Log | ナノ

 ××な恋人

さすがに今日という今日は許せる気がしない。


「ユースタス屋、ちょっと」
「あ?何だよ」
「いいから、ちょっと」

少し不機嫌そうな顔をしたユースタス屋は台所から動かずに、立ちながら淹れたてのコーヒーを飲んでいた。
俺はその様子を眺めつつ手招きをする。なかなか来ないユースタス屋に強めに言うと、渋々という感じでようやっとこちらに来た。

「座れ」
「何だよさっきから」

命令口調に嫌そうな顔をしつつもどかりと腰を下ろしたユースタス屋は訝しげに俺を見つめていた。相変わらずその顔色は不機嫌そうで、面倒臭い恋人だなと思う。

不機嫌な理由は分かっている。帰ってきてすぐ、玄関先で腰に回された腕を俺が窘めるように叩いたから。
出鼻を挫かれたのと、お預けを食らったみたいで拗ねているのだ。ただそれだけ。
だけどそれが重要。何故ならいつもの俺は何だかんだ言って結局そこで流されてしまうから。流されないのは稀。だからユースタス屋はそれが気に食わなくて不貞腐れている。
こうやって見れば分かるけど、ユースタス屋の方がその名前みたいにずっと子供っぽいものだから、俺は大抵のことなら少しは我慢していた。
だけど今日はもう駄目だ。

俺はユースタス屋の瞳を見つめ返すと、瞬きを二回して深呼吸をする。
そのまま確かめるように右手を軽く握り、拳を作ると何の前触れもなくその横っ面を張り倒した。


「ってぇ!!いきなり何すんだてめェ!」
「日頃の行いを省みてからほざけ変態野郎が!今日という今日は見逃さねぇからな!!」

いきなり殴られて、ぱちりと目を見開いたのも束の間、殴られた頬の熱にユースタス屋はみるみるうちに凶悪な顔付きになっていった。襟首を掴みかかりそうな勢いで怒鳴るユースタス屋に、負けじと俺も怒鳴り返す。
ひどく興奮して、頭に血が上っていた。抑えられずあと二、三発殴りたいような気持ちになる。

「今まではどんなことされてもそれなりに許してきた…けどな、今日という今日は我慢出来ねぇ…!」

俺の海よりも空よりも広い慈悲の心をこいつは何だと思っていたのか。気づかなかったのか?
沸き上がる沸々とした怒りをどうにか抑えつつ、ギロリとユースタス屋を睨み付ける。そもそも自分が悪いのに何でお前が拗ねるんだよ、馬鹿じゃねぇの、と思いながら。
そこまですればさすがにいつもと違う俺の様子に気づいたのか、眉根を寄せて見つめる瞳には多少の困惑が窺いとれた。
それでもいきなり殴られた怒りは収まらないらしく、その狭間で揺れた瞳がぶっきらぼうな言葉を吐いて捨てる。

「いきなり殴ってきておいて何だそりゃ…言いたいことがあるならはっきり言やいいだろ!」


…はぁ?


「…おい?トラファ」
「二度と俺に触るな」
「はぁ?!ちょ…おい!」

本当に頭にきて、目の前が真っ暗になるということを俺は初めて味わった。
謝るとまではいかずとも、自分の行動に自覚があればまだ許してやったのに。言いたいことがあるならはっきり言え、だってさ。自覚なしかよ。くそ、死ね。

寝室に入り込むとユースタス屋が入ってこないように即行で鍵を掛けて、ベッドにダイブ。
ムカムカの収まりきらない俺は、有り余る怒りをもってクッションを壁に投げつけた。




「…トラファルガー?」
「………」
「いつまでそうやっている気だよ」
「………うるさい」

前言撤回。俺もユースタス屋に負けず劣らず餓鬼だ。
最初はユースタス屋も怒ってただろうから来なかった。だけどそれから一、二時間したら寝室の前をうろうろと徘徊する音がして、ユースタス屋が気にかけているのが分かる。
それから少しして控え目にノックされて、今に至る。

「なあ、出てこいって。それか鍵開けてくれ」
「………」
「トラファルガー」
「………」

どんな声で呼ばれても何を言われても開ける気はなかった。俺は依然怒っていたし、この怒りはそう簡単に消えるものでもないと思っていたから。
それなのに、だ。

「あー…、俺が悪かったから、さ。開けてくれよ」
「………」
「お前の顔が見たい。な?ロー」
「…っ!」

ズルいと思った。
こういうときだけユースタス屋は一丁前に大人なのだ。
それにムカつくけど脚は動いてしまっていて、その言葉に鍵を開けてしまう自分がいる。


「…まだ許してないから」

がちゃりと開いた扉に、俯き様に呟いた言葉には説得力があるのだろうか。
そのまま顔を上げずにいたら、餓鬼にするみたいに頭を撫でられて頬にキスされる。ふわりと横抱きにされるとベッドまでの近い距離を運ばれて、ゆっくりと下ろされた。
ちゅ、とキスをいろいろなところに落とされて、擽ったくて笑ってしまいそうになるのを何とか堪える。ここで笑ってしまったらいつもの雰囲気に戻ってしまいそうで、まだ怒っているのだと示すようにそっぽを向いた。

「機嫌直せよ」

でもユースタス屋はもう怒ってないみたいだ。苦笑するように頬を撫でるその姿に、先程までのことを思わずなかったことにしてしまいそうになる。
それを何とか持ちこたえて視線を向ければ、あとでちゃんとクリーニング出しとくから、と言われて流れで頷きそうになり、そこで思考が停止した。

「なんでクリーニング…?」
「お前の服にアイス落としたろ、あれ」
「いやまあ確かに落としたけど……なにお前、まさかそれが原因とか思ってない、よな…?」
「違うのか?」

きょとんとしたような、むしろそれ以外原因が思い付かないというような顔をしたユースタス屋に怒りを通り越して目眩がした。
そりゃ確かにあの服は気に入ってたさ。しかも白の上にチョコアイスぶちまけてくれたしな、お前。
だけどそれ以外に思い当たることがあるだろ?もっと明白で絶対的な!

「本っ当に、それ以外何も思いつかないのか?」
「…他に何かあったか?」

ああ、もう。よく分かった。

「出てけ」
「は?」
「出てけって言ってんだよ!」
「まっ、落ち着けって!」
「うるせぇ出てけバカスタスが!」

抱き着いていたユースタス屋を引き剥がすように押し返す。一瞬でも分かってくれたと思った俺が馬鹿だった。
忘れかけてたはずの怒りが沸き上がり、出てけ、離れろと繰り返しながらユースタス屋の腕の中で暴れる。でも暴れれば暴れるほど強く抱き締められて、本当に何なんだこいつは、と若干泣きそうになった。

「お前本当…マジ最悪…出てけっつってんのに出でかないし…」
「出たらまたお前閉じ籠るだろ」
「当たり前だろ!」

大体誰がそうさせてると思ってんだ!
そう言ってユースタス屋を睨みつけるとここにきて初めて少し困ったような顔をしてみせた。そしてぎゅっと抱き締められて、優しい声色で鼓膜を擽られる。
ちゃんと謝るから教えてほしい、だって。こんなときばっかそんな優しくなって…ムカつく。それにちょっと絆されかけてる俺もムカつく。
「…今日一緒に出掛けた。思い当たることは」
「アイス」
「以外で」
「…?なんかあった…、あ?もしかしてあれか、映画館」
「気づくの遅ェよばーか死ね。それ以外になにがあるってんだ!」
「って、抓んなよ!そんなに嫌がることか?」
「嫌がることだアホが!」

そう、俺がここまで怒り狂っている理由。映画館。
今日は前々からユースタス屋と新作の映画を観に行く日だと決めていた。前売りも買っていたし、ずっと前から見たかったやつだから楽しみにしていた。

それが始まってみるとどうだろう。

最初のうちはまだ普通だった。手を握るとかそんぐらいで。
でも次には腿を撫で擦られて睨み付けたのも束の間。あろうことかその手はズボンの上から俺のモノを触ってきたのだ。
もちろんやめさせようとした。でもそしたら騒ぐとバレるぞ、なんて耳打ちされて。
刺激に勃ち上がってしまったそこをゆるゆると弄ばれて、全く映画どころの話じゃない。隣に誰もいなかったのがせめてもの救いだろうか。

ぼやけた視界には何も映らず、映画が終わる頃には具合の悪い病人みたいに体が熱くて息が荒かった。
なのにユースタス屋はにやにや笑うだけで、どうした?なんて。お前のせいだろ!と思いながらも、その頃にはもう睨みつける力も残っていなかった。
自分でやってきたことなのに、トイレに行きたいと俺に言わせて、有無を言わずに一緒に個室に入ってきたユースタス屋にそのまま。途中で人が入ってきて、俺が泣きながら首を横に振ったのもシカトして突き上げてくるユースタス屋にはもう殺意しか沸かなかった。

この出来事を総スルーしてアイス、ときたもんだ。そもそも最初には何を怒っているのか分からなかったぐらいだしな。俺が頭にくるも当たり前のことだろ。
しかも怒っているのは、こういう行為が初めてじゃないってこと。

「何だかんだ言ってお前もよがってただろ」
「そりゃお前が無理矢理そうさせたんだろ!大体やることが一々変態くせぇんだよ!」

頼むから普通にセックスしてくれ…!
そう言えば、別に普通だろ?と不思議そうな顔をしながら首を傾げられて。いつも通りのその回答に分かっていてもがくりと肩を落とした。

そう、問題はここなのだ。
ユースタス屋の言う「普通」は一般常識からかけ離れていた。

それに初めて気付いたのは、忘れもしない、初めてユースタス屋とセックスしたとき。
普通恋人と初めてするなんていったら、夜にベッドで、だよな?別に夜じゃなくてもいいけど、せめてベッドでするだろ。
それが俺とこいつの場合、真っ昼間の台所で立ちバック。
ありえなくないか?俺は男とヤるのはそれが初めてだったんだぞ?最初から立ちバックってレベル高すぎないか。

それでも最初は、あれ、これって何か…と思う程度だった。何かちょっと違うような、とモヤモヤする感じで。
それがやっぱり普通じゃないと決定的になったのは、バイブ装着された状態でコンビニまで買い物に行かされたとき。しかも一人で。
いやいやいや、ないだろこれは、と思ったのは当然のことで。でも強く怒ったりやめさせなかった俺が悪いのか、それからユースタス屋は様々なプレイを要求してきた。
電車の中で痴漢されたり女装させられたりビデオ撮られたり。何ていうか、普通じゃない。

気付いたときにはもう遅かったけど、諦めずに一度だけ普通にシようと言ったことがあった。
そしたら分かったと言われて、何だ最初から言えばよかったんじゃないか?とホッとしたのも束の間。すぐに腕を縛られて目隠しされた。
何が分かったなのだろうか。何が普通なのだろうかと思いつつ、混乱しているうちにあれよあれよという間にセックスに突入。意味が分からない。

朝になったベッドの中で、こいつのセックスに世間一般に当てはまる「普通」はないのだと、しかもどうしようも出来ないのだという揺るがない事実を目の前にして少し泣いた。今後の俺を思って。
だから今回はその様々な積み重ねが積もりに積もった結果の爆発だった。

「再三言ったけど俺は、普通に、セックスしたい」
「だから普通」
「にできないならもうお前とはシないから」
「はぁ?!」

大声を上げたユースタス屋にふいっとそっぽを向いて素知らぬ顔。
もう決めた、今決めた。このままだと俺の体がもたない。
ユースタス屋の瞳にはまた沸々とした怒りが見えたけど、俺はそれに知らないふり。俺は悪くない、そう思って黙っていれば、ユースタス屋は溜息を吐いた。

「分かった」
「…?」
「普通にすりゃいいんだな?」

そう言ったユースタス屋にどさりとベッドに押し倒されて、目を見開けばユースタス屋の瞳とかち合う。
普通に抱きゃ文句ねェんだよな、と笑ったその顔にぞくりと寒気を覚えた。

Next


[ novel top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -