語だ。魔王だって勇者だって、2人が主役の物語ならば、脇役やただの群衆に過ぎないぞ」

つまり、桂さんは私には私が主役の物語があると言いたいらしい。どこかの広告代理店が宣伝文句にでも使ってそうだ。慰めてくれているのかもしれないが、それは桂さんだからこそ言える台詞だと思う。攘夷志士として最後まで天人と戦い続け、現在でもその夢を見るからこそ反逆者となってしまった。なんて、主役に相応しい人間なのだろう。

「はは、そうですね。ありがとうございます」
「む、信じていないな?」

いくら言ってもきっと、桂さんは分かってくれないだろう。適当に聞き流そうとするが、それを黙って見逃してくれるほど甘くなかった。察してくれ。

「あくまで主役ではないと言い張るならば、そうだな…… ああ、他人の物語の重要な役ではどうだろうか」
「他人の物語、ですか」
「ああ。なまえ殿に近しい者の物語では、決して群衆などではないはずだ。なまえ殿に親友はいるか? その人物の物語では、親友役という立ち位置だ」

桂さんが何を言っているのか、分からなくなってきた。
いや、言っていることは分かるのだ。だが、何を意図しているのかが理解出来ない。別に、私が脇役だろうと群衆だろうとどうでも良いではないか。余計なお世話だ。あの無理矢理捻り出した話をここまで広げないで欲しい。何だか恥ずかしくなって、はいはい、と話題を変えようとしたが、それもまた阻まれてしまった。

「なまえ殿の親御の物語では、娘という特に重要な立ち位置だぞ。どうだ、通行人ではないではないか!」
「そ、そうですね」

いつの間にやら、土手まで歩いてきた。夕陽を背景に所謂どや顔というやつで高らかに宣言する桂さんに、若干引き気味で頷く。ここまで来たら、付き合うしかない。適当に相槌を打っていれば、いつか飽きて別の話になるだろう。

「後は…… ああ、ヒロインだ!」
「ヒロイン?」
「そうだ、なまえ殿に恋人はいないのか? その男の物語では、なまえ殿はヒロインというなくてはならない存在だぞ」
「ええ……」

まるで世紀の大発見でもしたように言うが、全然そうでも何でもない。まあ、私にとっては殺傷能力の強い台詞だったが。

「あのですね、私に恋人がいたら攘夷党で女中なんてやってませんし、今日だって、いくら桂さんとはいえ、2人で出かけることもありませんからね」

恋人がいたら、攘夷志士のところで女中をやることなんて止められるだろうし、関係性はただの上司だとしても、2人で映画を見に行くこともないだろう。誘われても断る。
桂さんは、寝耳に水といったようだった。そんなに驚くものなのか。一般的な感性を持つ人間なら当たり前だと思ったが、桂さんは例外なことを忘れていた。はあ、と軽くため息をつくと、詳しく解説しようとする。

「なるほど。しかし、それは困るな」
「はい?」
「なまえ殿の作る料理は美味だし、こうして映画を見に行くことが出来なくなるのも嫌だ」

ふむ、と顎に手を当てて考え出す桂さんだが、ちょっと待って欲しい。それは、どういう意味なのだ。さらりと言っているけど、結構重要なことですよね。料理の腕を褒められたのは嬉しいけど、その後の具体的な意味は。いや、桂さんのことだ。単に、映画を一緒に見に行く友達が減ったとかそういうことだろう。ああ、良かった。勘違いしそうだった。深い意味などない。

「…… ああ、そうか、ヒロインか!」
「は?」
「なまえ殿が俺のヒロインになれば良い話ではないか!」

桂さんは、これで全て丸く解決、まるっとお見通しだとか例のポーズで高笑いしている。いや、解決も何も、どういうことですか。
先ほどの変な緊張はどこへやら、桂さんが言っていることが全く分からず、ぽかんと口を開けたまま、とりあえず相槌を打つ。そうだそうだと自己完結しているけれど、私にも分かるように解説して欲しい。私からのそのような視線に気付いたのか、ふっと薄く笑って話し出した。

「俺は、なまえ殿に恋人がいては困る。なまえ殿にはこれからも女中を続けて欲しいし、一緒に出かけたいからな。そこで、ヒロインだ。先ほど、他人の物語の重要な役回りならばどうかと提案しただろう。なまえ殿が俺の物語のヒロインになるならば、その問題は解決、なまえ殿も女中を辞めずに万事上手く行くぞ」

じわじわと頬が熱くなって行く。だって、それって、そういう意味じゃないか。どうだ? とさも当然のように首を傾げるけれど、貴方は今自分が何を言っているのか分かっているのか。
桂さんがヒロインと恋人を同等の意味で言っていない可能性は、ほぼない。先ほど、ヒロインと思い付いた後に私に恋人はいるかと質問した。つまり、ヒロインイコール恋人という訳で。解釈の逃げ道なんて存在するはずもなく、私は顔を真っ赤にして俯くしかない。

「あ、あの、桂さん。それ、意味、分かって言っていますか」
「意味? なまえ殿に俺の好い人になって欲しいということだが。なまえ殿は別の意味で受け取ったのか?」

どうやったら違う意味で受け取れるのだろうかと桂さんは、真剣に悩んでいた。何で、告白する人間がそんな呑気にしていられるのだろうか。顔中赤くて、動揺している私が馬鹿みたいじゃないか。
どうして、こんなにいきなり言うのか。そもそも、桂さんは私のことが好きだったのか? そこからだ。今までそんな気、全く見せなかったじゃないか。都合の良い時に付き合ってくれる部下とか、そんな感じの認識だと思っていた。
しかも、今の口ぶりだと、まるで思い付きみたいだ。女中を辞められたくなければ、私に恋人が出来たら考えれば良い話ではないか。相手に攘夷志士の元で働いていることを話すことさえ分からないし、話したとしても、私にはあまり危険がないことを伝えればどうにかなることもあるかもしれない。まあ、時々真選組が襲ってくるけれど。とにかく、私の主役云々のことはもう放っておいて欲しいし、女中を辞められたくないくらいで恋人にしないでくれ。

「いや、大丈夫ですよ。料理の腕を評価していただけるのは嬉しいですけど、それで恋人っていうのは違うと思いますし。もし、私に恋人が出来たとしても、女中辞める問題は何とかしますから」

何だか、馬鹿らしくなってきた。一度そう考えれば、頬の熱も引いて冷静になってくる。うん、と頷いてそう告げると、桂さんは何とも形容し難い表情を作った。顔芸ですかという私の問いを聞き流し、口を開いた。

「俺の言い方が悪かったのは、認めよう。確かに、なまえ殿に女中を続けて欲しいという意図はあるが、何も損得ばかりで言っているわけではないぞ」
「は、はあ?」
「俺は、なまえ殿を好いている」

今度は直球だった。逃げ道なんて最初から作らせないとばかりに、私の目をじっと見つめて言った。
理解出来ない、したくない。だが、そんなことは許さないとばかりに私を一心に見るものだから、またもや私の頬は熱を帯び始める。恥ずかしい。穴があったら入りたいとは、こういうことか。

「ああ、勿論、今すぐに返事をしろとは言わない。なまえ殿の気持ちの整理がついたらで構わないぞ」

いや、そういうことじゃないんだよ。何でそう、余裕なんだ。気持ちの整理がついたらって、断られることを微塵も考えていないような口ぶりをどうにかして欲しい。告白ってもっとこう、顔を赤くして、上ずった声で好きですとか言うものじゃないのか。私の知識が寺子屋止まりなだけなのか?
相変わらず、顔は赤くなったままで、目の前の私のことが好きだという男に醜態を晒し続けている。桂さんが再び俯いてしまった私の顔を覗き込むように頭を下げるものだから、慌てて顔を背けた。

「何で、私が受け入れるの前提で言えるんですか……」
「何故とは、なまえ殿が俺に気があるからだろう」
「は?」

即答だった。
呆れ半分でそう質問すると、桂さんは当然といったように返答した。私が桂さんに気がある? そんな馬鹿な。良い上司だと思ってはいるけど、何考えているのか分からないし、何だかんだ優しいし、気遣ってくれるし、うん、あれ? 何だこれ。桂さんに文句を言いたい状況などいくらでもあったというのに、頭の中をよぎるのは、桂さんの良いところばかりだ。告白などされたものだから、毒されている。思わず頭を抱えてその場でしゃがみこむと、そんな私の状態を見ていた桂さんが何かつぶやいた。

「…… 無自覚か。なまえ殿は案外、質が悪いな」

桂さんは私と視線を合わせるかのように、自分も同じくしゃがんだ。また私の様子を伺ってくるが、少なくともこの頬の熱がなくなるまで顔を合わせたくはない。このまま顔を上げたら、それこそ、負けではないか。何と勝負しているかは、私にも分からないけれど。

「なんかもう、無理です…… これ以上言われても、もう理解出来ません。パンク状態です」
「ははは、そうか! もう無理か! それは仕方ないな!」

完全にお手上げだ。白旗を振ると、桂さんは嬉しそうに笑った。私を馬鹿にしているのか。そこで嬉しそうにする意味が分からない。

「しかし、無自覚か。…… まあ良い。時間は沢山ある。ゆっくりと、口説くとするか」

その言葉に思わず顔を上げた。そうしたら、いちばんに目に入ったのは薄く微笑む桂さんの顔だった。何とまあ、綺麗に笑いになられるのか。畜生、美人ってつくづく徳だ。
私の視線に気付いて、ん? と首を傾げた桂さんに「……… 何でもないです」と負け惜しみのようにつぶやいた。
きっと私は物語の主役にはなれないし、なりたくもない。物語があったとしても、結末は良くも悪くもないだろう。だって、そのように生きてきたのだから。だが、いきなり人の物語のヒロインになれだとか言い出す男がいることも事実だ。山なし落ちなしでやってきたのに、どうしてくれる。二重の意味でオチてしまったではないか。そんな程度の低い親父ギャグまで思い浮かんでくる。ああもう、全く。どうにでもなれ。
モドル

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