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 廃墟ツアー始めました

(霊感有×無de第一弾)

最悪だ。何で、こんな所に。




ガチャガチャ

「…やっぱ無理だ。打ち付けられてる。…帰るぞ」
「だから!諦めが早ぇんだって。退け」

不服そうな顔をしたトラファルガーに溜息を吐くと仕方なく場所を譲る。最初はガチャガチャ、次にはバンバン、終いにはガンガン、と大きくなっていく音に何もせず、黙って横で聞いていた。こうなったら気の済むまでやらせるしかないのだ、と扉と一人格闘する姿を見つめながら独り言ちた。

しかしどうにもこうにも音が響く。今は夜で、それでいて人気のない、静かな場所だから余計にそう感じられるのもしれない。これで近所の住民が聞きつけて、通報されたり何だりされなければいいのだが。大の男が二人、心霊スポットに入ろうと躍起になって不法侵入をしでかそうとした、なんていただけない事実だ。

ガタンッ、と不意に一際大きな音がして、ギィっと不吉なまでに嫌な音―侵入を許した証の音だ―が耳に入り込んでくる。それに顔を顰めた。

「ほら見ろ」

満足気に言ったトラファルガーが、これまた満足気な笑みを浮かべて、ちらりとこちらを見やる。その視線を受け止めることはせず、蹴り倒された挙句止む無く開いてしまった扉に二回目の溜息を吐いた。誰だもっと頑丈に施錠しなかった奴は。



「なんか…思ったよりもキレイだな」
「…てめェの目は節穴か?このどこがキレイなんだよ」
「だから、『思ったよりも』って言ってんだろ」

響く足音もそのままに、奥へ奥へと進んでいくトラファルガーの後を仕方なく追いかける。中は真っ暗、と言ってもいいほどで、懐中電灯がなければ自分の足元すらも危うい。それでもまさか数十メートル先まで、なんて使えるものでもないから、危険を察知することはほぼ皆無で―その危険が目前に迫った瞬間のみという、足元を照らす以外は何とも役に立たない道具だとも言えた。
こんな時はいつだって、頼れるのは己の勘と、人より幾分鋭い感覚と、あとはこいつに付き合わされて養われた経験だけだ。最後の一つは不本意極まりないが。


「本当なんもねぇよ。…つまんねぇ」

半歩先を歩くトラファルガーはそう言って愚痴をこぼした。


―…一体全体、こいつの目はどこを見ているのだろうか。

目の前には割れた硝子窓、その下には硝子片がバラバラと散らばっている。懐中電灯の電光を横にずらせば赤褐色をした壁が現れた。この壁はもとから赤褐色をしていたのか、何て見れば一目で分かる。これはきっと血だ―それも大量の。

昔ここで殺人事件があったらしい。一家惨殺、バラバラ死体殺人事件。結局のその事件は迷宮入りで―そして何故かこの家が取り壊されることはなかった。何故取り壊されなかったのか、何てのは知るよしもないが、おかげで今は立派な―不満そうな顔をして室内を見渡す、この横にいる馬鹿みたいな奴が挙って来たがる―心霊スポットの一つとなっている。

壁の赤褐色は、きっとそのときの血ではないだろうか。想像しただけで吐き気がする。それを何もない、だなんてやっぱりこいつはどうかしている。

「―…もう十分だろ。帰るぞ」
「なにが十分だ。…せっかくここまで来たのに、なにも見ねぇで帰るなんてもったいないだろ?」

そう言ってトラファルガーはこちらを振り向くと、にやりと口角をつり上げた。それに眉根を寄せる。
何を言っても無駄だと、そんなこと分かりきってはいるが、それでも言わずにはいられない。やっぱりでるなら水場かな、と暢気に風呂場を目指すその背中に声をかけようとした―瞬間。



ジリリリリリ



「…そうこなくっちゃ」

楽しげに呟いたトラファルガーの不釣合いな声がそこに響く。それに負けじ劣らず響いたのは電話の音で―それはちょうど俺たちの向かって左側にある、古びた電話台の上に置かれていた。

カツカツ、と足音を響かせてそちらに向かうトラファルガーの腕を掴む。本能的だ。

「取るんじゃねェ」
「ビビッてんじゃねぇよ」

人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、腕を振り払うと歩みを進める。
確かに殺しても死なないような奴だ、大体は放っておいても問題はない―そう思って易々と放されたままにしたのが悪かった。
トラファルガーの懐中電灯が電話台を照らす、その瞬間だ。




―…その足元で、なにかが蠢いている…―




「馬鹿野郎!」

咄嗟にパーカーのフードを掴むと息が詰まったような、何とも間抜けな声が聞こえたが構ってはいられない。

―ヤバイ、近づいてくる…っ!



「ちょ、っ!なにすんだユー、」
「いいから逃げるぞ!」

げほっ、と咳き込む音が聞こえて首を押さえるとトラファルガーは俺を睨みつけてきた。だがその舌が悪態を吐き終わる前に腕を掴むと扉に向かって駆け出した。

「おいユースタス屋!」
「黙って走れ!後ろは振り向くんじゃねェぞ!」

形振り構わず叫んで―そう言った瞬間、しまった、と思った。
右と言われれば左、上と言えば下を見るような奴だ。
―振り向くな、と言われて、振り向かない訳がない。


「…なにもねぇけど」
「あぁ゛?!てめェ人としてどっか欠落してんじゃねェのか?!霊感なんぞなくてもそんぐらい察知出来んだろ!」
「俺を馬鹿にしてんのかこの野郎!俺がなにもないっつったらなにもないんだよ阿呆が!」

そもそも幽霊なんて非科学的なものは〜と、またここにきて訳の分からない説教を垂れるトラファルガーに、んなもん後でいくらでも聞いてやるから走るのに集中しろ!と一喝する。何故こうも鈍感なのか―空気が冷たいだとか嫌な予感がするだとか、それぐらいは危険察知能力として本能に備わっているはずなのに。
ドタバタと喧しく逃走する様は端から見れば滑稽かもしれないが、俺たちは―少なくとも俺は―かなり必死だ。何せこちらが振り切った様子も、なにかが追いかけてくるのを止めた様子もない。何も視えねェこいつにはさっぱり意味不明だろうが、ずるっずるっと何かを引き摺るような音に似合わぬ素早さで確実に近付いてきていた。


「―…おい、クソッ…どうなってやがる!」

バンッと扉を勢いよく叩いたが、開く様子はない。確かに開け放しておいたはずの扉は何故か閉まっていて、びくともしなかった。
―…閉じ込められた。
クソッ、ともう一度呟いて舌打ちをすると後ろを振り返る。

…おいおいそりゃ反則だろうが!


「頭下げろ!」

言うが早いか、そう叫ぶとトラファルガーの頭が下がる。どうやら本能的に危機を察知したらしい。ギリギリまで察知出来ないとは相変わらず使えない―だが上出来だ。
間一髪、と言っていい。数メートル後ろから、勢いをつけて俺の目前に伸びてきた黒い影のような―これは腕でまず間違いないだろう―とにかくそれが俺の目前を切って扉に触れている。あのまま突っ立っていたら完全にトラファルガーの首根っこは掴まれていただろう。そしたら多分、引き摺り込まれてお仕舞いだ。

ずるっずるっ、とまた引き摺るような音を立てて腕が退いていく。

「ユースタス屋!こっちだ!」

不意に強引に腕を引っ張られて視界が揺れた。走り出したトラファルガーについて自分も必死に足を動かす。
―…確かこっちは…裏口があったはず。
今だけはこいつの記憶力のよさに感謝した。




「はぁっ、はぁ…」
「…疲れた」

何とか裏口から飛び出して、無事に生還できた後も恐怖はおさまらず、結局車が置いてあるところまで脇目もふらずひたすら走ってきた。お互いに息を荒くしながら、ぐったりとシートに寄りかかる。…こいつに付き合うと、やはりマシなことがない。

「…なぁ、ユースタス屋」
「あ?」
「あのとき捕まってたら俺はどうなった?」
「…視えたのか?」
「いいや、いつも通りなーんにも。…ただそんなイメージが浮かんだだけで」

そうか、と俺は呟く。
視えない、その一言はいつも俺を安堵させる。あんなもの、こいつの視界に映る価値なんてこれっぽっちもないのだから。

「ユースタス屋」
「…別に…知らねェよんなこと」
「なんだよ、使えねぇな」

言ってろ、とだけ言うと車を発進させる。
知らないなら知らないで、幸せなこともたくさんある。しらを切るとトラファルガーは一瞬怪訝そうな顔をしたが、特に何も言ってこなかった。




*

「そう言えばさ、この間行ってきたあの家、」
「がどうかしたのか?」
「どうしたもこうしたも、途中でユースタス屋がビビって逃げるから、結局電話に出れなかっただろ?」
「あのなぁ…」
「言い訳はいい。っつうことでもっかい行ってきたんだ」
「はぁ!?馬鹿だろお前!」
「馬鹿じゃねぇし」
「…誰と行ったんだよ…。もしかして…一人か…?」
「ったりめーだ。ユースタス屋以外ああいうのに耐性ある奴いねぇし、なら一人で行った方がいい」
「…せめて連絡ぐらい寄越してから行け。…何かあったらどうすんだよ」
「えっなにそれ心配してくれてんの?気持ち悪い」
「(イラッ)…で、何しに行ったんだよ」
「だから電話、取りに」
「…出たのか?」
「もちろん。だけどなーんも反応ねぇから『ビビってねぇで出てきやがれこの根性なしが!』って」
「言ったんだな」
「ああ、でもそしたら益々反応がなくなったから普通に帰ってきたぞ。つまらなかった」…お前そのうち呪い殺されるぞ」
「別にユースタス屋が助けてくれるから平気だし」
「………」
「…照れてる?」
「照れてねェ!」






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