Log | ナノ

 恋愛なんて凡人の暇潰し

(時代物パロですが舞台は日本であって日本ではないところとお考えください。あくまでパロ。)
(宿主キッド×書生ロー)


机に向かいて物を書く程に慾求は収まることを識らず其れを停める術も又識らない。はぁ、と溜息を吐くと此れで幾度目か、ぐしゃりと紙を押し潰して放り投げた。

「おいおい、手前は一体何処ぞの物書き氣取りで居やがる。紙を投げ棄てるな」
「煩い。邪魔をしに来たなら構う暇ないから戻れ」

襖が音を立てて開いたかと思えば宿主の登場だ。辺りに散らばった丸められた紙、元い紙くずを見やると顔を顰める。そいつを見て顔を顰めるのは俺で、何の用も無しに来たなら只の邪魔者で在るに他ならないから鬱陶しいだけである。

「相も変わらず礼儀の成っていねェ野郎だ」
「そりゃあどうも」

褒めちゃいねェよ。と背後から聞こえる声に無言の返答を示す。後に続くは軽い溜息と秒針が動く音のみ。

俺は閑閑とした処で独り勉学に努めたいと思う。其の為には下宿先に同じ志を持った者が居てはいけない。そんな者煩わしいだけだ。だがそうなると数多在る中でも下宿先は限られてくる。然してやっとの思いで見つけた先が此処な訳だ。
一人だけなら、と渋々空け渡してくれたらしい。ならば俺が来たからには誰も来る筈が無い。実に都合が好いと始めの段階で思っては居たものの蓋を開ければ何たることだ。あろうことか其処の宿主は体の好い世話焼きで、俺の念願は脆くも崩れ去ったのである。

渋々ながらと云うなれば、無愛想か頑固者か好くは判らないがそんな類いの者と想像して居たのだ。なら適当に酌を合わせて居れば大丈夫だろうと。だが世話焼きとは聞いていない。
然しながら俺も世に対して其れなりの心得が有る。世話焼き等は此の世の中幾らでも居るだろう。穏やかに礼を述べれば好いだけだ。其ぐらいならば俺とて出来る。

して俺はやって見せたのである。嗚呼、思い出したくもない。奴はなんと云ったと思うか。


『引き攣り笑いも好いとこだな』


嗚呼、やはり思い出すべきではなかった。今思い出しても中々に腹が立つ。元来にして俺は友好的な性格でも何でもない。奴は確かに世話焼きだが普通の其れとは違うのだ。一々勘に触るような言葉を以てして接してくる。ならば此方とて其れに噛み付かない訳がない。上等だ。僅か訪れて一日目、吐いた言葉が其れだった。

「何時までそうやって其処にいる氣だ」
「俺がどうしたって俺の勝手だろう」
「否、お前が其処に居ると俺の勉学の妨げとなる。用が無いなら出てけ」
「そうだな…考えてみることにしよう」

そう云った奴に視線を向ければ柱に寄り掛かったまま腕を組んで此方を見下ろしていた。一体全体そんなことして何が楽しいんだか。俺にはさっぱりと判らない。

又も無言の時が続き、其れに吐いた溜息も大きく聞こえる。此の儘では埒が明かない。俺も大概可笑しな奴だが此の様な光景を目撃してしまうとユースタス屋だって負けず劣らず、だと思う。

「…其処に居られると氣になって仕方無い」
「なら氣にしないよう努めろ」

馬鹿を云え、と吐き出す一歩手前で口を噤むと書物に目を通す。実際は眺めているだけで内容はちっとも頭に入って来ない。其れも此れも奴のせいだ。
舐めるような視線が背中から後頭部に行き渡り堪らず首だけ後ろを振り向くと奴をきっと睨み付けた。

「…そう恐い顔すんなよ」
「煩い。俺に何度も同じことを云わせるな」

やれやれと肩を竦める其の立ち居にも苛々する。前に一度表立って不愉快だと態度を露にしたことがあるが「餓鬼が」と笑って一掃されただけだった。
其れ以来閑却にすると云う打開策を得たものの此れが全くと云って好い程役に立たない。何故か彼の沈黙は俺に居心地の悪さを与える。だから結局奴の思い通りに成らざるを得ないのだ。

まあ、聞け。と後ろから声が聞こえる。俺は氣にせずと又机に向かって物を書く。嗚呼、糞、何でこんなにも頭に入らないんだか。

「手前を見てると奇っ怪な事だが面白い具合に案が閃くんだよ」
「戯言も大概にしろ此の似非文豪が」

ぎしりと畳が鳴く音を聞きながら解剖書を見詰める。人間という生き物は不思議なもので強い不快感や精神的圧迫を感じると身体に何かしらの異変を感じるらしい。生憎と俺は健康体(あまり信じちゃもらえないが)で感じる様なことは何もないが果たして其れは必ずしも共用するものなのだろうか。まあ好い、俺はそんなに弱くない。
混濁した意識でつらつらと思う儘考える。すると突然ぐいっと頭を掴まれて無理矢理に上を向かせられた。眼前に迫る顔に眼を見張る。「…其れにこう云う事もしたくなる」
「っ、巫山戯るのも好い加減にしろ!」

一瞬、だが確実に奪われた唇。束の間の出来事に何の事かと認識出来ずに居ると、にやり、間近で笑った顔にはっと我に返る。つい唇を押さえると射殺すように睨み付けた。果たして其れに効力があったのかは識らん。
だがする事為す事、奴に足を取られて無難な方途しか描けずに居るのだ。間抜けな頭め。敵わないのに腹が立つ。

奴はそんな俺を見て唇を歪めると笑った。何て悪趣味な奴だ。人で遊んで楽しんでやがる。睨み付けた視線を外すと唇を乱暴に拭う。其れを見て又笑われた。腹がむかむかする。当ててやろうか、きっと奴は今俺のことを「餓鬼」だと思っているに違いない。

「なあ、不治の病と云うものを俺は一つ識って居る」
「…医者とて万能では無い」

すっと上体を上げて又も見下されると奴は言葉を吐き出す。見下ろすのが好きなのだろうか。手前勝手も好いとこで相変わらず俺の文句は聞いちゃ居ない。

「だが何れは進化する世の中、医学の進歩と共に如何なる病も消えるかも識れない」
「否定も肯定もしないが可能性は有り得る」

口端を釣り上げて笑うと奴は後ろ姿を見せた。襖に手を掛けるが止めはしない。ユースタス屋はそういう奴だ。何もかもが中途半端で自分の持つ答えを他人に教えようとはしない。
体好く遊ばれたのかと思うと昔は苛立ちを覚えて居たが今は顰蹙するのみだ。
馬鹿らしい。そう一蹴して眼を逸らす。たった数刻の間に机に向かうことを何れ程妨げられただろうか。

襖が開くと同時に答えよりも珍しい、他でも無い奴の考えが投げ付けられた。拾って咀嚼すれば次第に苦虫を噛み潰したような思いになる。
恋、とは流石似非でも文豪なだけあるじゃないか。誰も居ない空間に俺は俺の考えを投げ付けた。






<蛇足>
キッド→結構著名な小説家
ロー→医者を目指す書生、いわゆる大學生で居候

キッドはローのことを面白い奴だなと思ってます。
ローはキッドのことが(色んな意味で)嫌い。





[ novel top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -