Log | ナノ

 恋と戦争は手段を選ばず

(そらの様からいただいた素敵絵を元にした捏造たっぷりなアリスパロ。
女王陛下…ロー
白兎…キッド
ハートのエース…ペンギン
以上の配役で白兎×女王陛下なキドロです。)




差し出されたその手を受け入れるか、拒むか。


「私(おれ)の為に生き、私の為に死ね

そして決して私を裏切るな

私のそばを離れるな

よいな?私のかわいい白兎」


くつり、と弧を描く唇は何を思う。


「仰せのままに 女王陛下」


その麗しき手に、誓いの口付けを。






「ユースタス屋はどこへ行った」

ワンダーランドの中心部に位置する巨大な城、その女王の玉座に座するは我らがクイーン・オブ・ハート。ずらりと並んだハートのトランプ兵を両側に従えて、凛とした声で呟く名前は女王陛下のお気に入り中のお気に入り。真っ赤な髪した白い兎。

「はい、女王陛下。白兎は只今アリスを探している最中かと思われます」

その言葉に応じるように一歩前へと出てきたのはトランプ兵指揮官こと陛下の右腕ハートのエース。恭しく一礼し、ここにはいない白兎の在りかを報告する。
アリス、アリス。その名前、いや文字の羅列を女王陛下はあまり好まない。案の定その返答に面白くなさそうな顔をして、虫を払いのけるように緩やかに手を動かした。これは陛下の「下がれ」の合図。

「失礼ですが、女王陛下」

けれどハートのエースは下がらない。陛下に逆らってはいけないことは、このワンダーランドに、ましてやこの城に仕える者にとっては明白なる真理であるのに。
それをこの指揮官はいとも容易く打ち破る。周りの兵士が息を飲むその息遣いまで聞こえてくるような緊張感が辺りを漂い、ハートのエースは背中を伝う一筋の冷たい汗に気付かれぬよう身震いした。
それをジロリと見下す女王陛下。誰も口には出さないが、心中で思うことは皆同じこと、だったはずである。

「失礼だと思うなら口を開くな」
「…申し訳ありません」
「まあいい、続けろ」

だが心中で思い描いていたような惨事は引き起こることがなく、鋭い視線は奥に引き込み、続いて与えられた発言のお許しにその場にいたトランプ兵のおそらく全員が安堵したことであろう。
同じ兵士仲間の首を刎ねる、あるいはその現場に立ち会うことを好む者など誰もいない。そもそも我らが女王陛下を戒める立場でもあるハートのエースの首が刎ねられてしまったら、この国には最早誰も陛下を止められる人物はいないということになってしまう。
ただでさえ不安定なこの国のこの城で、それは避けなければいけない重大な事実。ハートのエースとて、そんなことは分かりきっている。

けれど、けれども。


「はい、女王陛下。これから申し上げる無礼を御許しくださいませ。
…あなた様は白兎に、少し執着し過ぎではないでしょうか。白兎は、元は白の女王のもの。あなた様のものではございません。
過度に信用しすぎるのは、如何なものかと」

玉座の間は静かだった。誰も存在していないと思えるほど。身動ぎもせず、さながら人形のように。まるで今ここで、小指の先ほどでも動いただけで首を刎ねられるような錯覚。
それほどハートのエースが言った言葉は衝撃的であった。誰もが思っていても、誰もが口に出さなかった事実。それをこの男は、いや、この男だからこそ女王陛下に告げるのか。

「…首を刎ねろ、と。お前でなかったら言っただろう」

考え込むように言った我らが女王陛下は、すっと目を細めるとハートのエースをじっと見つめる。ごくりと息を飲み込んで成り行きを見詰めるトランプ兵たちは、緊張からか槍を握る手に力を入れた。
ハートのエースは何も言わない。大人しく次の言葉を待っている。それが何でも、次の言葉には従うつもりでいた。

「ユースタス屋が来たらここに通せ」
「…仰せのままに、我らが女王陛下」

陛下は口元に笑みを浮かべると、存外柔らかな口調でそう呟いた。けれどそこにははっきりとした意志が込められていて、どうやら白兎のことについて聞く耳を持たないらしい。
寿命が縮まるだけで、話しても無駄。下手をすればその命すら落としかねない。優雅に笑みを浮かべた女王陛下は、何も言わずともそのことを悠然と物語っていた。



「来るのが遅いぞユースタス屋。待ちくたびれた」
「申し訳ありません、女王陛下」

差し伸ばされた手の甲に膝まずいてキスを落とす白兎に、陛下は愛しむような手つきでその耳をそっと撫でた。
女王陛下のお気に入りの白兎はこのワンダーランドに存在する生物全ての中で例外中の例外。何しろこのクイーン・オブ・ハートのご寵愛を一心に受けている。気に入られている。愛されている。何よりも。
それはこの城の心臓部である自らの私室に招くほどだ。この過度の寵愛を、ハートのエースだけでなくこの城に仕える者全てが案じていた。

何故なら白兎が、元は女王陛下が不仲である白の女王に仕える者だからである。
いくら忠誠を誓ったと言えども所詮は口先。心が白の女王の元にあったとしても、それは誰にも分からない。

「ところでユースタス屋。今日こそアリスは見つかったか?」
「いえ、それが何処にも。ですがこの機会を逃してしまうと」
「また百年後、だろ?」
「…はい、女王陛下」

陛下が口元に笑みを浮かべ、それにほんの一瞬白兎が表情を険しくする。されど一瞬、その微妙な変化には誰も気付かない。

この国では、アリスは王権の交代を意味する重要な人物である。それは赤の女王から白の女王へと、あるいはその逆へと時代が移ることを意味する。
百年に一度現れるというアリスの登場は、言わば新政権の幕開けだった。だがその本来の意味での王権交代は当の昔に朽ち果てていた。

我らが女王陛下が即位なさる遥か昔、先代の赤の女王がアリスを殺したためである。
そこからだった、このワンダーランドの均衡が崩れ始めたのは。

いつからか欲の塊となった赤の女王は王冠を手渡すことを拒み、何の躊躇もなく現れたアリスを殺した。そのとき権威を持っていなかった白の女王とその一族たちはみるみるうちに赤の女王に追い詰められ、その力も次第に弱まっていった。今ではこの国の端にまで追いやられ、そこに小さな領土を広げて住んでいるのみである。
今となってはほぼ全てが赤の女王のもの。もちろんアリスが王冠を奪い、白の女王に手渡さなければ最早不動のものである。それは王位が受け継がれた今でも変わらなかった。

白兎はそんな白の女王に仕える者。百年に一度現れるアリスとこのワンダーランドを繋ぐ重要人物である。
そしてそれが白兎に課せられた唯一の仕事でもある。最早アリスは何百年と続いた赤の女王の暴政から解放されるための唯一の希望であり、手段となっていた。
言わば白兎は赤の女王と敵対する人物。我らが女王陛下の敵。いや、敵でなければならないのだ。

「ユースタス屋、今日も疲れただろう?なんせ『あの』アリスを探していたんだから」
「…ご心配には及びません。御気持ち、感謝致します」
「ふふ、そうか?無理しなくてもいいんだぞ。なんせあのアリスだ……なぁ、ユースタス屋。どうしてアリスは見つからないんだろうなぁ」
「それは…」
「お前がこんなにも探しているのに…。この時を逃せば百年後…その百年を一体何度経験したことか」
「………」
「そして私は何度その台詞を聞いただろうか?」
「ですが陛下、」
「静かに。…アリスはいないと何度言ったら分かるんだ?私の可愛い白兎。…それともまだ白の女王に縛りつけられているのか」
「…いえ。身も心も、お仕えするのは女王陛下、あなた様ただ一人です」
「ふふ、よろしい。分かったならそんなくだらないことに時間を費やしていないで、私を悦ばせるために時間を使え」
「仰せのままに、愛しき女王陛下」

陛下は静かに微笑む。敵対しなければならない白兎に、誰も見たことがないような柔らかな笑みを溢す。慈愛に満ちた、それはそれは柔らかな微笑。

暴政に暴政を重ねたあげく、恐怖と怯えの色が深い霧のように立ち込めるこのワンダーランドには、赤の女王がアリスを殺したあの日からぱたりとアリスの影がなくなってしまった。消えたのだ。何処にもいないし、見つからない。消えた理由を誰も知らない。
そしてそれは赤の女王の絶対的な権力維持を示していた。権威を意のままにして、先代はまさに暴君。希望のアリスは現れず、嘆き悲しむワンダーランドの住民たち。誰もが先代を憎んでいた。その憎しみは王位を継承すると同時に、我らが女王陛下に受け継がれた。

だが女王陛下は気にしない。陛下は白兎がいればそれでよかった。
だから最早伝説上の人物となったアリスを未だに探すその行為が気に入らなかった。アリスなんてまるでお伽噺の主人公だ。この国が二人の女王によって調和を保っていたということも、愛の花が咲き乱れ平和が心地好い風となって頬を撫でていたことも、全ては最早お伽噺。恐怖に怯える子供の枕元で聞かせる優しくて残酷なただの夢物語。
そのアリスを追いかけていることが気に入らない。白兎が何故未だにアリスを探し求めているのかは知らないが、とにかくその意識の一部をそのアリスに奪われていると考えるだけで陛下はひどく苛立った。

「お前は私だけを見てればいい。もうその唇でアリスと紡がないことを誓えるか?」
「…もちろんです、女王陛下。この唇はあなた様の御名を紡ぐためだけにあります」

視線をしっかり合わせてそう呟いた白兎は、恭しく陛下の滑らかな手に口付ける。その態度に陛下は満足そうに微笑むと、白兎の真っ赤な唇を愛しむようにそっと撫でた。





それから幾日か経った、ある晩のことである。大きな、ゆったりとした深紅のソファに座り、女王陛下は一人窓の外をじっと眺めていた。いつもならその隣に座る白兎も今日はいない。陛下がお誘いにならなかったからだ。
陛下自らの私室であるこの部屋は、陛下の入室許可がない限り立ち入ることは禁止されている。近付くことも許可がなければままならないほどで、ここはこの城で唯一、陛下が一人きりになれる場所であった。
じっと窓の外を眺めていた女王陛下は徐に立ち上がると、その窓辺へと近寄る。コツコツと、誰もいない部屋には美しい赤のヒールの音がよく響いた。
そしてそっと窓に手を触れる。このワンダーランドが一望できてしまうのではないかと思えるほど、大きなガラス窓だ。汚れ一つ見当たらないそれはひんやりとしていて心地がいい。その感触を確かめるように息を吐いた。

夜になるとワンダーランドは途端に静かになる。辺りには息づく者が何もいないと思えるほど。静かで、陛下はその静けさが嫌いではなかった。

すっと、不意に外を見つめていた目が細まる。視界の先にはあの白の女王の城があった。我らが陛下の城に比べれば、小さく、そしてみすぼらしい。狭い領地に、地位も、名誉も、何もない。
それなのに。それなのに白の女王を慕うものはたくさんいた。陛下にはそれが何故だか分からない。だがそれを理解しようとも思わなかった。

先代の女王がこの国に残した傷跡は深い。陛下はそれを抉るようなことをしなければ、癒そうと思うこともなかった。何も興味がなかったのだ。白兎さえこの手の中にいれば、それでいいと。
白兎。陛下は彼にしか興味がない。愛しの彼が隣にいてくれるなら、たとえこの国が滅びようが朽ち果てようが陛下には関係なかった。興味の有するところはたった一人、白兎のみである。

「陛下、女王陛下!失礼します!」

暫し目を瞑り、そして白兎を脳裏に思い描く。やはり呼んでしまおうか、そう思った矢先に激しく扉を叩かれて陛下は不機嫌そうに眉根を寄せた。
許可をした覚えはない。それなのに不躾にも部屋に踏み込んできたハートのエースにその表情は益々険しくなる。

「入って良いと誰が言った」
「申し訳ありません!ですが、一刻を争う事態でして…!」

凍り付いてしまうような冷ややかな言葉にもハートのエースは動じない。焦燥に駆り立てられ、どうやらそれどころではないようだ。恭しく陛下の前に跪くも、滲み出る焦りは隠しきれない。
それに流石の陛下もいつもと違う様子を不審に思う。この男が取り乱すなどということは滅多にないからだ。

Next


[ novel top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -