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 どんな君も愛しい

ピンポンパンポーン

『お知らせ致します。午後十三時半より、超新星高等部二学年によるフォークダンスが開催されます。創立時から続く伝統ある演目です。皆様、どうぞ御覧くださいませ。また、二学年の生徒は至急グラウンドに集合してください』




「…だって」
「あ?行かねェよ俺は」
「罪な男だなぁユースタス屋。女子が泣くぜ?」
「てめェにだけは言われたくねェよ」
「ふふっ…ユースタス屋が行かないなら俺も行ーかない」
「勝手にしろ」

ぱくりとクレープに食い付きながら発せられたローの間延びした声と、高校生にまでなってフォークダンスとは馬鹿らしいという思いにキッドは二重の意味で眉根を寄せた。まったく、何が「創立時から続く伝統ある演目」だ。こっちは面倒臭くて仕方がないっていうのに。心中でため息を吐きながらあっちへフラフラこっちへフラフラ、所在なさげなローの後ろを仕方なしについて歩く。

行事なんてかったりぃだけだろと思うキッドとは正反対に、一番そう思いそうなローは見た目に似合わず行事ごとに敏感でこの文化祭もなかなか楽しんでいた。
だから、ユースタス屋一緒に周ろうと楽しそうに(しかも滅多に見れない純粋な笑顔つきで)言われたときはお前そんなキャラだったのかと驚きもしたが、恋人に可愛らしくおねだりされたらキッドといえど悪い気はしない。
だがあちらこちら忙しなく動き回ってはあれがほしいから買って来い、これがやりたいからついて来いと偉そうに、嬉々として命令を下すローには正直参る。実際あの笑顔はこうして自分を都合のいいように振り回すための建前のものだったのではないかと思えるほどだ。別にいいけどと少し照れたようにそっぽを向いて言ったキッドに、ローは見えないようにやりと笑っていたのではなかろうか。はぁ、とあちこち振り回されたキッドは疲れたようにため息を吐いた。

「ユースタス屋次どこ行く?」
「…どこでもいい」
「そ。まあそんなこと言っても粗方見終わっちまったんだけど。暇だし俺のクラスにでも来る?今ならまだやってるぜお化け屋敷」
「好きにしろよ。どうせすることねェんだし」
「うわ、なにそのリアクションつまんねー。俺怖いの超無理とか顔面蒼白にして言うぐらいの期待してたのに」
「誰が言うか。そもそも高二が作るお化け屋敷なんざ高が知れてんだろ」
「お、言ったな。言っとくけどうちのお化け屋敷は超怖いって評判だぜ?」
「何にも関わってねェくせに」
「まぁな」

窘めるように言えば、だって準備とかめんどくねぇ?後片付けも。とローは心底面倒くさそうな顔をして呟く。もちろんクラスの出し物には協力のきの字もないキッドにとっては賛同せざるを得ない内容だったが。
じゃあ行こうお化け屋敷、と言ったローから食べかけのクレープを押し付けられて眉根を寄せる。何でもかんでもローは買ってしまうが大概は半分ほど食べるとキッドに押し付けてしまっていた。いらねェ…と思いつつぱくりと食べてしまうキッドもキッドだが。これじゃ体のいい残飯処理機だと二口三口で食べ終わったそれをごみ箱の中に投げ捨てた。

「…あれ、ここってユースタス屋のクラス?」
「ああ」
「喫茶店やってたのか、知らなかった」

ふと、人混みを通り過ぎるなかで顔を上げたローが目にしたのはキッドのクラスだった。やけにこの廊下は混んでるなぁと思えば原因はこれらしい。クラスの前にはメニューの書かれた看板が置いてあってローはそれに気付くとぴたりと止まり、値踏みするようにじっと見つめた。

「おいトラファルガー、行くんだろ」
「…ユースタス屋アイス食べたい」
「お前さっきもそうやってワッフル全部食わなかったろ。クレープも」
「俺これがいい。デコレーションがチーズケーキのやつ」
「聞いちゃいねェな」

はぁ、とため息を吐くと看板の前を梃子でも動かないというように立ち止まったローに眉根を寄せた。勝手に話を進めるのはローのいつものことだ。そしてそれをさらに無視するキッドもいつものことであった。お得意のスルー技術で、ほらお化け屋敷行くんだろ、と先に進もうとすればくいっと制服を引っ張られて。この先の展開をキッドは知っていた。

「…ユースタス屋」

きたきたきた。ここで後ろを振り替えれば高確率で俺は負ける。そう思いつつ背を向けたままじっと黙っていれば、それで大概諦めるローがぎゅっとさらに強く制服を握ってきて。

「…アイス…」

どこの餓鬼だてめェは、と思いながらキッドは深いため息吐いた。渋々と財布を取り出せば後ろから嬉々としたような声が聞こえ、罰の悪さに眉根を寄せる。それが演技とは分かっていながらも、シュンとしたローの声に結局は振り返らずして負けてしまったのである。



「…キラー、このアイスっていくらだ?」
「百五十円」
「一つくれ」
「トラファルガーか?」
「分かってんなら聞くな」

眉根を寄せたキッドにキラーは苦笑するとアイスを手渡す。自分のクラスの店なんだ、アイスの値段くらい覚えておけよと言ったキラーの言葉は耳に痛い。まったく貢献していない自分と比べてこの友人はなかなか律儀なのである。といってもこうして真面目に販売しているのも後ろで幸せそうにアイスを食べるペンギンがいるからなのかもしれない。大方引っ張って連れてきたんだろうと思いながら、後片付けくらいは来いと言ったキラーに努力すると軽く頷いてアイスを受け取るとその人混みから抜け出した。



「ほら、これで満足かよ」
「おー。ユースタス屋だいすきっ」
「言ってろ」

ほらよとその手に押しつければローはにやにや笑ってキッドの腕に抱き着く。そのわざとらしい声のトーンと態度に鬱陶しいから離れろと言えばユースタス屋の意地悪と腕に擦り寄られてため息。ちなみに言っておくと人通りの激しい廊下のど真ん中である。勘弁してくれてとキッドは眉根を寄せた。

それでも、

「ユースタス屋もいる?」
「…いらねェ」
「ふーん。うまいのに」

パクリと美味しそうに、幸せそうに食べるローは正直可愛くてキッドは何だか複雑な気持ちになった。こうやって黙って大人しくにこにこしてりゃいいのになとキッドはローの横顔を見つめて思う。もちろん当のロー本人は至って気付いていないが、キッドがローを可愛いと思うのは、そのほとんどがローの意識の外で自然に行われている時なのだから適わない。無自覚の可愛さほど凶悪なものはないと思うとキッドはやはり複雑な気持ちになるのである。

「あ、トラファルガーお前今までどこほっつき歩いてたんだよ!」
「ジュエリー屋か。お疲れ」
「お疲れじゃねーよ!お前がいなかったからうちがずっと受付してたんだぞ!ちったぁ手伝えこのバカ助!」

飛んでくる罵声に視線を向ければ黒い暗幕で覆われた薄暗いクラスの前に座る人影を見つけ、原因とも言えるローは軽々しく片手を上げた。焼き鳥を頬張りながら怒るボニーに食うか話すかどっちかにしろよと思う。思うが言ったらまた怒られそうなので(まあすでに怒っているが)ローはそそくさとキッドの後ろに隠れた。

「トラファルガー入んのか?」
「んー」
「じゃあ二人」
「じゃあじゃねぇ!うちのセリフ無視すんな!大体今からフォークダンスなんだから客入れる訳ねぇだろっ」

相変わらず騒がしい女だとキッドは眉根を寄せるとボニーの怒りの原因であるトラファルガーをちらりと見やる。だってよ、どうする?と言ったキッドにじゃあ三年か一年の棟行こうぜ、と逃げ出そうとするロー。もちろんそれをボニーが簡単に見逃すはずもなく。

「よし、グラウンドに行くぞバカ助ども。特にトラファルガー」
「はぁ?俺はあんなダンスしねぇ、」
「とは言わせねーからな!ちょうど女子の人数が合わなくて困ってたとこなんだ」

さー行った行った!とにこり笑顔を浮かべるボニーの後ろには般若のごとく凄まじい形相をした鬼が見えて堪らずローはこくりと頷いた。どうにもこうにも女って奴は恐ろしいなとその様子を見てキッドは思ったが、実際食べ物の恨みは恐ろしいんだからなとボニーは思う。どうやらローの代わりを務めたせいでロクに食い歩きが出来なかったらしい。ムッとしたような顔でお前も来いとローに引っ張られ、悪いのはてめェだろうがと思いながら面倒くさいと思っていったのにのこのこついて行ってしまうキッドは結局ローに弱いのである。

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