Log | ナノ

 君の瞳は不毛を映す

(病んでる×ヤンデレ)


やめたいと言ったら殴られた。手首を切ったら怒鳴られた。
お願いだから元に戻ってくれと縋りついたら優しく頬を撫でられた。
もう駄目だと睡眠薬を服用して五日ぶりに目を覚ますとユースタス屋は泣いていた。



「トラファルガー」
「ここにいる」

ガチャリと扉が開く音はユースタス屋が帰ってきた音。リビングにいない俺の名を呼ぶユースタス屋に慌てて洗面所から姿を現した。
泣き疲れて眠った俺が目を覚ましたのはつい先程のことだ。
鏡で見れば案の定赤く腫れあがった瞼。急いで顔を洗ったけれど元の形にはほど遠い。

「また…泣いたのか」
「泣かせたお前が言うか」
「…ごめん」

腫れた瞼を優しくなぞるユースタス屋の白い指。なぜかいつでも熱を持たないユースタス屋の指は冷たくて気持ちがいい。

「謝るぐらいなら…、」

するなよ、とそこまで言いかけてやっぱりやめた。
俺を抱き締めるユースタス屋の腕がどんどんと強くなっていって、このままだとまた暴れられるかなあと思うと言わない方がいい気がした。暴れ出したら俺にはどうしようもできないし。

だからその代わりにユースタス屋の唇にそっとキスをする。啄むように優しく、優しく。
ちゅ、と小さく音を立てて唇を離すとユースタス屋は情けない顔をしていた。狭い世界に閉じ込められた可哀想な赤い瞳が俺を見つめる。

「どこにも行かなかったか」
「ずっとここにいた」
「ここから出てってないよな?」
「出てかないよ」

だって俺が望んでここにいるんだもん。
そう言うとユースタス屋はやっと笑った。俺はユースタス屋の笑った顔が一番すき。だからユースタス屋が笑ってくれると嬉しい。俺に笑いかけてくれるなら、なんでも。

「トラファルガー、好きだ」
「俺も」
「好きだ、好き…ごめん、好きだ」

嬉しそうに細められていた目が今度は涙で滲み、ぐしゃりと綺麗な顔が歪む。
ユースタス屋は好きだと言うとき必ずごめんと謝った。俺も好きだと言っているのに、好きでいてごめん、とでも言うように。
だがその事実が俺の仄暗い劣情に火をつける。泣くほど俺が。そう考えると背筋が震えるほど胸が高鳴った。

「泣かないで」
肩に埋められた頭をゆっくりと撫でる。
嗚咽も洩れない静かな泣き顔。きっと綺麗なんだろうなあ。その赤い瞳から涙が滴り落ちる様は。
掬いとって全部俺のものにしたい。

俺にしがみついていたユースタス屋をそっと離すとソファの上に座らせる。それでもやっぱり抱きつかれたので引き剥がすのはやめにした。その代わりゆっくりゆっくりその頭を撫でる。
なんて幸せな時間だろう。胸が張り裂けそうなほど愛しいユースタス屋と同じ時を過ごすことが俺にとってどれだけ幸せか。

だけどその幸せも長くは続かない。
ガチャリ、と忌まわしい鉄扉の開く音がする。
ロー、と控え目に名前を呼ばれて逆光に伸びる影を睨み付けた。

「邪魔するな」
「…そうはいかない」

ほとほと困り果てたような顔をして、時間だ、とペンギンは言った。
暫しの間俺はペンギンを睨み付けたが、困ったように眉根を下げられるだけで扉が閉まる気配はない。仕方なく俺はユースタス屋の手を掴んだ。

「ユースタス屋、」
「いやだ」
「大丈夫、俺も行くよ」
「トラファルガー、いやだ、ロー、ロー…」
「大丈夫だから」

離さないから、と強く握られた手をしっかりと握り返した。大丈夫、おいていかない、一緒に行こうとユースタス屋を宥めると、不安に揺れていた瞳が徐々に落ち着きを取り戻す。

「おいで」

腕を引くとユースタス屋は黙って着いてきた。
相変わらず外は真っ白だ。




「なんで同じ結果を見るために何回も診察させるかな」

健康状態は問題なし、外傷も特になし。なのにペンギンやキラー屋たちは決まってユースタス屋を引き出して定期的に診察をしたがる。

「そんなに俺のカウンセリングは怪しいか?」
「そもそもあんたは外科医でしょ」
「メンタルをケアするのは恋人が一番だ」
「…専門家に任せた方がいいんじゃ」
「お前にユースタス屋は渡さないからな」

ぼそりと呟いたキラー屋を睨み付けると、そういう意味で言ったんじゃない、と小さく反論された。
信じられないんだよ。呟いた俺にペンギンが泣きそうな顔をする。

「ロー、お願いだからあいつは専門家に任せよう」
「嫌だ」
「ユースタスはいま情緒不安定だ。暴力的にもなるし、そのうち命に関わってくるかもしれない。それにあんな密室に二人きりでいたらあんたの精神面にだって影響が…」
「嫌だ!」

ドンッと力強くディスクを叩くとペンギンの肩がびくりと震えた。
ロー…と情けないような困ったような声を出されてギロリとペンギンを睨み付ける。怯えるその体はキラー屋がそっと抱き締めた。
何もかもが気に食わなくて舌打ちをする。

「あんた、やっぱりおかしいよ…今のあんたは…」
「なんとでも言え」

俺は戻るぞ、とペンギンの言葉を途中で遮ると白衣を滑り落として白い扉を開く。引き留める声はない。
そのまま無機質な廊下を渡り、エレベーターに乗って六階へ。渡り廊下を渡ったらそこは本棟から隔離された精神重病患者の特別病棟だ。囚人さながらの管理体制、鉄格子の嵌まった鉄扉を尻目に見慣れた番号へと脚を向ける。

ポケットから鍵を取り出す。薄汚れた白熊のキーホルダーはずっと前にユースタス屋が俺にくれたもの。
あの頃にはもう戻れない。

「トラファルガー…!」
「ごめん、ユースタス屋。一人にして」

あいつらに捕まって無駄な時間を食ったせいでユースタス屋を一人きりにしてしまった。ごめんな、と何度もその頭を撫でて呟くと強張った体から力が抜けていく。
じっと俺を見つめる濁った赤い瞳。昔はもっときらきらと輝いていた。ルビーのような瞳だった。


『もう、戻れないのかな』


部屋を出る間際、ペンギンが小さく呟いたその言葉。何もない白い部屋にはやけに響いた。そして俺の脳内で木霊する。


「トラファルガー…ロー、好きだ…お前は俺のものだよな?どこにも行かないよな?」
「どこにも行かない。俺はずっとお前だけのものだよユースタス屋」


でもいいんだ。どうせ戻れないなら、もう、




[ novel top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -