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 君の瞳に恋してる!

「…あ、」
「どうかしたのか?」
「携帯、教室に忘れてきた」

じゃあなー、また明日、なんてダチと言葉を交わしながら空の両ポケットに手を突っ込んで、あるはずの存在がないことに首を傾げた。その瞬間机の中に適当に放り込んでおいたことを思い出し、面倒くせェなと舌打ち。移動教室のせいですっかり忘れていた。
早く取って来いよ、と俺が言う前に口を開いたキラーに、すぐ戻ってくると鞄を預けると急いで教室へと向かった。

さっさと家に帰ろうと急ぐ生徒で幾分狭くなった階段を上る。三階とか遠すぎんだよ、と自教室の遠さに胸中で文句を垂れながら少し早足で廊下を渡った。
込み合う階段や玄関付近と違って廊下は静かであまり人もいなかった。学校内の帰宅ラッシュが過ぎた頃だからだろうか。

だから教室の一歩手前の曲がり角で、不意に飛び込んできた藍色に驚いて反応が遅れてしまった。


「っ!、て…」
「っと…大丈夫か?」

少し向こうから聞こえてきていた廊下を駆ける音はこの合図だったのだろう。鈍い衝撃にぶつかったと思ったときにはもう遅く、顔を顰めて見やればそいつは廊下に尻餅をついていた。
そうするとぶつかられたわりに平気な俺としては居心地が悪い。見た感じひょろい奴で、簡単に当たり負けしそうだし、何より痛そうに腰を擦っていたので首を傾げると声をかけた。

「や、大丈夫…ってか俺の眼鏡知らない?」
「眼鏡?…って、これか?」

大丈夫だと首を振り、きょろきょろと辺りを見回す姿につられて周りを見渡す。だが探す間もなく、その眼鏡は然程遠くもないところで見つかった。
見つけらねェほど目が悪いのか?とも思いながら拾った眼鏡は覗くだけで眩暈がしそうなほど度がきつい。思わず目が痛くなりそうなそれに顔をそらすと、埃を払って立ち上がったそいつに手渡そうと顔を上げて。
その瞬間、かち合った視線に息を飲んだ。

「あ、それだ。ありがとな」
「……」
「どうかしたのか?」
「いや…何でもない」

ピシリと固まった俺に、ふわりとした笑顔が訝しげなものへと変わる。それに慌てて首を振ると不思議そうに首を傾げられたが、特に気にした様子もない。突っ立っている俺に、じゃあな、と声を掛けるとあっさり階段を下りて行ってしまった。

どれほどそうやっていたのか知らない。ただ廊下の奥からこちらに向かってくる誰かの話し声にハッとしたのは覚えている。
気を取り直した俺がちらりと後ろを振り返ってみても、当たり前だがもうそこには誰もいなかった。

あんな奴いたっけなぁ、と教室に入りながら思うのはそのこと。
あの印象深い澄んだ藍色の瞳は一度見たら簡単に忘れないだろうに、全く見覚えがなかった。まあ全校生徒を把握してるってわけでもないんだから、知らない奴がいても当然だろうけども。
だけどあんな、キレイな―そう、綺麗な奴だった―なら、校内で噂になっていてもおかしくないはずだ。よもやここは男子校で、男子校特有の「そういう事情」だってある訳で。男が男に告白するなんて、まあ珍しくもない話。あのぐらい整った顔をしているのなら多分周りが放っておかない、と思う。

なんて、考える俺はどうかしてるんじゃないか。
別に男に興味がある訳でもないのに、あの笑顔が頭をちらつく。もう少しあの場で一緒にいたかった、と思うのはどうなのだろう。ヤバい傾向なんじゃないか、同じ男として。

机の中から携帯を取り出して、そこで漸くすぐに戻るといってから大分時間が経っていることに気がついた。



「すごい性格が悪いとか」
「美人で性格悪いとか、それはそれで噂になりそうだけどな。でもそんな奴には見えなかった」
「一言二言しか話してないくせによく言えるな」
「勘だ、勘」

戻ってすぐに、いつまで待たせる気だ、と顔を顰めたキラーに謝ると学校を出た。説教でも貰ったか?なんて笑うキラーに今度は俺が顔を顰める番で、この幼馴染みはいつでも俺が教師に追いかけ回されていると思っているらしい。
違ェよ、と一言断りをいれてから先程の出来事を話す。あいつの容姿は見たものにしか分からないだろうけど、とりあえず綺麗な奴だった、とは伝えた。だけどその一言じゃ物足りない気がするのは何故だろう。
案の定返ってきたのは、男が綺麗でどうした、と興味のなさが見てとれる上辺だけの返事で。それに、本当にモデルみたいな奴だったんだって、と力説してから自分の語彙の貧相さと何でか必死になって返す様子に驚いた。ただ驚いたのは俺だけじゃないらしい。

それから、そんじょそこらの綺麗とは違うというのがその力説で伝わったらしいキラーと、何で噂にすらならないのか、と話は冒頭に戻る。情報がなさすぎて働かせるのは空想でしかないが。

「…キッド、さてはそいつに惚れたな」
「ん、な訳ねェだろ!大体俺が男に惚れるとかありえねェし!」
「その様子、怪しいな。…図星か?」
「っ、うるせェよ!お前はもう黙っとけ!」

もちろん冗談だとは分かっている。ただおかしそうに笑うキラーに声を荒げずにはいられなかった。
これじゃあ本当に図星みてェじゃねェか、と自分の顔に血が上っていきそうで眉根を寄せる。確かにあいつは綺麗だったがそれとこれとじゃ話が違う、と未だ肩を震わすキラーを睨み付けた。

「でも気になるんだろ?」
「別に…そういう意味じゃねェよ」

多分、という言葉は飲み込んだ。そういう意味じゃないとむしろ思い込みたい。
肩を竦めたキラーが素直じゃないと言っているようで、気に食わないのでその話はもう終わりにした。




次の日、俺は珍しくSHRに間に合う時間に学校へと着いた。
いつもなら一限二限が始まってからとか、来てもすぐにサボるからあまり教室には顔を出さないとかで、最初から真面目に来るのは数えるほどしかない。
どうせ明日は槍が降るとか大袈裟にからかわれるんだろう、なんて思いつつ教室の扉を開ければ、予想に反してそこはシンとしていた。

「おはようキッド、今日は早いんだな」
「おー…まあな」

入った瞬間漂ういつもと違う空気に首を傾げた。騒いでる奴が誰もいないし、時折思い出したようなヒソヒソとした声が聞こえるだけで何だか気味が悪い。
もちろん自分の席に向かう途中に声は掛けられたが、その全てが何だか上の空というか、予想していたものとは大分違う。おはよ、はよー、と声を掛けてくる周りの奴らのボケッとした表情を眺めながら寄ってきたキラーに眉根を寄せた。

「何かあったのか?」
「いや、これと言って何が、という訳でもないが…」

そこまで言ってキラーは肩を竦めると促すように窓際の席へと視線を向けた。
よくよく見ればほとんどの奴らがそっちを向いて、ヒソヒソと何かを話している。断片的に聞こえる会話は、あいつ席間違ってんじゃねーの?、じゃあお前聞いてみろよ、いやいや無理無理…みたいなそんな感じのもの。
一体何なんだ?と思いながらキラーの視線を追って、

「…あいつ…昨日の…」

目を見開いた。

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