偽者を神様は愛してくれない。 | ナノ




志摩廉造



とくん、とくん、と心臓が鳴る。それが痛みなのだと気付いたのは、数分経った後のことだ。後ろから、金魚でも掬うかのように優しく且つ乱暴に、心臓が奪い去られていくようなその痛みに、廉造は自分でも無意識に自分の心臓の辺りの服を握り締める。首筋に嫌な汗が伝ったようだったが、勿論ただの気のせいであった。
なんの変哲もない日常である。いつものように京都組三人で学校に来て、出雲に喧嘩を売られて、杜山に癒されて、若先生こと雪男に挨拶をして、燐と馬鹿話をして。なんの変哲もない日常であったのに、廉造の中ではそれが、いとも簡単に崩されていく。
なんの変哲もないと思い込みたかっただけなのかもしれない。廉造は気がつくと、その場に崩れ落ちて、情けないほどの声を上げて泣き出してしまった。
柔造や、金造や父親の前でも、京都にいた頃でも、こんなに泣いたことはない。垂れ落ちる鼻水を止められもしないで、廉造はひっくひっくと嗚咽を漏らす。みういう時ばかりは勉強しに廉造を置いて図書館へ行ってしまった二人に感謝した。今の廉造なら、あの二人が今ここにいたとしても泣き続けてしまうと思ったから。

ホームシックなどではない。何か辛いことがあったわけでもない。廉造は畳にたくさんの染みを広げていきながら、思う。頭の中はぐちゃぐちゃだったがそれでもそれなりにいろんなことを整理して、またぼたぼたと涙を流す。鼻水が垂れすぎて息苦しくなってきた時にはさすがにティッシュを求めるべく手を伸ばしたが、少し遠くにあるそれには届かない。あきらめて、ずっずっと忙しなく鼻を啜って唇を噛む。
寒くもないし暑くもないし、平和ではなかったけど大きな喧騒があったわけでもない。誰にも不快な思いをさせられていないし、廉造の調子は通常運転だった。そうそれはいつも通りの。
ただあの人があの人とキスしていた、それを目撃してしまっただけの、ただの。














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