企画用 | ナノ
奥村燐×志摩廉造



「Hello、Hello」
 返ってきたのは不機嫌なうなり声だった。廉造は笑って、耳に押し当てていた電話の子機を握りなおす。薄暗いトイレの窓から見える外には、雲でぼやけた月の明かりがひとつあるだけだ。
「なんで、こんな真夜中に電話してくんあよ、お前」
 寝ぼけているのか、燐のろれつは少し回っていない。また、ひそりとした小さな声で、床の軋みまでもが廉造の耳に伝わってくる。
「ロマンやんか」
 まだ部屋出とらんの?と追って聞くと、短く曖昧な声が聞こえた。
「……ん、今出た。つーかお前、ほんとなんでこんな時間……。昼間にお前の携帯借りてから、寝るまで、ずっと待っててやったのによ」
「なんやー奥村くん期待しとってくれはったん?ほなら電話全然来んで寂しかったやろ」
「うるっせえな!あんま自惚れてっと切るぞ、おい」
「ええー。せっかく携帯貸してあげたんやから、もうちょっとお話しようやあ」
「なら余計なこと……。って、お前、何で電話してんの?」
「寮の電話。お借りさせてもろてますえ」
「ふーん」
 最初こそ、燐のテンションが低く寝ぼけているのがしっかりと伝わってきたが、話を進めるにつれ眠気が覚めてきたようである。廉造はそれを逃さずに、普段からよくするような、内容がないとも感じられるくだらない会話を広げていった。
 しゃべり上手の廉造のこと、つっこみどころを大量に入れ、笑い話なども含めれば、奥村もつられて怒鳴ったり、笑い声を上げたりと昼間話すような感覚になってきて、廉造のややひそめていた声も音量を増していく。
 誰もが眠りについているなか、せまいトイレで廉造の声はよく響いた。時折誰か起こしてしまうのではないかと声を抑えるものの。燐と会話しているとしょっちゅうもとに戻ってしまう。燐も同様のようで、二人して電話越しに声をひそめたり、上げて、しまったというようにひそめて上げて。それを繰り返していた。
「つーか、長いこと話してたら明日も学校あるしやべえよな。目ぇ冴えちまってるけど、いつやめる?」
 不意に燐が切り出した話題に、廉造は腕時計を巻いた手首を胸の上あたりまで持ち上げた。薄暗いので視界は悪かったが、夜中の三時は過ぎているように見える。
「もうこんな時間?俺らどんくらいしゃべってたんやろ」
「……一時間?二十七分、三十九秒」
「え、なにその細かい数字」
「携帯に表示されてた」
「あー」
 近くの壁に寄りかかって短く声を漏らすと、廉造の脳裏には寝坊したときの勝呂と子猫丸の怒り顔が浮かんできた。廉造自身、寝坊や遅刻は痛くもかゆくもないが、説教を食らうのは非常に面倒くさいこと極まりない。そろそろやめるかあ、と呟く。
「もう寝るか?了解。んじゃ、おやすみ」
「えっちょ、待った!奥村くんそんなあっさりい」
「えー、だってもう寝んだろ?あっさりもくそもあるかよ」
「やだ、面白ない子」
 電話の向こうの燐は、多分不思議そうな顔をしていることだろう。なにが?という声ににじみ出ているようで、廉造は思わず苦笑した。しかし気にした様子もなくさきほどまでの表情に戻って、パッと声音を明るくする。
「なら、ちょお少し目ぇ閉じてくれはる?」
「目?閉じろって、なんで」
「ええから、ええから。閉じたら教えて」
 変なの、という呟きから間もなく、閉じたぜという返事が聞こえた。廉造は変に緩みきった顔を隠すこともなく、電話から口を離してくつくつと笑う。脳裏に浮かんでいた幼馴染二人の怒り顔は、あっという間に律儀に目を閉じているだろう燐の顔に上書きされた。
 廉造は子機に強く耳輪押し当てて、唇をより近づける。
「奥村くん、……おやすみ」
 そしてちゅっ、と小さく、しかしたしかなリップ音を響かせた。無意味に心臓が高鳴り、照れ隠しから廉造はいたずらっぽく笑う。
 電話の向こうから聞こえてくるものはなく、かと思えば燐からの奇声。廉造が爆笑してからかうと、焦ったような声音で驚きや不満が跳ね返ってくる。真っ赤な頬に直接口付けてやれないのが残念だが、結局二人は、雲から脱した月が山の向こうに消えていくまで話をし続けた。

朝、互いの保護者にこってり絞られたことは、あえてここに記しておく。


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