企画用 | ナノ
川西左近×三反田数馬



「へろう、へろう!」
 しんべヱから教わっただとかいうその言葉は、左近にとってはのろいの言葉のように思えた。聞こえないふりして、トイレットペーパーを落とさないように大事に抱えながら早足で歩いていく。後ろからもうひとつ足音と、騒がしくも感じる声がついてくるが、左近は無理矢理に遮断する。
 保健室で会って、各方向に散らばっているトイレにトイレットペーパーを置いていく間、数馬はずっと左近のあとをついてきた。背丈や足の長さの違いからして追いつこうと思えば追いつけるだろうに、絶対に横についたりしないのだ。しかも、振り向かないのではっきりとはわからないが、幾分かの一定の距離がある。
「へろう、へろう!」
 声は明るく弾んでいた。左近の脳裏に保健室で会ったときの数馬の顔が浮かび、消える。募りつつある苛立ちから、左近の足取りはさらに速くなっていたが、数馬との距離が開けた気配は感じられない。後輩らの奇異なものを見るような視線を否が応にも受け取り歩く。しかし、いかんせん左近の気は一般よりも短いものだった。
「へろう、へろう!」
 ここまで意識して無視を努めてきたが、左近の中に響いた裂ける音はその努力をいとも簡単に掻き消した。こめかみに青筋を浮かべ、不機嫌をあらわにして振り返る。
「うるっっさいなあ!なんなんすかさっきか」



 その一瞬の記憶は、左近の中にはない。気付けばぽかんとしている左近と、目の前に左近の首に両腕を回している数馬。
「やっと振り向いた!」
 数馬の笑顔は保健室で見たときよりも明るく、また無邪気であった。左近はその表情を見て心臓をどきんと高鳴らす。唇に熱を取り戻すと、その高鳴りはさらに加速していくのだった。


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