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 催眠術の深入り

(霊感有×無de第三弾)

「ユースタス屋…いつまで?」
「さぁ。でてくるまでだろ」

さして興味もなさそうに言ったユースタス屋を軽く睨み付けるが肩を竦められて終わる。
全くいつまでこうしてればいいんだ。だんだん腕が疲れてきた。


そもそも俺には霊感ってやつが皆無だ。そりゃ寒気がするだとか空気が重たいだとかは何となく分かるけど…ユースタス屋と違って何も見えない。
一度はこの目で見てみたいってのもあって俺はよく見える(らしい)ユースタス屋を連れて心霊スポットを歩き回る。でも結局見れたことなんて一つもなくて。それをユースタス屋に八つ当たりよろしくぶちまければ、じゃあ試してみるか、と。

いつも連れ回そうとする度に疲れたような顔をするユースタス屋にしては珍しく自分からの提案だった。どちらかと言えばそういう系は嫌いな(だから見えるのがすごく嫌らしい)ユースタス屋がそんなことを言うなんて驚きで、だから俺もその話に乗った。

内容は簡単だ、と言ったユースタス屋の言う通り、本当にこんなんでくるのかと思うほどやり方は簡単だった。
時間帯は二時から四時までの二時間。その間お互い向かい合わせに座って指を絡めて手を握り、視線を合わせる。ただそれだけ。ただし条件があって、それも絶対に目をそらしてはいけないというような、至極簡単なもの。

「…本当にこんなんでくんのかよ」
「そりゃお前次第だろ」

俺、次第?
そう言ったユースタス屋の意味が全く分からなくて口を開こうとすれば黙れと先手を制される。仕方なく開いた唇を閉じるとユースタス屋の目を見つめた。

最初はどこか気恥ずかしくて、何だかユースタス屋の目ばかり意識してしまっていた。でも時間が経つにつれて(と言っても今どれほど時間が経過したのかは分からない。何せユースタス屋の目以外は見れないんだから。)ユースタス屋の目というよりは、その中に映る俺をじっと見つめているような気分になってきた。赤い瞳の中に映る俺自身と目を合わせている、ユースタス屋の目はそれを通す媒介でしかないような、いわば鏡のような、何だかそれがひどく変な気分だった。
ユースタス屋もそう思っているのだろうか。
どれほど時間が経ったか、何にも変化がない上に面白くない。もう止めよう、と口を開こうとしたそのとき視界の隅で何か黒い影みたいのがサッと横を通り過ぎた。
何だあれ。俺の表情がそう物語っていたのか、ユースタス屋はそれを見て、やっと視えたか、呆れたように言った。どうやらユースタス屋は最初から見えていたらしい。そんなこと言ったって、俺はお前と違って見える体質じゃないんだから仕方ねぇだろ、と眉根を寄せて言おうとすればまた視界の隅で影が通り過ぎる。でも今度はさっきみたいに一瞬じゃなくて、ゆっくり、蠢くように。俺の横を這って、それで、ユースタス屋の後ろに回り込もうとしているような。
それにしたって妙な動きだ。まるで波打つみたいして全体が揺れている。引き摺ってるようにも見える。
もっとよく見ようとして視線を向けようとすればギュッと強く手を握られる。俺以外見んじゃねェ、と何だかユースタス屋は怒ったように言った。

「これじゃあよく見えねぇだろ」
「すぐに視える。全部な」

少し手の力を緩めてユースタス屋はそう言った。
その意味はすぐに分かった。
あの黒い影みてぇなのが視界の隅から消えたと思ったら、どうやらユースタス屋の背後に回りこんでいたらしい。やっぱり視界の隅でちらりと確認することが出来た。
でも何か形が違う。俺の横を這っていたときは平面で上から押し潰されたみたいにして平らに波打っていたのに、ユースタス屋の背後で蠢くそいつは座っているユースタス屋よりでかい。普通あのままの形ならユースタス屋に隠れて見ることなんて出来ない。なのに、何だかどんどんでかくなっていくそれは…人の形?

「ユースタス屋、」
「幻覚だ」

鋭い声が間髪入れずにとんでいて視線をそらそうとした俺の手にギリギリとユースタス屋の爪が食い込む。
幻覚?でも確かにそうかもしれない。
だって、ユースタス屋の後ろにいるのは、紛れもなく、俺だ。
気持ち悪い。まるで冷水を浴びせられたように体が凍えて、ユースタス屋の手を振り払おうとすれば折れてしまうんじゃないかと思うほど握られる。ギリギリと食い込む爪もそのままで、その痛みだけが唯一俺をここに引き留めているような気がした。

「幻覚だ」

ユースタス屋はもう一度はっきりと呟いた。それは何だか自分に言い聞かせているような気もした。
そこでふと思う。
なら、ユースタス屋は俺の後ろに自分自身を見ているのだろうか。

そう思うと何だかゾッとした。今まで何も感じなかった背後がひどく気になる。でも振り返ることはユースタス屋が許さない。
四時まであとどのくらいだろうか。早く終わって欲しい。

それだけを思いながらユースタス屋の手を握った。そうすればユースタス屋の背後にいる『俺』が、ユースタス屋の顔の脇から手を伸ばす。同時に左の視界に、にゅっと白い腕が現れた。これは俺の背後にいる『ユースタス屋』の腕だろうか?
触れられてはいけない、と直感的にそう思った。
でも身を引こうにも背後には『ユースタス屋』がいる。そもそも強く握り締める手が相変わらずそれを阻止していた。

どうにもこうにも出来なくて、でも目をそらしてはいけないということは、目を瞑ることも出来ない。徐々に近づいてくる腕に息を詰めた。
あと、もう少し――…。


ピリリリリリ
不意に重苦しい空気が一瞬にしてなくなり、全身の力が抜けるような脱力感に捕らわれる。握られすぎて感覚が麻痺した手を離すと息を吐いた。
危なかった…。

四時にアラームをセットしといて心底よかったと思う。変な気を使って疲れた俺はぐったりしているっていうのに電気を点けたユースタス屋は笑っていた。

「…なに笑ってんだよ」
「お前暗示にかかりやすいだろ」

は?と顔を顰めるとユースタス屋は、今のはただの催眠術の一種だ、と種明かしするように言った。他人を通して自己を垣間見れるっていう、よくある集団催眠。
なんだよそれ、と唇を尖らせて言えば、大体お前はなぁ、とユースタス屋の説教じみたお決まりのセリフ。はいはい、と聞き流すように返事をすればユースタス屋はため息を吐いた。
これでユースタス屋が何であんな提案をしてきたのかはよく理解できた。大方俺を怖い目にあわせて(それも安全に)くだらない(とユースタス屋は思っている)心霊現象へのこだわりを取り払おうとしたんだろう。俺次第っていうのも、俺が催眠術にかかるかどうかで決まるってことだ。
そんなぐらいじゃどうにもならないこと、お前が一番知ってるくせに。

それにしても、と俺はユースタス屋の顔をじっと見た。この世のものではない存在は、人間の能力を超えた力をもって現れると言う。だからその存在は暗闇の中でもはっきり見てとることが出来るし、目の悪いユースタス屋がコンタクトなしに裸眼でもしっかり確認できるってんだから、それも一つの(つまりこの世のもので在るか否かの)判断材料だと前に言っていたことを思い出した。

なら、今の場合は?そのときは何とも思わなかったけど、今考えれば不自然だ。暗闇に目が慣れたから、とかありきたりな理由ならいくらでもとってつけられるけど。

「…ユースタス屋」
「あ?
「俺、暗闇でもお前見ること出来たよ」

そう言うとユースタス屋は一瞬だけひどく嫌そうな顔をして、暗闇に目が慣れただけじゃねェの?ととってつけたように言った。




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