ずるい大人 | ナノ
 糖蜜(→top) 




「トラファルガー…いつまでいじけてんだ」
「ユースタス屋が悪いんだろ!」
「手引っ張ってったのはお前だぜ?」
「そりゃ…そうだけど」

缶チューハイ片手にブツブツ文句を言っていた俺は、その一言に唸ると返す言葉が見つからず、代わりにキッとユースタス屋を睨み付けた。
そもそも最初に繋いだお前が悪いんだろうがと言えば、お前だって了承しただろなどと言われてしまって結局何も言うことが出来なくなる。

「もうあのコンビニ行けない…」
「そんな気にすることか?」
「気にするに決まってんだろ!」
「そんなに?嫌だったのか?」
「ちがっ…だっ、て…恥ずかし、だろ…」

ため息混じりにぼそりと呟けば、俯いた顔を覗き込むユースタス屋が眉根を寄せていたので思わず本音が口をついて出てしまう。
それと同時に顔に熱が集まっていくのが分かって、こんなこと言わせな!と照れ隠しに怒鳴りつければ、そりゃ悪かったなと微塵も思っていないようなことを笑いながら言われて頭を撫でられた。

事の発端は急いで向かったコンビニにあった。
神社の近くにあるコンビニには車に乗ってから行くよりもそのまま歩いて行った方が早い。だからあまり人気のない道(何せ夜の二十二時過ぎだ。)を通り、寒さも手伝って急ぎ足で向かった。
人通りが少ない、寒い、というこの二つの要素も重要だが、それ以前に俺はユースタス屋の余裕綽々ぶりをどうやって引き剥がそうかといろいろ腐心していた訳で、そのことに心を奪われていた俺は、言わばすっかり忘れてしまっていたのだ。ユースタス屋と手を繋いで歩いているということを。

そしてそのままコンビニに入ってしまった。

コンビニには幸いなことに店員しかいなかったが、意識していなかった俺はとてつもなく自然体だったと思う。
今から考えても恥ずかしい。しかし何よりにやにや笑っていたユースタス屋を不審な目で見つめるだけで済ましていた俺を殴りたい。

結局酒を取ろうとして伸ばした右手に感じた違和感にやっと、やっと手を繋いでいるということに気が付いて。
それからはもう即行で出ていって、熱があるんじゃないかと思うほど羞恥で熱くなった体でユースタス屋に性格が悪いと文句を言いまくった。だって気付いてたのに教えなかったんだもんこいつ。

そうして勢いのまま出てきたので仕方なく違うコンビニで用を済ますと家に帰った。それから冒頭に戻ると言うわけだ。


「顔も名前も知らない相手だろ」
「分かってるけど…」
「俺は街中でお前と手繋ぎながらデートしても全然いいけどな」

にやっとからかうように笑ったユースタス屋に、自ずと顔が赤くなる。遊ばれてるとは分かっていながらも照れてしまう自分が嫌だ。馬鹿じゃねぇの、と睨みつければ、そんな顔で言われてもなぁ、なんて言われる始末。
それにやっぱり唸ることしかできなくて、このまま言い合いを続けていても俺に分が悪いのは分かりきっていた。

(バカスタス!絶対べろべろに酔わせて余裕なくしてやるんだからな!)

にやにや笑ったユースタス屋に改めて決意を固めると、握り締めたチューハイを勢いよく仰いだ。




こいつにとって酒イコール水なのかもしれない、と何杯目かのビールを煽るユースタス屋を見てぼんやりと思った。
だっておかしいだろ。俺何回こいつに酒注いでやった?もう二本も瓶空けてるんだぞ?しかもその前に(遊び半分で)焼酎も作ってやったはず…。

何だかんだでユースタス屋が酔っているのを見たことのない俺は結構楽しみしていたのだ。ユースタス屋が酔うところを。
だけどこいつはその片鱗すら見せやしない。顔色だってほんの一時間前と何ら変わりないのだ。むしろ俺のほうがさっき煽ったアルコールが確実に効いてきて、体が火照って自分でもやばいかなって感じてるぐらい。

「ユースタス屋」
「あ?」
「…なんでもない」
「何だよ」
「呼んだだけだ」

あんまりにも普通なので試しに名前を呼んでみる。呼ばれてこちらを向いたユースタス屋はいつも通りで、澱むこともなくぼやけることもなくその瞳は真っ直ぐ俺を映していた。素面だ。非常に面白くない。
むすっとして顔を背ければいきなりユースタス屋の腕が伸びてきて、腰を掴まれるとぐいっと強く引き寄せられた。距離なんてないぐらいぴったりと合わさった体に、少しだけ頬が熱を持った。

「ユ、スタ…っ」
「…ロー」
「ぁ、っ…なに、」
「呼んだだけだけど?」

引き剥がそうとすれば耳元で名前を囁かれてびくりと体が跳ねる。そのままキスを落とされて、耳朶に柔く噛み付かれると鼻にかかったような声が出てしまって慌てて唇を噛み締めた。
それにユースタス屋を睨みつければ、笑みを含んだ瞳にからかわれるように見つめられる。先程俺が言った言葉と同じ言葉を甘ったるく耳元で囁かれて、思わず顔が赤くなった。

「ゃ、ユースタ、屋…っ」
「名前で呼べよ」
「ぅ、やっ…」
「嫌?」
「っ、ぁ…、キ、ッド…」
「そうそう…可愛いな」
「んん、んぁっ、ぅ…」

弱い耳を弄られてしまえば体からは呆気なく力が抜けていき、それでも抵抗するようにユースタス屋の胸元を押し返せば、ぼそりと耳元で囁かれる。それに羞恥で首を横に振った。素面で名前を呼びあうなんて馬鹿みたいに恥ずかしい。
だけど抵抗を押し殺すような声で言われてしまえば逆らえるわけもなくて、俯き様に小さく呟けば満足そうな声色のユースタス屋にそっと頬にキスされる。そのまま顔を持ち上げられて唇にも。

割り入ってくる舌はきついアルコールの味がした。充満した匂いにもそれだけでもうクラクラしそうで、絡め取られる舌には眩暈さえ覚える。ぎゅっとユースタス屋の服を強く掴むとさらに深く口付けられて何も考えられなくなってしまう。柔く舌を甘噛みされて上顎を優しくなぞられると、それだけで堪らなく気持ちよくて目尻に涙が浮かんだ。

「ん、ふぁ…、っ、ぁ、ゆ、すた…」
「そうじゃなくて名前」
「っ、キッド…するの…?」
「ん、ローの可愛い顔見てたらしたくなった」
「っ…ばか、かわいく、な…」
「だからそういうのが可愛いんだって」
「…っ!」

体中が熱いのは果たしてアルコールのせいなのだろうか。
赤くなった顔を見られないように俯くと、ぎゅっとユースタス屋に抱きしめられてそのままゆっくりと押し倒される。床が痛いと文句を言おうとすれば顔中にキスを落とされてついつい口を噤んでしまった。
それでもどうせならベッドでシたい訳で。

「キッド…ここじゃなくて、ベッドで…」
「無理。そこまで待てない」
「やっ…ここ、明るい、…っ」

ふるふると首を振れば宥めるように頬にキスされて、囁かれた言葉は「その方がローのことよく見れる」。
もちろん抵抗しないはずがない。だけどそれでユースタス屋を止められるはずがなく。

「ん、んぅ!ふぁ、ん、んっ…」

不意に唇を塞がれて口内に入り込んできた舌と液体に目を見開く。苦い味が口の中に広がっていって眉根を寄せた。飲み込みたくないけれど無理矢理飲まざるをえない状況に仕方なくこくりと喉を動かす。
飲み込みきれなかったアルコールは口端を伝っていって、それを尻目に絡められる舌に嫌でも体が熱くなっていくのを感じた。

「んぁ、っは、…っ」
「顔真っ赤だな。酔ってきたか?」
「っ、あ、んゃあっ…」

くつりと笑ったユースタス屋の手が服を捲り上げると滑るように肌を撫でる。それにびくりと体が揺れて上手く答えることが出来ない。自分でもやばいとは感じていた。ユースタス屋の酔う姿を見ようとして自分が酔っ払うとか。
だけどすでに体は言うことを利かなくなっていて。くたりと力も抜けきってしまって抵抗も出来ない。ただユースタス屋の愛撫を甘受するだけ。

するすると脇腹を撫でていたユースタス屋の掌が今度は胸元を撫でる。それに洩れてしまいそうな声を噛み殺すと気恥ずかしくて顔を横に背けた。そしたら舌で耳を擽れてびくりと肩が揺れる。

「んっ…ふ、」
「なぁ、どうやって抱いてほしい?」
「…っ?」

ローの好きにしてやる、と額にキスするとじっとこちらを覗き込んでくる赤い瞳。ぼんやりとした頭が徐々にその言葉の意味を飲み込んでいく。
赤くなった頬を撫でられて返答を促されると恥ずかしくて唇を噛み締めた。それでも、言わないなら俺の好きに…、なんて言われてしまえば答えるしかなくて。顔を見られないよう俯くとぼそりと呟いた。

「っ…優しく、して…?」

聞き取れるか取れないかぐらいの小さな声だったけど、ユースタス屋はしっかりと聞き取ってくれたみたいで、仰せのままに、なんて冗談めかして笑うとそっとキスをくれた。




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