キッド誕2014 | ナノ

くわぁ、と欠伸を一つすると洩れ出た息が白く漂う。身に染みる寒さにぶるりと震えながら角を曲がると、見慣れた家の前で足を止めた。一分もしないうちにがちゃりと家のドアが開いて中から見知った人物が顔を出す。口を開くのも億劫で片手をあげて挨拶を済ます俺とは違い、トラファルガーは駆け寄ると「おはよう」と告げた。

「あーまじくっそ寒ぃ」
「毎朝毎朝おなじ文句ばっかだな」
「しょうがねェだろ、寒ぃもんは寒ぃんだよ」

マフラーに顔を埋める俺を見てトラファルガーは呆れたように笑う。こいつは如何せん寒さに強すぎる、と思う。その代わり暑さには滅法弱いのだが。

俺の家から少し歩いて曲がり角を一つ曲がった先にトラファルガーの家はある。いつからこいつを迎えに行っていたかなんて忘れたが、小五の時にはもう毎朝迎えに行って一緒に通学していたような気がする。トラファルガーは小四の時に俺が通っていた小学校に転入してきて、そんで仲良くなった馴れ初めは確かその時指定された席が俺の隣だったからっていうありきたりなものだったと思う。そっからは趣味も性格も何にも合わないくせして毎日毎日飽きもせず一緒にいる。中学はもちろん高校まで同じところに進学した俺とトラファルガーの関係性は、「親友」だの「腐れ縁」だの「幼馴染」だの、様々な呼び名を周囲からつけられた。そう言ったむず痒い呼び名はまさしく今の俺たちの状況にぴったりと当てはまっていて、実際口先で否定したってそれが事実であることには変わりない。「俺と?ユースタス屋が?親友?」なんて言ってこいつが腹抱えて笑うのは知ってるけど、一通りヒーヒー言った後で「うん、でもまあ、そんなもんかな」なんて肩を竦めて肯定するようなことを言う、それこそが俺とこいつの関係を端的に表していた。
だけど俺はそのどの呼び名も嫌だったし、トラファルガーがそれを認めてしまう事実も気に食わなかった。ぶっちゃけて言ってしまえば俺はトラファルガーが好きだからそう言った呼び名は枷にしかならなかった。まあ男同士なんだから当たり前だ。間違っても「恋人」なんて呼び名を世間はつけちゃくれない。それに俺だってまだこの気持ちは当の本人にも伝えてないし、それなのにそれ以上の関係を望むなんて烏滸がましい。分かっちゃいるが俺は相変わらずトラファルガーが好きで、周囲が思う呼び名以上の関係が欲しくて、だけどこの気持ちを伝える気は結局なかった。
俺はまだ高校二年生で、俗にいう青春真っ盛り。それはもちろんトラファルガーも同じこと。そんな青春真っ只中の思春期真っ只中に「トラファルガー好きだ!」なんて言って「友達」としての関係までぐちゃぐちゃに壊れてしまうようなことをする勇気はない。修復不可能な関係になってしまって卒業まで会話はおろかその後の進路もばらばらになりそれからはもう二度と――なんてことになるのは真っ平ごめんだ。女々しい、重いなんて言われてもそうなるくらいなら俺はこの気持ちを一生隠し通す。墓場まで持っていく。要は自分のエゴだがトラファルガーにとってもその方がいいだろう。長年連れ添ったお友達が実は自分のことをずっと狙っていたホモだったとか知りたくない事実だろ?いや俺はホモじゃないけどさ、トラファルガーが好きなだけで。自分が好きだってことをひた隠しにして一生友達として連れそうってのもなんだかストーカーじみてて気持ち悪いとか思うなよ。俺はトラファルガーに彼女が出来たって妻が出来たって目一杯喜んでやれる自信はあるんだ。まあその後一人で家に帰って泣くけどな。

「――――、ユースタス屋?」
「…あ?」
「あ?じゃねーよお前絶対いまの話聞いてなかっただろ」
「いやきーてた聞いてた、あれだろ?明日日直だりーなって」
「んなこと言ってねぇよ!それに日直なのはお前だろ!全然聞いてないじゃん」
「わりぃってぼーっとしてたんだよ。で、何だって?」

むっとしたように唇を尖らせるトラファルガーは謝ってもむっとしたままだ。こいつは機嫌を損ねると面倒なもんで、どうしたもんかと思いながらその横顔を盗み見る。唇を見てキスしてェなーなんてアホなことを思うのはいつものことだ。死ぬ前に一回くらいキスさせてほしいもんだ、とは真面目に思うこと。まあ無理だろうけど。
とりあえずトラファルガーの機嫌を直そうと口を開こうとして、そこでいきなりぐいっと胸元に丁寧にラッピングされた袋を押し付けられた。反射的に受け取って、停止した思考回路が三秒後に動き出した時には俺の顔はだらしなく緩んでいた。こうして何の前触れもなくプレゼントを渡すのはトラファルガーの常だ。普通なんかあるだろ?「誕生日おめでとう、はいこれプレゼント」とか。しかしこいつにおいてそういった類の言葉は皆無だ。突然ぐいっとプレゼントを押し付けてきて、俺が一頻り喜んだのを見たあと、俺の感謝の言葉にぶっきらぼうに頷く。そうして一連の流れが落ち着いたところで漸く、おずおずと「おめでとう」と口に出してくれるんだ。いつからかそれが誕生日の恒例となっていて、そのおかげで俺は自分の誕生日がくるのを密かに楽しみにしている。こんなトラファルガーを見れるのは年に一回きりだし、トラファルガーが俺のために選んでくれたプレゼントも年に一つだけだから。
今年もその日がやってきたというわけだ。与えられたそれを両手で大事に持つと「すげェ嬉しい、ありがとうな」と。そう言うとトラファルガーはほんのりと頬を赤く染めていつものようにこっくり不愛想に頷いた。俺はしきりに「早く中が見たい」だの「学校着いたら開けてもいいか?」だの弾んだ口調を抑えもせず投げかけるが、明確な答えがないのは分かっている。隣を歩くこいつは唸るような声を出しながらも頬を染めたままで、それに気恥ずかしいだけだと分かっていてもそんな顔を見てしまうとやっぱり妙に期待してしまう。だけど俺はこいつにとって「友達」以外の何者でもない。そんな期待は抱くだけ無駄だと分かっているから。邪な気持ちを振り払うようにトラファルガーのその態度を笑い飛ばすと、もう一度「ありがとう」と伝えてプレゼントを鞄の中にしまった。俺が鞄のジッパーを再び閉めるのを横目で確認したトラファルガーは、ちらりとこちらを見つめて、まだ照れくさそうな顔をしていたから多分「誕生日おめでとう」と言おうとしたんだと思う。いつもそうだから。だから俺もその言葉を聞こうと黙ってトラファルガーの方を向いた。
なのに俺が聞いたのはその言葉じゃなかった。はにかんだような笑顔でもない。ただ、ハッとしたように見開かれたまあるい瞳だけが俺を見つめていた。


「っ、ユースタス屋!!」


突如鳴り響いた耳が割れるようなクラクション。危ないと叫んだトラファルガーは強く俺を突き飛ばす。スローモーションのように流れていくその景色。伸ばした腕は空を切り、ぐしゃりと何かが潰れたような鈍い音。呆然とした俺を置いてアスファルトに赤い血が滲んでいく。
意味が分からなくて瞬きした。いつの間にか降りてきていたらしいトラックの運転手が何事か叫んでいる。傍を歩いていた人たちが足を止め、何やらひそひそと囁いている。俺にはそれがまるで遠い世界の出来事のように思えた。だって、トラファルガーは生きてる。人を轢いたと喚く運転手は何かの間違いだ。こっちにきて見てみろよ、ほら、トラファルガーの顔には傷一つないから。もう助からないだろうと唸った誰かは一体何を見てそう言ったんだ。ただ少し血が出ているだけで、トラファルガーは。「なあ、そうだよな、返事しろよトラファルガー」そう言ったはずの唇はぱくぱくと動くだけで、代わりにハッハッと荒い息が洩れる。激しく脈打つ心臓が痛い。どうせならこのまま胸が張り裂けて、俺もこのままトラファルガーと共に死んでしまいたい。いや、何を言っているんだ、トラファルガーは、トラファルガーは死んでなんかいない。お前にまだ伝えてないことたくさんあるんだ、もっと一緒に笑って、泣いて、怒って、こんなところで死んでもらっちゃ、俺が、

「っ、目ェ、覚ませよ、」

俺を庇って死ぬなんて、そんなの絶対許さねェ。







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