キッド誕2014 | ナノ

もういい加減にしてくれと、何度目かの天井を見つめて思う。何度目?いやもう何十回目だ。何十回も、俺はトラファルガーがただ死いく様を見ている。何度も刺され、撥ねられ、轢かれ潰され撃たれ、俺はただそれを見ているだけだ。助けたいのに助けられない、精一杯伸ばした手の先がその指に触れる前にトラファルガーはいつも死んでしまう。いつもいつも、いつも。
助けることは無理なのか?天井を見つめてぼうっと考える。でもトラファルガーを助けなければ、死から防がなければこのループは終わらない。もう終わらせたい、もういやだ、自分の好きな奴がただただ目前で死んでいくのは見たくないんだ。誰か、どうにかしてくれよ、なんて。だけどその誰かはどこにもいなくて、ここから抜け出せるきっかけは俺しか作れない。なんて最悪な誕生日なんだと、もう笑うことすらできない。
肺に入った空気をすべて吐き出すような重い溜息を吐くと、アラームが鳴った瞬間音を止める。このアラームも聞きすぎて、いつなるか感覚で分かるようになってしまっていた。リビングに向かいながら、さあ今日はどうしようかとぼんやり考える。

試したことはたくさんある。ただその数だけトラファルガーが死んだのもまた事実だ。

トラファルガーを俺の家に泊まらせて日付が変わるまで見張ってやろうと、迎えに行った瞬間無理矢理家に連れ込んだ。不思議と鍵が開いていたもんだから、閉め忘れとか不用心だななんて家に入ってトラファルガーを中に通したら、たぶん空き巣だったんだろうな、居直り強盗に変化した見知らぬ男に刺されてしまった。俺は何もできなかった。先にリビングで待ってろ、なんて言わなきゃ良かったんだ。気が付いたらトラファルガーは床の上に倒れていた。
その犯人はまた殺せなかった。どうやら犯人を返り討ちにしてやろうというような意思を持って動くと強制的に時を戻されるみたいだ。それでも激高した俺の体は勝手に動いてしまうもんだから止められない。何度か家に連れ込むことを試したがこれは正解じゃないらしく、六度目で諦めた。どうやら俺の家はもはや安全な場所ではないらしい。

仕方がないから、家に戻るという考えをやめてまた学校に向かうことにした(よく考えたら放課後こいつを一人にしなきゃいいだけだし、最初のやりこみのおかげで案外このルートが一番の近道なのかもしれない)。だが学校についてみたらどうだろう、今まで三限の終わり目に毎回必ず出ていた不審者が登場しなくなっている。訝しがりながらも危機が自動的に一つ潰れたのはよかったことだと思いつつ、放課後まで事前の知識でトラファルガーを守り穏便に時を進めた。七限終了のチャイムが鳴り、トラファルガーと談笑しながら校門へと向かって外に出れば「もしかしたら今回で」とそんな自信が湧いてくる。しかしその程度で上手くいったと言えるならもうとっくにこのループは断ち切れているだろう。そう上手くいかないからこそこうして何度も繰り返し、この非日常から抜け出せていないというのに。久しぶりにトラファルガーと長い時間を過ごせたという事実に俺は少し浮かれていたのかもしない。事実昼を越せても夕方を迎えられたのは数えられるほどしかなく、今日が終わるまであと十時間もないという思いが浮ついた心を生み出していた。あと十時間「も」の間違いなのにな。
結局トラファルガーが刺されたのは不審者によってではなく、通り魔によってだった。校門を出てすぐ。生徒たちの悲鳴もざわつきも俺にとってはただの雑音でしかなくて、ただただ倒れ込んだその姿に絶望が加速する。今度ばかりは犯人を追いかける気力もなかった。その場で膝をついて「なんで」「だって」「どうして」そんなことばかりをぶつぶつ呟いた気がする。だって、今まで同じルートを歩めば起こる出来事は同じだったのだ。だけど今回は違っていたから。今まで運が良かっただけで実際はランダムなのだろうか、そんなの、もう、どうやって助けたらいいんだ。そんなことばかりぐるぐる頭の中を回って気が付いたらまたベッドにいた。

少しでいいから考える時間が欲しくてアラームを二度ほど無視した。そうして考えて分かったことは考えても無駄だということ。行動に移さないと始まらない中で行動に移す前に考えても無駄だ。まだ俺の精神はイカれてない、気をしっかり持て、そう自分に言い聞かせながらそれから四回ほど学校に向かったが、行くたびにトラファルガーの身に降りかかる災厄が変更されていた。五回目、足元に倒れた死体を見つめながら、たぶんこの学校ルートも正しいものではないと漸く気が付いて、笑いがとまらなかった。「俺を弄んで楽しいか!!!全員ぶっ殺してやる!!!」校庭でそう叫んだはずなのに次の瞬間にはもうベッドの中にいた。自分が惨めで仕方なかった。

その後もいろいろな角度からトラファルガーを守ろうと試みた。何度も何度も、多分俺は一生分以上の死を見たと思う。一体俺が何をしたって言うんだ。


***


同じ朝を四十六回迎えたその日、俺はもう自分一人で考えるのが嫌になって、アラームを止めると急いで家を飛び出した。そうして家から出てきたトラファルガーの肩をがっしり掴むと戸惑う瞳に有無を言わせずこう言った。「いいか、よく聞け、これから言うことは本当だ」と。

「な、なんだよ…」
「今日、お前は必ず死ぬ」

「…は?」
「俺は絶対お前を守る、その方法を見つけ出してやる、だけど一人じゃ無理だ、お前にも協力してほしい、」
「なに言ってんだよユース」
「自覚を持て、俺の言うことを信じて、聞いてくれ、それだけでいいんだ、とにかく自覚を持って気を付けてほしいんだよ、お前は今日、」
「ユースタス屋!」

唇からぼろぼろと零れる言葉を止められなくてただ必死になって口を動かしていれば、一喝するような大きな声に遮られる。遮られたのはその声によってだったが俺の言葉を止めたのはその声じゃない、その、目だった。じっと俺を見つめる瞳は得も知れぬ色に満ちていて、今までトラファルガーの隣を歩いてきて、決して俺に向けられたことのない色をしていた。今こいつは、それを俺に向けて立っている。得も知れぬと言ったがそれは俺に向けた場合であって、他人に対する分には十分に見覚えがあった。少しの好奇心に不安と恐怖を混ぜて、たとえるならばそう、「気味が悪い」というような。

「…肩、痛いんだけど」
「……悪ぃ」
「なんかよくわかんねぇけど…今日のユースタス屋変だぞ。家帰ったら?休めよ、顔色も悪いし」

早口にそう言ったトラファルガーは俺の手を振り払うとその瞳に少し心配そうな色を見せた。だけど俺が「だめだ、さっきも言ったけど今日お前は、」そう続けた瞬間その色は消え失せて。「もういいから、」そう言ったトラファルガーは振り向きもせず行ってしまった。
こんなことは初めてで、トラファルガーに拒絶されたというその事実におもいっきり頭を殴られたような気分になる。だけどこんなところで突っ立っている暇はない。早く、はやく追いかけないといけないのに全く足が動かない。すぐさま後を追ったとして、追いかけて追いついて、そしてまた拒絶されたら?そんなことを考えてる場合じゃないのに、拒絶されようと何だろうとトラファルガーを助けなければいけないのに、俺の足は根が生えたようにしてただ茫然と突っ立っていることしかできなかった。
動けない俺の終わりは唐突にやってきた。臍の裏を掴まれぐるりと意識が宙を舞う。もしも変わっていないのなら、トラファルガーはきっとあの場所で、トラックに。

このことはトラファルガーに伝えちゃいけない、よく分かった。きっと根気強く丁寧に話せば俺の話も信じてくれるかもしれない。でももうだめだ。あの瞳を想像するだけでダメだった。意気地なしと言われようと何だろうと構わない。出来るならあんな目を向けられる対象になりたくなかった。もしも俺が好きだと告げたなら、トラファルガーはあの目で俺を見るのだろうか。あの、拒絶するような瞳で。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない、拒絶されようと何だろうとトラファルガーが助かればそれでいいじゃないか、そう考えられる人間だったらどんなにかよかったろう。生憎俺の心はトラファルガーに拒絶されてもなお平気でいられるほど強くないのだ。それなら全部一人で抱え込んだ方がましだ。
そう、俺が自分一人で何とかすればいいだけの話だ。最初からずっとそうだったじゃないか。もうあのことは忘れよう。それよりも考えなければいけないことはもっと別にあるのだから。







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