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 初めまして、こんにちは

(人間×化け猫)

久しぶりに実家に帰ったら変な奴がうろちょろしてやがる。

変な奴、ってのは別に変質者だとかそういった類じゃない。もっと限定的な、言うなれば化生。しかも子供?だろうか。
奴らに子供という形があるのかは不明。だが大きさ(多分俺の腰ぐらいしかないだろう)的にもその幼さの残る顔つき的にも子供としか思えない。

そいつは襖の隙間からじっとこちらを覗いていた。俺は畳の上で奴に背を向けて横になっている。なら何故奴の存在が分かるのか。答えは簡単だ。消えたテレビに奴の姿が映っている。
それにしても確実に五分はこの状態だろう。まさか人間が珍しいとは言わせない。何せ奴らが視えない人間はたくさんいても人間を視えない奴らはいないのだから。なのに後ろのそいつは馬鹿の一つ覚えみたいにこちらをじっと見つめていた。

試しに少し身動くと奴は驚いたように肩をびくりと震わせた。頭についたふさふさの耳がぴくりと揺れる。
その姿を見てふと思う。化け猫、だろうか。耳がぴょこんと覗き、お揃いの尻尾がゆらゆらと揺れている。

いつもの俺なら気付かないふりをするし放っておく。関わっていいことは一つもないからだ。だがこいつに関しては少しその気も失せている。猫耳を生やした少年と思うと何とも化生とは思えないからだろうか。もしかしたらそうやって何人もの人間を騙しているのかもしれないのに。
でもどうせ暇だった。出不精な俺は正月だろうと何だろうと、今年も実家に帰ってくる気はなかったのだ。親父からの電話がなければ。だから奴がこそこそと襖の奥から出てきて俺の側に近寄ってきても俺は寝たふりを続けたし気づいていないふりをした。薄目を開けて様子を伺えば奴の足が目に入る。ごろりと仰向けになり体勢を変えれば恐る恐るといったように覗き込まれて笑いそうになった。
だからついつい興味津々といったように伸びてきたそいつのその手を掴んでしまったのだ。

「わっ、わぁ!なななんだお前は!はなせ人間!」
「てめェから近寄ってきたくせに何言ってんだ」
「やだやだっ、はなせばかぁ!」

掴んだ瞬間騒がれて、その餓鬼特有の騒がしさに眉根を寄せる。あまりに離せとうるさいものだから従って離すと突然離された手に目を見開いてそのまま畳に尻を打ち付けていた。
その姿がどうにも化生とは思えず笑うと微かに涙が滲んだ瞳が俺をキッと睨み付ける。

「人間のくせに!」
「まあそう怯えるなよ」
「おびえてない!」

怯えるのはお前の方だと指をさして怒鳴られて、まあ普通ならそうなるよなと肩を竦めた。怯えるってかびっくりするの方が正しいだろうけど。
ただ生憎うちは神社をやっていて祖先は陰陽師という大層な家系らしい。俺はそういうのに全く興味がないが視えることには変わりないし、うちの家系で視えない奴はほとんどいないぐらいだ。だからこういったことには慣れていた。だけど目の前の餓鬼はそれがいたく不服らしい。

「なんで…なんで平気なんだよ…」
「あ?」
「びっくりするとかこわがるとか…!」

なんかあるだろ!と言ったこいつに、そう言われてもなあと適当に返すと俯かれる。大体お前の成りじゃ一般人でも「かわいー!」で終わりそうなレベル。
まずそこから…と言おうとして俯いた瞳に溜まった涙にギョッとした。泣かれる、と思ったときには大粒の涙が頬を伝っていた。

「何泣いて…」
「やっぱりおれが、混血だから…っ、だからみんな…」
「あ、まて、泣くなよ」

こんな姿誰かに見られたら困る。化生を泣かすとかどういうことだ。
それでもぐずるこいつの涙は止まらず、仕方なく半ば強引に涙を拭ってやる。よく分かんねェけど泣き止め、と言えば、命令するなと泣きながら腕を振り払われた。

「人間の、ほどこしは…っ、うけな…」
「人間嫌いは結構。だけど泣くのはやめてくれ」

人間が嫌いな化生は珍しくない。人間だって魑魅魍魎を忌み嫌う。同じことだ。
泣きたいならどっか行け、と言えばぐっと唇を噛み締めて睨まれた。それを尻目に涙を拭うとぐずるこいつの頭を撫でてやる。化生に情が沸くとは自分でも信じられないがそれでも少し可哀想に思えてしまったので、何かないかと辺りを見回す。当たり前だが何もない。それならとポケットを探れば一つの飴玉が見つかった。

「ほら、これやるから機嫌直せ」
「…食いものじゃつられな」
「いいから口開けろ」

包みを解くと現れ出たピンクの塊。命令するな…と言いつつ小さく開かれた口の中に入れてやる。
カラ、と音がして小さく見開かれる瞳。

「…あまい」
「気に入ったか?」
「…ん」

ふわりと部屋に香る甘い匂いはイチゴミルクだ。
キラーに貰ったのを無造作にしまっておいたのだが、捨てなくてよかったと思う。

「つかお前、こんなとこで何してんだ」
「…住んでる」
「はぁ?」

泣き止んでよかった、と思うと同時に湧き出る疑問。それを素直にぶつけた上で返ってきた答えに眉根を寄せた。
住めるはずないだろう、こんなところに。曲がりなりにも陰陽師の家系、見つかった化生は全て殺されるか、契約を結んで支配下におかれるかのどちらかだ。

「じゃあこの家の誰かと契りを交わしてんのか」
「してない」
「おかしいだろそれ。何でここにいられるんだ?」
「だって…」

そういうと奴は不意に俯いた。それでまた泣かれても困る。仕方なくなるべく優しい声で続きを促した。

「言ってみろ」
「…だって、お前が初めてだ…おれがみえるやつに会ったの」
「ちょっと待て。…お前が初めて会った人間が俺ってことか?」
「ちがう!いままでいろんな人間に会った」
「じゃあそいつらが偶々視えない人種だっただけ…」

でもそう考えるとおかしいな。

「お前、この家の人間には――」
「キッドー!お前いつまで寝てんだっ、て…起きてたか」
「げ、ボニー…」
「なんだそのリアクションは!可愛い姉ちゃんが直々に起こしに来てやったんだぞ!」
「分かったから構うな構うな」
「ったく、相変わらずかわいくねーの!…もうちょっとしたら夕飯だからな、ちゃんと来いよ!」
「言われなくても勝手に行くから」
「ホント可愛くねー!」

いきなり襖が開いてどきりと心臓が跳ねた。なるべくなら事は荒げたくないと、慌ててこいつを隠すような体勢をとったがそれにしたって無理はある。
バレるのを承知であくまで会話を普通に続けていればボニーは何事もなかったかのように部屋を出ていってしまった。姉ちゃんはこんな可愛いのになんでキッドはあんなに云々とか腹立つことを言いながら。

まさか本当に隠しきれた訳じゃないだろう。
どうやらこいつの存在には気づいてなかったみたいだ。ボニーだけ視えねェなんてことも考えられねェし、なら本当に…。

「…何で俺には視えるんだ」
「知るかそんなの…」

じっと目前のこいつを見据えながらぼそりと呟いた言葉にこれまたぼそりと返される。
まあ…考えても分からないことは置いといて、本当に俺以外に視えないとなると確かにここに住み着く(というより居座る、だな)ことはできるだろう。でもここにいるなんて、行く宛がないのだろうか。

「お前一人か?」
「…捨てられたから」
「捨てられた?」
「ん…その前は一人じゃなかった」
「誰に捨てられたんだ?」
「村全体から」

混血、だから。
俯くと掌をぎゅっと握ってこいつは小さく呟いた。その言葉を恐れるように声色が震えている。

「村全体、なぁ…」

暫し回想に耽る。大分昔に教わった事柄を総動員して考えた。
化生にも良し悪しがあるが面白いことにそいつらと人間の根本原理は変わらない。共同体を作るし、はみ出る異端は罰するし、奴等なりの自治を運営して人間界と均衡を保っている。それでもはみ出す奴はいるわけで、人間界に入り込み悪事を働く奴を処するのが陰陽師の仕事だった。それは今でも変わらないし、こいつの言う村も人間のそれと然程変わりないのだろう。

なら次は混血だ、が…残念ながら俺はこれについてよく知らない。くだらないと学ぶのを途中で投げ出した身だ。
まあこいつの言い方からして良くはないらしいけど。

「混血だと何か問題あんのか?」
「不吉、なんだ…不幸を呼ぶって言われてる」
「引き留めてくれる奴は?」
「…一人だったから」
「…?けどさっき一人じゃなかったって」
「村の人がいたから。だけど誰か側にいるってわけじゃない。最初から一人」

別に慣れてるから平気、と諦めたように呟くその顔を見つめる。
生まれたときから一人だったのだろうかとか、混血とはそんなに忌まれるものなのかといろいろと疑問はあったが、一つ確実に分かったことはこいつが「可哀想な奴」ってことだ。

俺も退屈すぎて頭がおかしくなったのかもしんのェ、と思いながら、何となく目の前のこいつを放っておくことは出来なかった。
まったく、参るな。関わらないって決めてたのに。

「契るか、俺と」

なのに気が付いたら口がそう勝手に動いていた。
もちろん奴が目を見開いたのは言うまでもない。俺だって冷静にしておきながら頭の三分の一は何言ってんだと驚愕に溢れている。
こんな餓鬼、しかも不吉と罵られている噂の混血児を一体何のメリットがあって契ろうと言うのか。交わした契りは永遠に破ることはできないと言うのに。

「なに考えてんだお前」
「俺もよく分からねェ。ただ嫌ならいい」

大抵の化生は契りを嫌がる。当たり前だ、交わした主に一生自分を縛られるのだから。主の手足となるのだから。
だが主もまたそれ相応に対価を払う。自分の精神力に合う化生でなければ隙を作った瞬間喰われてしまうからだ。多大なる技術とそれを上回る精神力、それが対価だった。獲物が大きくなればなるほどそれは必要になる。
ただこのぐらいなら俺でも…というのが正直な感想だった。まあ化生と契ったことはねェからどんなもんかは想像するしかないが…多分、な。大丈夫だろう。

「お前、名は?」
「……ロー」

たっぷり二拍置いてそいつは答えた。どうやら俺と契りを交わしてくれるらしい。まあこれで「一人」じゃなくなるしな。

「そうか、俺はユースタス・キッドだ」

この世界で名と言えば大抵は真名のことを示した。真名を握ることは命を握ることに等しい。強力な化生ほどそれは顕著に表れた。

ローの額に手を翳すと、ぼうっと青白い光が浮かぶ。昔覚えた記憶を総動員して呪いを唱えた。ここで一つでも間違えれば弾かれて化生に飲まれるのが常だが……次第に光が強くなっていき、俺の唱える口調も強くなる。最後の節を唱えたところで光がローの額に契りの証を刻み込んだ。どうやら成功したらしい。
うろ覚えとはいえ叩き込まれただけある。脳よりも体が覚えていたんだろう。

「…で、だ。これで今日から俺がお前の主になるわけだ」「ご主人さま?」
「あー…何かそれはちょっと…別に好きに呼んでいいから」
「じゃあ…ユースタス屋」

翳した手を下ろすと、俺を変な渾名で呼びながら、証をつけた化生―ローはどこか嬉しそうに笑う。気まぐれもここまでくるとただの物好きだなァ、なんて苦笑しながら小さな使い魔の頭を撫でた。




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