キッド誕2014 | ナノ

この日々を三百六十五回続ければ俺は精神的にトラファルガーより年上ということになるのだろうか、なんてどうでもいいことを考える。三百六十五回であって三百六十五日じゃないからそんなことないのだろうけど。大体ループされるたびにリセットされるのだから俺は俺のままで、全く変わるところもないし、それはトラファルガーだってそうだ。何度死んだってトラファルガーはトラファルガーのままで、朝目覚めれば昨日と同じ何ら変わりない姿でそこにいる。死んでもリセットされる。あいつには連続性がない、その事実がせめてもの救いだった。それは俺の肉体の限りにおいてもそうだ。だけど精神には常に連続性があり、覚めない夢を永遠に彷徨っているようで、もうすでに何十年もこの非日常を繰り返しているような気さえしていた。
この流れを断ち切りたいのに、何をやってもトラファルガーは俺の手のうちから零れ落ちていなくなる。どうすれば、どうすればあいつを救える。カラッポの頭で考えても何か思い浮かぶわけもなく、どうすれば、その言葉だけが意味もなく頭の中を巡るだけ。出来ることならもう何も考えたくない。頭が痛い。


「…ユースタス屋?大丈夫か?」


塀に寄りかかったままで閉じていた瞼を開く。少し下から見上げたトラファルガーが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。いつもなら家のドアを開けたすぐ前に立っているし、顔を見せたトラファルガーに何かしら反応を寄越す俺が、ただ黙って塀に寄りかかっていたもんだからいつもと違うと気づいたのだろう。スッと伸びてきた手が、何の前触れもなく額に触れた。

「具合でも悪いのか?熱はないみたいだけど…」
「…いや、大丈夫だ」
「でも顔色がすげぇ悪い。真っ白」

いや真っ白はいつもか、真っ白通り越して真っ青。と笑ったトラファルガーには、いつもなら軽口の一つや二つ、冗談の応酬として返すはず。それなのに何も言わない俺にそんなことを言う余裕すらないのかと、その笑顔はぴたりと止まって代わりにまた心配そうな顔がこちらを見つめた。「どうしたんだよユースタス屋」そう言って離れていく手を反射的に掴んでしまう。トラファルガーは少し驚いたように目を丸くしたが、やっぱり俺は何も言わなかった。ただ黙ってそのすらりとした手を見つめ、その温かさに目を細める。トラファルガーを助けたいと、それだけを考えていたカラッポの頭はここにきて初めて別の想いで埋め尽くされた。

トラファルガーに連続性はない。俺が守れなかった場合、また同じ「今日」を生きるトラファルガーは「昨日」と同じトラファルガーであって「今日」との繋がりはない。「今日」のことはなかったとことにされるし、消えてしまう。そのことが意味することを、この時俺はとても自分の都合のいいように考えていた。消えてしまうなら、今ここで何をしたって、と。
トラファルガーの腕を強く掴むとぐいっと引っ張って来た道を戻る。いま俺が考えていることは、この十七年間生きてきた中で一番卑劣で下世話でどうしようもないことだった。きっと繰り返されるトラファルガーの死に頭がおかしくなっていたんだと思う。そうだ、そうなんだ――いや、そう思いたいの間違いだ。この環境に託けてその考えを実行しようと動く意思は紛れもなく俺から発せられているのだから。どうせ消えてしまうなら、少しくらいこいつに想いをぶつけてもいいじゃないか、と。俺の「正常な頭」によって発せられた狂った意思なんだ。

「ちょっ、ユースタス屋!?どうしたんだよ!」

喚くトラファルガーには何も答えず、力づくで家まで引っ張ると自室に押し込む。扉を閉めるとベッドに放り投げた。ぼすんと身を倒したトラファルガーは意味が分からないなりにもこの読めない展開に対して怒っているようで「なんとか言えよ!」と吠えている。それでも何も言う気はない。起き上がろうとしたその肩を掴むと体重を乗せてベッドへ逆戻り。二人分の重みを受けたスプリングがぎしりと音を立て、トラファルガーは掴まれた肩に顔を歪めた。

「ユースタス屋っ、ほんとになんなんだよ、!」
「…なんだと思う?」
「は、ぁ!?ふざけんのも大概にしろ!退けよっ…」

俺を押しのけようと暴れるが、トラファルガーよりがたいの良い俺がそう簡単に押しのけられるわけもなく。暴れる姿を尻目に顎を掴んで固定すると無理矢理唇を合わせる。「んっぅ!?」と驚いたような声を出した唇にすかさず舌を入れて絡めると、トラファルガーの歯が舌にぎちりと食い込んだ。このまま噛み千切られて死ぬのも悪くねェな、なんてバカなことを考える。散々好き勝手に口内を弄んだあとで漸く唇を離すと、ぎろりとトラファルガーに睨みつけられた。

「っ、は、なに考えてんだてめぇ…!」
「お前とセックスすること」
「っ!?」

驚きに目を見張るトラファルガーを尻目にネクタイを抜き取るとその腕を縛り上げる。「なにすんだよ離せ!」とトラファルガーは怒鳴ったが、俺は何も言わない。「お願いだからやめてくれ」「頼むからなにか言えよ」「どうしてだよユースタス屋」何を言われても俺から言葉を返すことはなかった。怒鳴り声が悲痛そうな声に変わり、啜り泣きに変わり、終いには何も言わなくなっても、俺はその姿をただ見つめているだけだった。
涙を浮かべたその目尻にキスを落として舐めとる。泣いているところなんて初めて見た。初めて見たトラファルガーの泣き顔はぐちゃぐちゃで、悲痛そのもので、涙は誰とも同じしょっぱい味がした。


***


行為が終わったあとのトラファルガーはまるで人形のようで、虚ろな目も、ぐったりとした四肢も、全てにおいて生気が感じられない。だから伸ばした手を振り払われた時、ひどく驚いた。その瞳はもう燃えるような怒りを映し出していて、気の張った体は全身で俺を拒絶していた。

トラファルガーが乱れた服を整えている間、俺はどうしたらいいか分からなくてただその姿を見つめていた。トラファルガーはもう俺に対して何の弁明も求めることはしない。ただ一度、着替え終って振り向いたトラファルガーはぱしんと俺の頬を打った。数秒遅れで熱を持った頬がじんわりと痛む。そうして一度も目を合わせることなく、何も言わずに俺の部屋から出て行った。
空気は張りつめていても行為後の部屋はどこか気怠い雰囲気を醸し出している。一欠けらの甘さもない空間で乱れたベッドに寝転がると、打たれた頬に手を当てた。

「は、はは、は…」

行為で得たのは優越感でも征服感でもなくて罪悪感と惨めさだけだった。俺は自分のエゴでトラファルガーに何てことをしてしまったのだろう。その後悔すらも陳腐なものに思えた。やる前からこうなることは分かっていた。また「今日」に戻ればすべてがリセットされる。それに託けて欲望を突き通したくせに、やっぱり止めておけばよかったなどと、俺はどこまで低俗な人間なんだ。

「最低だな、俺って…」

目を瞑ると何度も体験したあの奇妙な感覚に足元を掬われる。憎いばかりのこの感覚。だけど今回ばかりは、これが俺の罪を消し去ってくれる。俺の心にだけ爪痕を残して、あとは全部、綺麗真っ新に。







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