キッド誕2014 | ナノ

ぼやけた視界に何度か瞬きをすると見慣れた天井がじっと俺を見つめ返す。目が覚めてしまったことに辟易して吐きそうになった。ぼんやりと天井を見つめながら右腕を伸ばす。ぐっと空を掴んでふっと力が抜けたように下ろす。紛れもなく俺の意思に従って動くこの右手は、体は、何の異常もなく健康そのもので、なんで俺は生きているんだろうとそう思った。なんで俺が生きていて、トラファルガーが。

あのあと駆けつけた救急車、警察によると俺ははみ出たトラファルガーの上半身にしがみついてひたすら泣いていたらしい。トラファルガーはすぐさま病院に運ばれたがほぼ即死に近い形だったようだ。警察に保護された俺は母親に迎えに来てもらって、すぐさま病院に向かうと顔面蒼白なトラファルガーの両親に向かって土下座した。誰も彼もが泣いていた、ように思う。打ち付けた額から血が流れるまでやめなかったせいで、無理矢理取り押さえられて医者になにやら薬を打たれたことまでは覚えている。そのまま意識を失った俺はこうして家まで連れ戻されたのだろう。

カーテンから差し込む光がひどく眩しい。どうやら朝まで眠ってしまっていたようだ。黙って目を瞑ると罪悪感が押しよせてきて吐きそうになる。だからと言ってどうすることも出来ない。トラファルガーを死なせてしまった俺にはこんなみじめな姿がお似合いなんだ。俺が、あの時トラファルガーを――何度もした後悔が再び押し寄せる、その時だった。
場に似つかわしくない軽快なアラーム音が鼓膜を揺さぶる。一瞬その音の元である携帯を引っ掴んで壁に投げつけてやろうかとも思ったが、そんなことをしてもどうにもならないのは自分が一番よく分かっている。テーブルの上に置かれた携帯を引っ掴むとタップしてアラームを止めた。ピッと鳴り止んでホーム画面に戻ったそれをなんとなしに見つめて、次の瞬間俺は目を見開いた。勢いよく起き上がるとカレンダーをタップする。何回見ても同じ日付であることを確認すると慌ててリビングへと駆け降りる。
朝食を作っていた母親がそんな俺に眉根を寄せて「朝からうるさい」とぴしゃりと告げた。しかし今はそんなことどうだってよくって「今日って何月何日だ!?」と詰問するように聞けば、母親はそんな俺に訝しげな顔をして「一月十日だけど」と。

「は、はは…」

突然日にちを聞いてきたと思ったら座り込んで笑い出した息子を、さすがに異常だと思ったのか、一転心配そうな目つきに変わった母親に何でもないと首を振る。どっぷりとした安心感が俺を包み込み、先程までの気持ちが嘘のように晴れやかになる。しかしなんてリアルな夢だったんだろう。リアルすぎて現実と混同したぐらいだ、あんなレベルの悪夢はもう二度と見たくない。


朝食を食べ、弁当を受け取っていつも通り家を出る。母親には始終変な目で見られたが、何でもないと突き通すと終いには「誕生日がそんなに待ち遠しかったなんて」なんて意味の分からない見当違いの誤解を受けたがどうでもいい。スキップしそうな勢いで角を曲がってトラファルガーの家の前に辿り着くと、また一分もしないうちに見知った姿が現れて情けないことに泣きそうになった。そんな自分にどんだけトラファルガーを中心にして回ってんだかと苦笑する。「おはよう、」と声を掛けるとトラファルガーは物珍しそうに俺を見た。

「なんだよ」
「いや別に?会ってすぐ『さみー』以外の言葉聞くの久しぶりだなって」
「んなこたねェだろ」
「あるっての。大体寒いなら厚着してくりゃいいのに」
「お前はマフラーぐらいしろよ。見てるこっちが寒い」
「俺は別に…」

そう区切ったトラファルガーがまたしげしげと俺を眺めてくるもんだから、どうかしたかと首を傾げる。そんな俺にこいつはやっぱり物珍しそうな顔で「今日はよく喋るんだな」と言った。

「いつもは亀みたいに縮こまって『うん』か『おー』か『寒い』しか言わないくせに」
「亀って……俺だってなぁ、」

今日は特別なんだよ、と言おうとして口を噤む。特別なんて言ったら最後何がどう特別なのか言及されるに決まってる。お前が死んだと思ってたら実は夢だったから嬉しくて、なんて口が裂けても言えないし、ヘンに言葉を濁して母親のような勘違いをされても困る。返答に窮して不自然な間をあけたが「そーいう日もあるんだよ」となげやりに返すと、トラファルガーは「ふーん」と言ったきり追及することなかった。それにほっとすると同時に、こんなくだらない会話ができて幸せだと自然緩みそうになる口元をマフラーで隠す。だから俺の世界トラファルガーで構築され過ぎだろ。否定しないけども。
「そういえば昨日、」と話し出したトラファルガーに相槌を打ちながら、ふと夢で見たトラックが突っ込んでくる場所までもういくらもないことに気づく。あれは夢だと、そう分かっていてもじわりと嫌な汗が出てくるを止められない。あの時は俺も幸せに浸ってぼうっとしていたから全く気が付かなかったけど、今はそんなこともない。たとえ来たとしても分かっているから未然に防げる。まあ夢の出来事だから心配ないだろうけども、

「――――、ユースタス屋?」
「…あ?」
「あ?じゃねーよお前絶対いまの話聞いてなかっただろ」
「いやきーてた聞いてた、あれだろ?明日日直だりーなって」
「んなこと言ってねぇよ!それに日直なのはお前だろ!全然聞いてないじゃん」
「わりぃってぼーっと…」

そこまで言ってはっとした。急に黙った俺にトラファルガーは不思議そうな顔をしたがそれどころではなかった。すらすらと口を吐いて出る言葉、夢と同じ、一字一句違わない。もしかしてあれは正夢だったとでもいうのだろうか。ひやりとしたものが背中に伝わり、俺はトラファルガーに視線を投げる。夢と同じように唇を尖らせて、拗ねたような横顔。それでも黙っていればぐいっと胸元に押し当てられた、全く同じラッピングされた袋。
でも、そうだ、もしこれが正夢だとしても俺はこの先に何が起きるか知っている。だから大丈夫、そう自分に告げながら歩を進める。「ありがとう、」と受け取ったプレゼントにぎごちなく告げ、トラファルガーがそんな俺の態度に不審そうにこちらを見る。誕生日にその顔は初めて見るな、なんて思いながらもトラファルガーの足は止まらない、もちろん追いかける俺の足も。

ああ、もうすぐ、あと五メートル、何か言わなきゃ、トラファルガーが不審がってる。

「すげぇ嬉しいよ、」乾いた唇を舐めながら、あと三メートル。

不愛想に頷いたトラファルガーに笑いかけながら、二メートル。

もう、一……掌に爪が食い込む。

――そうここだ、この瞬間、この場所で。


そう思った瞬間激しいクラクションが鳴り、慌ててトラファルガーを自分の元へ引き寄せる。勢い余って尻もちをついたが、走り去っていくトラックを見つめる体は五体満足で。腕の中には「何だあの車危ねェな」と眉根を寄せるトラファルガーがいて。その手も、足も、綺麗で、顔にも傷一つない。アスファルトを汚す血はどこにもない。

「はぁ…」

安心したら溜息が出て体から力が抜けた。いつまでくっついてるんだよ、とトラファルガーは怒ったようにいったがその頬がほんのりと赤いことを言い訳に腕を離さない。大丈夫か?と声を掛けるとトラファルガーはこっくり頷いた。

「…ありがとな、ユースタス屋」
「ああ、そりゃこっちのセリフだよ。誕生日プレゼントありがとな、すっげェ嬉しい」

今度は何の気兼ねもなく言える。笑ってそう告げるとトラファルガーはやっぱり同じ顔でこっくり頷いた。そんな顔すんなよ、期待しちまうだろ、なんて思いながらそれでも目が離せない。ぶっきらぼうに「誕生日おめでと、ユースタス屋」と言ったトラファルガーのその頭をぐしゃぐしゃに掻き回した。やめろと手を振りほどこうとするトラファルガーとじゃれ合って、遅刻しそうになっているのに気づいて慌てて学校へと向かった。笑いながら隣で走るトラファルガーを見て、今日は最高の誕生日になりそうだ、と。そう思っていた。


幸福に浸っている間に訪れる不幸ほど人を絶望の淵に突き落とすものはない。まだ終わっていないんだと気づいた時にはもう遅かった。

建設中のビルの横を通ったその時。前を走っていたトラファルガーが「ユースタス屋遅いぞ」と振り向いて笑った時だった。
「危ない!」どこからか聞こえてきた声に立ち止まって上を見上げれば、ゆっくりと、目に焼き付くように降ってきた鉄骨が。俺の目の前で、がしゃんとトラファルガーの上に落ちた。

聞きたくもないような音だった。悲鳴と怒号が飛び交う中で俺はまたアスファルトに滲んでいく血を眺めていた。どうして。重い足を上げて歩み寄ると膝をついてトラファルガーの手を掴む。ぴくりともしないそれは、でも、まだ温かくて。これから死ににいくようなものには到底思えなかった。
これは夢だと笑いながらはみ出た内臓を必死にかき集めて押しこめた。トラファルガーが死ぬわけない、死ぬわけない、ぶつぶつと呟きながら手を血で汚す。聞こえた悲鳴にはきっと俺のことも含まれていたのだろう。

その後駆けつけてきた救助隊に無理矢理引きはがされて、そこからぷっつりと意識がない。おそらく気絶してしまったのだと思う。ぼんやりと覚醒した頭で見つめた天井はやはり見慣れたもので。頭がひどく重い。頬が濡れていることに気づいて拭えば涙が両目から溢れていた。
俺は、また、トラファルガーを。今度は現実でも。やりきれない思いが胸の内を渦巻く。二度も失ったショックは大きく、代替のない現実で起こったという事実が俺の気持ちを加速度的に死へと追いやっていく。トラファルガーのいない世界に生きていても意味などない。今から俺も死んでやろうか。ふらつく体を無理矢理起こして立ち上がろうとしたそのとき、再び軽快なアラーム音が耳に付いた。テーブルの上で震えている携帯をぼんやりと見つめる。
このアラームを切ることであの時は夢から目覚めることが出来た。じゃあ、今回は?今だってまたこのアラームを切れば、悪夢から目覚められるんじゃないだろうか。この長い悪夢から――なんて、そんなことは有り得ないと自分でも分かっている。今度は違う、紛れもなく現実だ。そのことに変わりはなくて。自分の考えに自嘲すると携帯のアラームを止める。ピッと鳴って止まったそれは同じようにホーム画面を映し出した。

「……は?」

示された数字、それを見て喜ぶことはもうなかった。その代わり目を見開いて、同じように慌ててリビングへと駆け降りる。そしてまた同じことを母親に聞き、訝しそうな顔をしながらもこう告げられた。今日は「一月十日」だと。







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