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 変態画家とモデルの受難

(大学で美術専攻なキッドとそのモデルなロー)


モデルを取っ替え引っ替えしていたあのキッドが今熱を上げている人物がいる。その事実だけでも十分驚きなのに何とその相手は男だと言うのだから益々驚きだ。



その男はペンギンが冗談半分で連れてきた、彼の幼馴染みらしい。名はトラファルガー・ローと言った。酷くやる気のない顔をしていて何故自分がここに連れてこられたのか判らないというような顔をしていた。大概興味のなかった俺は挨拶もそこそこに直ぐカンバスに向かったがどうやらキッドは違ったらしい。ガタッといきなり立ち上がると俺のモデルになってほしいとこれまたいきなりトラファルガーに詰め寄った。トラファルガーは強く握られた両手と突然の申し出にじろじろと怪しげにキッドを見ていたが何たって可哀想なのはつい三十秒ほど前までキッドのヌードモデルをしていた女だ。どうかしら私いい体してるでしょとやはり三十秒ほど前まで自信満々な顔をしていた女は突然出てきた訳の判らない男に横槍されて酷くプライドを傷つけられたに違いない。案の定、キッドあんた最低!と女のヒステリックな声がした。何か言ってるけどと相変わらずやる気のない声でトラファルガーがキッドに言うも、気にすんなと両手は未だ握り締めたまま。それにいよいよ女の怒りが頂点に達したのか、あんたには頼まれてももうしてやんないから!と捨て台詞並みに吐き捨てて服を着て出て行った。勝手にモデルさせてとか言って脱いだくせにとキッドが酷く面倒臭そうに言う。それにトラファルガーが早く手離してほしいんだけどとどうでもよさそうに言った。



結局トラファルガーが現れたのはその日一日だけで、やはりただの戯言に過ぎなかったのかと思うと実はそうでもなかった。次の日もそのまた次の日もトラファルガーは現れなかったが同じようにキッドもアトリエに来なかった。これは一体どうしたことか。トラファルガーは部外者だから現れなくて当たり前だがキッドが来ないことなんて今までほぼないに等しかったのだからいよいよ何かあったのかと、そう思い始めた頃にキッドはひょっこりと戻ってきた。酷く疲れたような顔をしたトラファルガーを連れて。
その一瞬で語らずとも全てが見えた。来る日も来る日もキッドはトラファルガーを口説いていたに違いない。満足そうなキッドとどうにでもなれと投げ遣りに椅子に座ったトラファルガーは大方根負けした具合だろう。終わったあとも俺の専属モデルになれと異様に近い距離で話すキッドにトラファルガーは人一人殺せそうな勢いでペンギンを睨み付けていた。それにペンギンはさりげなく視線をそらしたのだけれど。



それからトラファルガーはちょくちょく現れるようになった。どうやら二人の間に協定が出来たらしい。キッド曰くトラファルガーが暇な時間にモデルをしてもらっているのだと言うこと。そのわりにはペースが頻繁なのでペンギンに聞けばローはバイトも何もしてないから講義が終わればあとは暇なんだと言う。なるほど暇な時間イコール講義が終わったら毎日俺のところに来いということか。暇な時間という比喩はあたかもトラファルガーが自ら好んで来ているように思えるがこの事実を知らない奴は皆そう思っているのだろう。気の毒な奴だとその時初めてトラファルガーに同情した。



最近は私のこと描いてといきなりキッドの目の前で抜き出す女も列を作る女もいなくなった。その代わりにトラファルガーがよく来た。キッドは今までモデルを取っ替え引っ替えしていたのが何だったのかと思えるほどトラファルガーにお熱だった。こちらとしては目と鼻の先で繰り広げられる修羅場よりもいきいきとやる気なさげなトラファルガーを描かれる方が全くもって問題ないが俺にはキッドの思考回路も全くもって判らなかった。さすが将来有望と言われるだけあって天才様は感覚が違うのだろうか。ペンギンにそう言えば例え平凡だと言われても俺はボンキュッボンの方がいいと言ったので全力で同意しておいた。そのトラファルガーの何がいいのかとキッドに聞いたこともあるが物凄く長くなるけどいいか?と真面目な顔して言われたので丁重にお断りさせていただいた。

そんなこんなで案外平和な日々を過ごしていたのだがやはり平和というものは存外続かないもので、その平和を作ったのはキッドだったがぶち壊したのもキッドだった。
無理無理無理無理!とトラファルガーが大声を出している。あのやる気なさげな表情も酷く焦ったものへと掏り変わっていて一体何事かとペンギンと顔を見合わせた。もちろん原因はキッドだが今回はどの言動が引っ掛かったのだろうか。頼む!と頭を下げるキッドにトラファルガーは青い顔してブンブンと首を横に振った。大体何で俺が!お前の我儘には散々付き合っただろ!と叫んだトラファルガーに心中で同意した。全くその通りだがキッドはこれ以上何を望んでいるのか。そう思っているとお前がいいんだよ、俺はお前のヌードを描きたいんだ!と知りたくもない情報が右耳から入り込んできて慌てて聞き流す前に脳がすっかり処理してしまっていた。トラファルガーのあの動揺っぷりの原因はこれかと思いながら一度言ったら絶対引かない幼馴染みの性格を思い知らされている俺はやはり心中でトラファルガーに合掌した。



俺もうお前のモデルなんて絶対しない!
久しぶりに聞いたなそのセリフと思いながらキッドの引き留めも聞かず出ていくトラファルガーを見送る。結局ヌードをやらされたらしい。あのあとトラファルガーを宥めたキッドがそのまま家に連れて帰ってそこでさせられたとか何とか。キッドのベッドの上で。キッド、本当にトラファルガーのヌードを描いたのかと至って冷静に問えばキッドは描いたの見るかとご機嫌に言ってきたのでやはり丁重にお断りさせていただいた。キッドも描いたと言っているしローもヌードをやらされたと酷く項垂れていたとペンギンも言っていたが俺たちが考えてみるにあの二人は描く描かれるのみでは済まされなかったのではないだろうか。つまり食う食われるというところまでいってしまったのではないかと言うのが俺とペンギンの結論だった。そう考えるとアトリエにやってきたトラファルガーの第一声も納得がいくし、大体ベッドの上ってのが怪しすぎる。ということはあれは知らない間に恋人同士なんてことになってたんだろうかとペンギンに言えばそれはないと否定された。でもなるとしたらそのうちなるなと呟いたペンギンにキッドもなかなかやるもんだなとトラファルガーの尻を追いかけていなくなった天才様にでもそれなら順番違わないかとぼんやり思った。



それからまたトラファルガーのいない日々が続き、言わずもがなキッドのいない日々が続いた。どっちもいない方が平和だななんて思った矢先にキッドがひょっこりと戻ってきた。相変わらず疲れたような顔をしたトラファルガーを連れて。一体どうやって関係を修復したのか知らないがトラファルガーはキッドの専属モデルに戻っていた。キッドは毎日楽しくて仕方ないというような顔をしていたがトラファルガーは毎日疲れてますという顔をしていた。



それからたまには喧嘩も、というか一方的にトラファルガーがキレてそれをキッドが追いかける、というのもあったがトラファルガーはほぼ毎日キッドのモデルをしにきた。相変わらずやる気はなさそうだが前より嫌々感がなくなったような気がする。それをペンギンに伝えればそりゃ一応付き合ってるからじゃないか?と言われて、ああとうとうと呟けばペンギンも黙って頷いた。



最近トラファルガーはよく包帯を巻いてくる。それは首だったり腕だったり足だったり。それは格好にもよっていて、首ならば肩が広く開いた服を。腕ならば五分丈ほどのものを着用し、足ならばだぼだぼの上一枚だ。下は物凄く嫌そうな顔をしながらキッドの前で脱いでいた。最近怪我が多いなと話しかければ全く虫酸が走ると返された。なのでキッドにトラファルガーの容態はどうだと聞けばあいつは別に怪我なんかしてねェよと言う。あいつ細ェし顔色も悪ぃし、しかも色黒だから包帯生えるし似合うんだよと言ったキッドに訳が判らずポカンとしていれば一種の病的なエロティシズムだと付け加えられた。包帯の下に隠れた傷痕、滲む血痕、傷口をさらに抉って傷付けたいような加虐心とそっと撫でて抱き締めたいような庇護欲の二律背反が良い具合に混ざり合ってるだろと言ったキッドに悪いが理解できないとそそくさとその場をあとにした。いつまで包帯すんだよと不機嫌そう言ったトラファルガーに俺が満足するまでと耳元で囁いていたキッドにはこの際目を瞑る。全く家でやれ家でと思いながらトラファルガーもよくやるなとペンギンに言えば常にヌードとの二択らしいとトラファルガーに哀れみの視線向けていた。あんな天才もとい変態に惚れられてしまったのが運の尽きだなと思いながら言っておくがこんなことになってしまった元凶はトラファルガーを連れてきてしまったお前だぞと言えばペンギンは反省していると事も無げに言った。




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