キッド誕2014 | ナノ

トラファルガーをレイプした。
その事実は連続性を有する俺だけのもので、隣に座るこの非連続的な俺の想い人は「昨日」と変わらず綺麗なままだ。俺が犯したトラファルガーは「消えて」しまった。だけど消えてしまったトラファルガーも今ここにいるトラファルガーも同じ人物だ。「今日」の記憶が違うだけでそれ以外は全く同じ。

「なんだか今日のユースタス屋元気ねーのな。珍しい」

今は学校の昼休み中。毎回屋上で食べるのが日課だが、風が冷たくなると早々に屋上を使うのをやめて視聴覚室を使っている。スクリーンがあって長机と椅子が適当に置いてあるだけの滅多に使われない教室だ。そのくせ全棟管理のため暖房はきちんと効いているし、鍵が壊れているから入るのにも苦がない。今のところそれを知っているのは俺とトラファルガーだけで、この教室は冬になると寒さをしのぐにはうってつけの場所だった。

首を傾げてもぐもぐとおにぎりを頬張るトラファルガーは、そう言うと不思議そうに俺を見つめる。この非日常を繰り返す回数が三十を超えたあたりでトラファルガーに見せる笑顔は作り笑いばかりになったし、五十を超えると元気がないと必ず言われた。その言葉を聞くのももう何度目か。そのたびに「大丈夫だ」「気のせいだろ」なんて心にもない言葉を繰り返してははぐらかしている。あの行為後からまるで罪滅ぼしのように(というその考えも俺の身勝手さで溢れているが)トラファルガーを助けることにより一層尽力したが事態はまるで好転しない。今はもう作り笑いですらうまくできない、笑っても頬が引き攣るのが自分でも分かる。何でもない言葉が言えなくて、トラファルガーを助けたいと思うと同時にこの苦しみから逃れたいという思いも強くなっていた。
あんなことまでしておいて自分はさっさと逃げるのかと聞かれれば、俺はそうじゃないと答えるが、真実を見つめている冷静な部分は「イエス」と答えるだろう。トラファルガーを助けたい、逃げ出したい。回数も百を超えて、そればかりが脳内を占める。
そんな最中思いついた一つの可能性はこれもまた碌でもないもので、しかもトラファルガーを無理矢理巻き込むものだった。たとえこれでトラファルガーが救われたとしても、どう考えてもその心は救われない。だけどもう限界だった。俺は多分、いろんなものから逃げたかったんだと思う。トラファルガーの死からも、抜け出せないこの「今日」からも、自分で犯した罪からも。

「なあトラファルガー」
「んー?」
「俺の頼みを、聞いてくれないか」

弁当箱をしまおうと鞄を引き寄せたこいつはきっと、それがいつも言われるような類のものだと思ってる。「英語のプリントなら見せねーぞ」そう言ったトラファルガーに鞄から取り出したジャックナイフをそっと握った。

「俺を殺してくれ」

鞄の中を探っていたトラファルガーの手がぴたりと止まる。しかしそれも数秒。「変な冗談やめろよなー」茶化すように言ったトその腕を掴むと引き寄せて、その手に無理矢理ナイフを握らせた。

「え、」
「一思いにしてくれよ、痛いのは好きじゃねェから」

軽口を叩くように告げたが、トラファルガーは大きく目を見開いて俺に無理矢理持たされているナイフを見つめた。こいつにしてみれば全く以て意味が分からないだろう。「昨日」まで何てことなしに一緒にいたのに、突然自殺に協力してくれなんてお願いだ。なんとか冗談にしようと笑う唇は引き攣っていて、ナイフを握らされた手は震えている。

「冗談、だよな」
「いーや、本気」

机の奥底にしまっていたこれがよもや陽の目を見る日がくるとは。父親がどこか海外の土産として買ってきたそれ。母親に取り上げられそうになったが、結局飾ることも使われることもなく俺の机の中で眠っていた。そのナイフが初めて使われる相手が俺だなんて、人生何があるか分からない。
離せないように覆いかぶさるようにして握ったトラファルガーの手が震える。離せと振りほどこうとしたがどうせ力じゃ俺に勝てない。俺の心臓から十センチ。向けられた刃の先がカタカタと震えている。

「ユースタス屋っ、なんで、」
「一人で屋上から飛び降りようとも思ったんだけどさ、どうせならお前に殺してほしくて」
「は、意味が」
「ああ、大丈夫。ちゃんと遺書も書いたし、今のこの会話もケータイのボイスで録音してるからお前に罪はいかないし」
「そういうことを言ってるんじゃねぇよ!っ、そうじゃ、そうじゃなくて!」

このループを繰り返してから、トラファルガーの新しい表情を見ることが多くなった。こんな風に焦って、切羽詰っている姿は初めて見る。出来ればこんな形で見たくなかった、なんて思いながら。

死ぬなんて一人でもできる。それにトラファルガーを巻き込むのは俺の身勝手さ故だ。どうやら俺はだいぶ自分勝手な人間らしい、それがよく分かった。どうせならトラファルガーに手をかけて殺してもらいたい。また俺のエゴでこいつを困らせて傷つけて泣かせてしまうと分かっているのに。やっぱり俺の頭はおかしくなってしまったんだ。今だって。トラファルガーは嫌がってる。首を振って、涙の滲む瞳。それなのに、笑ってるんだ、俺。
トラファルガーは絶対に自分から突き刺せないと分かっているから、自分から向かうしかない。なに、ほんの一瞬だ。いやだいやだと喚くトラファルガーに何も言わず頬を撫で、がっしりとその腰を抑える。唇が額に触れたとき、鋭い刃が肉を割く感触がした。



次に目をあけたときに俺は思った。地獄も天国もこの世に存在しないと考えている。だけど目を開けて見慣れた天井が視界に飛び込んできたときは、地獄でも天国でも、なんでもいいからこの世以外の何かがあればよかったのにと、そう強く思った。






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