キッド誕2014 | ナノ

これは一体どうなっているんだ。この短い間で何度も通った気のする道を再び歩きながら考える。隣にはなんてことない顔をしたトラファルガー。いつも通りだ、いつもと同じ日常。

俺はまた夢を見ていたのか?いや、そんなことは、そんなはずはない。夢というにはあまりにリアルで……とにかく、あんなことが二度も起こるはずがない。起こってたまるか。俺の頭がおかしくなる。
でも、そうじゃなかったら一月十日を繰り返す意味も分からなくて、隣にトラファルガーがいることだっておかしい。俺の頭がおかしくなったのか?実際一度目の死は現実で、なかったことにしたい、やり直したいという強い思いが俺の頭に幻覚でも見させているのだろうか。それともやはりこれは夢なのだろうか。しかし何はともあれ、トラファルガーが無事でよかったと考えるべき、か。だってトラファルガーは今俺の隣にいて、喋っていて、時折触れ合う腕は紛れもなく実体を持っている。多少おかしなことはあれど目を瞑って夢だと考えた方がいい、のだろう……そうに決まっている。
そう自分を納得づけようとしたがやっぱりトラックは突っ込んできて鉄骨は降ってきた。もちろん俺は分かっていたからトラファルガーを無事助けられたわけだけど……「今日はユースタス屋に助けられてばっかだな」なんて可愛い顔しながら言われたけども。おかしい、やっぱり、何かがおかしい。こんなの偶然にしたって出来過ぎてる。あれはきっと、いや絶対、夢じゃない。こんなどう足掻いても抜け出せない夢、逆に困る。じゃああの世界も、やっぱり現実、?


「ユースタス屋?」
「…ん?」
「どうかしたのか?ここ、」

すっげー皺寄ってるけど。そう言って笑ったトラファルガーに軽く眉間を押されて、その突然の出来事に今まで考えていたことが軽く吹っ飛んだ。ぐいっと押してすぐに離れてしまった手が名残惜しく、可愛い可愛い今すぐ抱きしめたい、そんな気持ちを必死に押し殺す。俺より少し低い身長、首を傾げて顔を覗き込まれる。「なんでもねェよ」と自分でも馬鹿らしいくらいに冷静を装った。
トラファルガーは紛れもなくここにいるし、笑ってるし、時折触れ合う腕は温かい。今までの出来事が何にせよ過去のことだ、現実はこれなんだ、現実がこれなんだ。そう思うとあれこれ考えていたことが急にアホくさく思えてトラファルガーにつられて笑った。今日はなんてことない「今日」で、いつだって変わりなく明日を迎えられると、「明日」もそうなると根拠もなく考えていた。
でもよくいうよな、二度あることは三度あるって、さ。


***


ぱちりと目を開けると鳴りだしたアラームを止める。やっぱり今日は「一月十日」で、俺はベッドの中で頭を抱えた。

トラファルガーの二度の死と現実との不可解なリンクを切り離すようにして日常を繰り返そうとする俺に、その非日常は再び、驚くほどあっさりとやってきた。
トラファルガーが「死んだ」。まるで最初から狙いを定めていたかのように、突如学校に現れた刃物を持った不審者。殺された。三度も同じ奴の死を見ると、悲しみよりもこの不条理さに対する疑問と怒りが沸いてくる。今度は気絶こそはしなかったものの、目の前でトラファルガーを奪われた怒りで逆にその不審者を殺しそうになった。暴れまくる俺は教員たちに取り押さえられたが、無理矢理振りほどいて奴が手放した刃物を掴んで「殺してやる!」そのまま相手に向かって振り下ろそうとしたときに何だか奇妙な感覚に捕らわれた。臍の裏側をぐいっと掴まれて、そのまま逆さにひっくり返されるような。地に足を付けているのに宙に浮いているような、そんな奇妙な感覚の後。目を覚ませば俺は同じように自室のベッドに横たわっていた。

どういう訳かトラファルガーが死ぬ度に俺は時を戻って今日という一月十日を繰り返している。それはつまりトラファルガーの死を防げさえすれば、死せず明日を迎えれば今日は終わるということなのか。誰も答えは教えてくれないが、俺には何故だかその予想が正しいものに思えた。というかそう考えないとだめだ、俺がだめになる。こんな何度もトラファルガーの死をまざまざ見せつけられるだけで、救いのないいかれたループ世界なんて発狂する。だからそう考えるしかない、いやきっと、それが正しい。正しいんだ、そう自分に言い聞かせないと心が折れてしまいそうだ。トラファルガーは俺が守る、なんて陳腐な言葉だが気持ちはまさにそれだった。死なせない、死なせたくない。
しかし神様がいるならなんて厄介なものをプレゼントしてくれたんだ。いや、もしかしたらトラファルガーは「今日」どう足掻いても死ぬ運命にあって、そんな運命を捻じ曲げさせるチャンスを俺に与えてくれたのかもしれないけど。そう考えると気持ちも少し楽になるが、ああもう何だっていい、トラファルガーが死にさえしなければそれでいい。


***


何度か体験してみて分かったことは、同じ出来事はどうやら繰り返される傾向にあるらしい。細部は微妙に違うが、トラックも鉄骨も不審者も同じようにして起こった。分かっていることには対処できる。だから家から学校までの間でトラファルガーを死なせることはなかった。問題は未知の場面に遭遇した場合どうするか、だ。効率がいいとは言えないが、確実なのは同じルートを歩むことだろう。その際一つ一つ問題をクリアするたびに起こる新しい場面に対してのトラファルガーの死は仕方がないと考えるか。考えられるわけがない。しかしどう考えてもこれが確実で、だから俺はそれを実行に移したわけだ。目の前で何度も何度も死んでいくトラファルガーを見て頭がおかしくなりそうだったが必死に耐えて耐えてとうとう放課後を迎え、そしてあいつを家まで送り届けることに成功した。一日中そうして気を張っていたせいかひどく疲れて、それでもあいつを無事守ったという心地よい達成感に身を委ねていたら、買い物から帰ってきた母親が慌てたように「トラファルガーさんちが火事で」その瞬間また奇妙な感覚が俺を襲い、気が付いたらベッドの上だ。
これには俺も正気を保っていられなくて部屋を荒らしまくった。見たくもないトラファルガーの死を何回も目前で見せつけられたあげくこれだ。ふざけるなと言いたい。トラファルガーが死ぬ度自分の無力さを目の前に叩きつけられているようで俺の方が死にたくなる。無視していたせいで勝手に鳴りやんだアラームにも目もくれずにいたら、暫くしてまたあの奇妙な感覚が襲ってきた。どうやらきちんとアラームを止めて時間内にトラファルガーを迎えに行かないと、俺の居ぬ間にトラファルガーは死んでしまうらしい。考える暇さえも与えてくれない。

多分俺が「今日は一日家から出るな」と言っても無駄なのだろう。というかきっと俺が目を離したらそれでゲームオーバーに違いない。それなら、それならどうするか。
隣で笑うトラファルガーをもうこれ以上死なせたくなくて、ない頭を捻って必死に考える。と、同時にある一つの考えが思い浮かんだ。上手くいくかどうかは別として、とにかく試してみるしかない。隣で喋るトラファルガーを尻目に、突然腹を抱えてしゃがみ込む。それにこいつはびっくりしたような顔で足を止めると俺の顔を覗き込んだ。

「どうしたんだよユースタス屋。具合でも悪いのか?」
「ああ…ちょっと吐き気が…」
「そんな無理して…学校休めばよかっただろ。立てるか?」
「なんとか……なあ、悪ぃけど家まで送ってくんねェか」
「ったく…しょうがねーな、ほら」

至って健康体ではあるが、トラファルガーを俺の家まで何の不信感もなくおびき寄せるにはこれしかない。母親はパートで出掛けているので家には誰もいないから。家から出るなというよりも、何とかこいつを家に留まらせて傍で見張ってればいいんじゃないかと考えたわけだ。
トラファルガーに支えてもらって家まで辿り着くと自室のベッドに寝かせられる。じゃあ俺はこれで、と行こうとした腕を掴むと慌てて「看病してくれ」と訴えた。

「熱があるわけでもねーし…どうしろってんだ」
「ぅ、その…あれだ、そばにいてくれ…」
「はぁ?」


口元まで布団を引き寄せた俺のしどろもどろな言葉にトラファルガーは目を見開くとクスクスと笑った。どうやらだいぶおかしかったようで、いつまでもいつまでも笑っているトラファルガーに思わず顔を顰める。それ気づいたのか、笑うのをやめると余韻を引きずったまま子供にするように俺の頭をぽんぽんと撫でた。

「しょうがねーなぁ…ユースタス屋の頼みだ、今日だけだぞ」

優しげに笑ったその顔に不覚にも泣きそうになる。いますぐにでも起き上がって抱き締めたかったがぐっと堪えた。「そばにいるから、だからおやすみユースタス屋」とても穏やかな声で、掌がゆるゆると瞼の上を撫でる。その掌の温度が温かいことに何とも言えない気持ちが溢れ返って、そして今までの死を思い出してぐっと唇を噛み締めた。



ぼんやりと瞼を開くと伸びをする。欠伸をしながら起き上ると、トラファルガーがいなくなっていることに気が付いて今までの眠気がぶっ飛んだ。はっと目が覚めて慌てて携帯を引っ掴む。どうやらいつの間にか眠っていたようで、そんな自分を殴り飛ばしたい気持ちになりながらもトラファルガーがいないという事実に血の気が引いていく。自室から飛び出して慣れた番号に着信を入れた。まだあの感覚がないということはトラファルガーは生きてるということだ。はやく、はやく合流しないと。繋がるまでのコールがもどかしい。何度目かでやっと出たトラファルガーに怒鳴るように居場所を聞いた。

「今どこだ!!」
「何だよユースタス屋、いきな…」
「どこにいるか聞いてんだよ!」
「どこってコンビニだよ、もう昼になるし昼飯を…」
「絶対そこから動くなよ!」
「さっきからどうしたんだよユ、」
「…おい?トラファルガー!?おい!」

怪訝そうなトラファルガーの声が突如途切れ、ひゅっと息を飲む音、ついで何かが激しくぶつかる音。何の音も発さなくなった携帯に向かって何度もトラファルガーの名前を叫んでいれば、ぐいっと臍の裏を掴まれるようなあの感覚。ああそうか、また駄目だったのかと。目を開けた俺はやはりベッドに横たわっていた。






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