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 天使にキス

(高校生兄×小学生弟)
( Happy Halloween! )


部活帰り、疲れた体を引き摺るようにして、それでも出来るだけ家路を急ぐ。
ちょうど帰り際に顧問に出会してしまったのが悪かったのだ。長々と今後のチーム編成について語られたあげく説教染みたアドバイスを一つ二つ。やっと解放されたと外を見ればもう真っ暗で。

俺の通う学校は文武両道を掲げているため特別許可がない限り十九時には部活動終了、二十時には学校が閉まってしまう。いつもならもうとっくに家路についている頃合いなのに、学校が閉まるギリギリまで俺を引き留めた顧問を恨めしく思った。




「キッドー!餓死するかと思った!」
「ぐっ…その前に何か俺に言うことあるだろ、お前は」
「ああ、おかえり」
「投げやりな…ただいま」

分かってはいたがやはり玄関を開けた瞬間腰辺り感じた鈍い衝撃にふらりとよろける。それでもしっかりとその体を支えながら唇を尖らせたローの額を軽く小突いてやった。
いくらローが年代の割りに軽くて細いとはいえ年々成長していくこいつに勢いをつけられて、しかもクッタクタな状態で抱きつかれるのを受け止めるというのはなかなか体力を使うのだ。果たしてこいつはいつまで俺にお帰りという名のタックルをぶちかましてくれるのだろうかと思うと先が見えなくてため息を吐いた。が、それよりは反抗期がきて冷たくされる方が心情的にはくるので、このままでもいいか、と結局だるい右手でその頭をポンポンと軽く撫でてやった。

「なー、なんで今日遅かったんだ?」
「部活のことでちょっと長引いたんだよ。腹減ってたんなら適当に菓子でも食っときゃよかったろ」
「やだ。そういうの食ったらキッドが作るの食えなくなる。おれはキッドが作ったの食いたいの!」
「…おだてても何も出ませんケド」
「じゃあ今日はハンバーグがいー」
「今から作るからちょっと時間かかるぞ?」
「ん、待ってる」

腰に引っ付いたままグダグダ喋るローの頭を撫でると気持ち良さそうに目を細められて、まるで猫みたいだと独り言ちる。

小さい頃に母親を亡くした俺らはこれまでずっと父親一つで育ってきたが、その親父が如何せん自由気儘な放任主義者で、記憶がある中で俺があの人に会ったのは片手で数えられる程という何とも親らしくない人なのだ。仕事柄、家にいることが殆どないということもあったが、そのせいかいつの間にやら俺がローの親代わりみたいになってしまっていて。
もちろんあの人も一応は親らしく俺らに不自由がないようにと気は使っているらしいが、そのお陰で家に入った瞬間知らない女(あとから聞いたら家政婦だった)が五人ほど横に並んで「お帰りなさいませ」と頭を下げてきたときは素で間違えたんじゃないかと急いでルームナンバーを確認した程だ。確かに高校生と小学生の餓鬼二人が暮らすには広すぎるマンションだが(何せ最上階の全てを独占している)それにしたってあの人はやり過ぎていると、手配された家政婦には悪いがその日に止めてもらった。それに俺は別にどうでもよかったけどローが嫌がったからな。ああ見えてこいつ人見知りだし。

とりあえず腰に引っ付くローを引き剥がすと汗がひいて冷めた体を暖めようとシャワーを浴びに風呂場へ向かう。それで引き剥がしたはずのローは何故か当たり前のように俺についてきて、結局シャワーを浴び終わるまでずっとドアの前に座って俺に話しかけてきた。いつもはソファに座ってテレビを見るか本を読むかのどちらかなのに、浴び終わった俺にまた抱きついてくるわで正直いつもと様子が違う。

「お前…大人しく待ってんだろ」
「待ってるとは言ったけど大人しくするなんて言ってない」
「そういうのを屁理屈っつうの。ほら作りにくいから離れろ」
「や!」
「やって…何?今日何かあったのか?」

いつもは腰にタックルぶちかましたあとはツンツンしてるっつうのにどうして今日に限ってこんなに甘えてくるのだろう。珍しいってか逆に何かあったのかとすら思えてくる。
しかもローは何かと一人で溜め込むタイプだからこういう時はちゃんと聞いてやらなきゃいけない。

「何だよお前どうかしたのか?」

しゃがみこんでローの目線に合わせるとその頬を軽く撫でる。ムッと脹れた頬を軽くつついてやるとローはふいっと目線をそらした。

「…今日、遅かった」
「だからそれは部活が、」
「一人で待ってた」
「…寂しかったのか?」

遠回しな表現に首を傾げて問えばローはむっつりと黙り込んでしまう。それでもその手はしっかり俺の服を握っていて、相変わらず素直じゃないなと苦笑した。

「よっ、と」
「わっ!?キッドなに、…っ!」

俯いてしまったローの体を了承なく抱き上げれば驚いたように顔を上げられて。その頬に軽くキスしてやれば丸い目がさらに見開かれて頬が赤く染まっていった。その姿に口元を緩め、頭をよしよしと撫でてやればローにガキ扱いするなと怒られたがそんな赤い顔で言われたって嫌がってるようにはまるで見えない。心底進みが遅く感じる長針を見つめては顧問め覚えてろと思ったが、ローのこんな表情を見れるならたまには悪くないかなとか思えてしまう。

「よし、ハンバーグ一緒に作るか」
「…ん」

ぎゅっと抱き着いてきたローに言えばこくりと頷かれる。我が弟ながら可愛いとその姿に頬を緩ませた。あーあ、こんなだらしねェ顔してちゃ俺、あのブラコン(エース)を馬鹿に出来ねェな。





「ロー、美味いか?」
「んー!うまい!」

ハンバーグを一口、口に含んだ瞬間目をキラキラさせたローに味を尋ねればコクコクと大袈裟に頷かれる。本当ハンバーグ好きだよなとその姿に笑いながら、珍しくパクパク食べるローを見つめた。といっても相変わらず量は少なめだが。

「自分で作ったから余計美味く感じるんじゃねェ?」
「でもおれ、こねただけだぞ?やっぱキッドは料理上手だな!」
「そりゃどーも」

料理に関してだけは素直に褒めてくれるローに少し恥ずかしくなって苦笑混じりに笑みを返す。ほら、あんま急いで食うと喉つっかえるぞ、と窘めながら箸を進めた。
食卓で俺が話すことはあまりない。大体は今日学校で何があったとか友達がどうしたとか喋るローの話を聞くだけだ。楽しそうに喋るローを見るのは楽しい。今もローは楽しそうに喋っていて、ローが笑えばつられて俺も笑う。内容は今日の理科の時間にしたという、蛙の解剖。ピンもよく刺さってなかったし麻酔があんまり効いてなかったみたいで腹切られたまま途中でカエル逃げ出したんだ、と笑うローは可愛い。可愛いので内容は気にしない俺。まあいつもの事だ。

「でさ、」
「あ、お前ここにケチャップついてる」
「え?どこ?」
「ここ、」

ぺたぺたと口元を触りだしたローの腕を退けると顎を掴んで顔を上げさせる。見上げるローの頭の上にはクエスチョンマークが並んでいて、それに笑うとペロリと口端を舐めてやった。

「なっ!」
「ほら、取れたぞ」
「っ…そんな、は、恥ずかしいことすんな!」
「恥ずかしいことって何?」

にやっと笑って聞けばローは顔赤い顔をさらに赤くさせて俺を睨み付ける。それに、早く食わないと冷めちまうぞ?と笑いながら受け流せばローはムッと頬を脹らませたまま再度箸を動かし始めた。

俺たちは少し、普通の兄弟とは違う。
と俺は思っている。何せ俺はローが好きだ。家族としても、一人の人間としても。幼い頃からずっと二人きり、俺よりも六つ年下のこいつは俺の守るべき存在であった。それは今でも変わらない。変わりはしないが、それが少し特別な意味へと転じたのはいつからだったか。とにかく好きなのだ。
自惚れるならきっとローも同じ気持ちだろう。ただローがその気持ちに気付くにはまだ幼すぎて、だから俺はこうして(時々ちょっかいかけながら)じっと我慢している訳である。





「あ、キッド」
「ん?」
「トリックオアトリート!」
「は?」

食器も片付けて二人でソファに座りながらぼーっとテレビを見ていた時だ。不意にくいくいと服の裾を引っ張られてローの方へと視線を向ける。そしたら満面の笑みで腕を差し出されて思わず首を傾げた。

「知らないのか?今日はハロウィンだぞ!」
「いや知ってけど…」
「じゃあトリックオアトリート!」

再度笑顔で言ったローに頬を掻く。今までそんなことは言ってこなかったくせに、どうして今日に限って聞いてくるのかと聞けば学校で習ったのだと楽しそうにローは言った。英語の時間にやったらしいが、そのときにもローはお菓子を貰ったらしく、きっとその授業が楽しくて仕方なかったのだろう。そう言えばお菓子は絶対貰えるのだと意味のない確信で瞳をキラキラさせて俺を見つめる様に苦笑した。

「ほら、じゃあこれ食うか?」

キッチンへ向かうと皿の上にあらかじめ買っておいたパンプキンマフィンをのっけてローに手渡す。帰り道の途中によった店で、ふっと目に留まったそれを買っておいたのだ。経験上、遅く帰えると大概拗ねて待っているローに先手を打ってご機嫌取りのために買っておいたのはよかったが、まさかこんな形で渡すとは。嬉しそうにマフィンにパクつくローを見つめながら口元を緩めた。

「おい、ロー、また…」
「ん?」

ローの口元を見て呆れたように呟けばマフィンを頬張ったまま首を傾げられる。その口端はマフィンにかけられたメープルで汚れていて、ペロリと先程と同じように舐め取ってやるとローはマフィンをくわえたまま顔を赤くした。

「も、自分でとるからそーゆーことするな!」
「いいだろ別に」

減るもんじゃねェし、とローの頭を撫でてやるとバシッと照れ隠しに撫でていた手を叩かれた。つんっとそっぽを向いてマフィンを頬張るも、その横顔は耳まで赤い。可愛いな、なんて。
きっとそのときの俺には魔がさしたんだ。そうとしか思えない。

「な、ロー…俺には?」
「んぅ?」
「Trick or Treat?」

もぐもぐと、マフィンを完食し終えたローに囁けば首を傾げたあとにぴしりと固まる。そうくるとは全く予期していなかったらしく、わたわたと慌て出すその姿にくすりと笑った。

「ないのか?」
「…ぅ、」
「じゃあ…イタズラ?」

するする頬を撫でて目を細めるとローは唸る。もちろん渡せなくて当たり前だが、こうしてそれを都合のいい方向へと持っていこうとする自分は結構最低だと思う。
仕方ないだろ?ローが可愛いのがいけないんだ。


「イタズラって…なに?なにすんの?」
「ん?別に怖くもねェし痛くもねェよ?ただお前は気持ちいいだけ」
「…?きもちい…?」
「そ。…おいで」

イタズラという言葉にびくびくするローは、学校でハロウィンのイタズラについて何か過激なことでも学んできたのだろうか。それを宥めるように頭を撫でるとローは首を傾げた。きもちい…?と頭にクエスチョンマークを浮かべるローの瞳は純粋で、少しだけ胸が痛むがやはりこの気持ちには変えられない。おずおずと腕の中に入ってきたローを抱き締めながらその小さい体に息を吐いた。

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