ロー誕2012 | ナノ

涙を流したその子が暫くして落ち着いて、ごめんねありがとうと俺のもとを去って少ししてからユースタス屋はきた。日はすっかり落ちてしまっていて、外はもう暗い。机の上に座ってぼんやりと窓の外を眺める俺に、ユースタス屋の視線が突き刺さる。

「…お前、好きなやついたんだな」
「盗み聞きかよ」
「しょうがねェだろ、早く終わったから抜けてきたのに入れねェ空気でてるしよ…外でずっと待ってたんだぜ」
「そりゃタイミングが悪かったな」

斜め向かいに立ったユースタス屋に肩を竦める。今更話の内容を聞かれていたからと言って慌てるようなことも何もない。その相手がユースタス屋だってばれてるわけじゃないし。

「よーしじゃあ今日はユースタス屋くんの奢りで…」
「なぁ、その好きなやつって誰だよ」
「んなの大した話じゃねーし誰でもいいだろ。それより早く、」
「よくねェよ」

誰でもいいじゃ困るんだ。
その言葉に顔を上げたときにはユースタス屋が目の前にいて、その表情が馬鹿らしいほど真剣だったからつい黙って見つめてしまった。なに言ってんだといつもの冗談で笑い飛ばしてやりたかったのに、口から洩れ出るのは吐息だけで下手な言葉も言えやしない。なに、と漸く言えたその二文字に疑問と冗談を混ぜたけれど変わらずユースタス屋の瞳は真剣で、俺は引き攣った笑顔を引っ込めた。

「ユースタス屋、」
「お前の好きなやつってのが、俺じゃないと困るんだけど」
「っ…は?いや、何言ってんだよお前」
「冗談じゃねェ」
「…っ」

喉が引き攣ったような音がして、一歩足を引けばがたりと机にぶつかった。ああ、ついに、と俺は顔を顰める。

「お前が好きだ、トラファルガー」

ユースタス屋の真剣な声、表情、まっすぐな瞳。そのどれもがユースタス屋なのに、そのどれもにユースタス屋の意思が欠落していることに泣きたいほどおかしくなった。愛しくて、どうしようもなくて、ずっと手に入れられたいいのにと思っていた存在がこうして目の前で俺を好きだと言ってくれているのに、そこに一番重要なユースタス屋の意思は存在しないのだ。あるのは掌に収まるちっぽけなキャンディだけ。それを食べて、不幸にも俺を好きだと思い込んでしまったユースタス屋だけ。

「…っ、違う、ユースタス屋、違うんだよ」
「何が…」
「お前は俺を好きなんかじゃないんだ。好きでもなんでもない」
「は?何言って…俺はお前が、」
「でも!…でも、俺は」


お前が好きだよ、ユースタス屋。


ああ、俺今うまく笑えてんのかなあ。さっきの子みたいに震えてるんじゃないだろうか。くっしゃくしゃの笑顔で、うまく笑えない面でそれでも必死に笑顔作って。できればこんなタイミングで告白したくなかったんだけどなあ。
目を見開いたユースタス屋が何か言う前に、ポケットに突っ込んでいた青いキャンディを包みから取り出すと口に含む。丸みを帯びたそれが口の中を滑り、俺はユースタス屋のネクタイを掴むとその唇に口付けた。
一回目に触れられた時よりも感触がよく分かる。もう二度と触れることがないだろうその唇、その体温。薄く開いたその隙間から舌を入れて、そうしてカラリとキャンディを口移す。もうこれが最後だから、ごめんな、ユースタス屋。そう心の中で呟くと、唇を離して首に腕を回すと耳元でそっと囁いた。

「トラ、」
「いいから、そのまま…噛んで」

夢の続きが見たかったはずなのに、続きを見ることも、ましてや夢のままでいることも出来なくなったのは紛れもなく自分のせい。結局夢を粉々に打ち砕いたのは他でもなく俺で。夢を歪曲させた現実で、ユースタス屋に好きだと言われながら生きていくのも幸せだろうと思ったけれど、やっぱり自分のエゴでユースタス屋の未来を奪い取ることは出来なかった。中途半端で、結局苦しめたのは自分の首だ。その結果がこの青いキャンディ。あの店にもう一度行って、店員に事情を話して出してもらったピンクと対になるキャンディ。自業自得の俺はこのキャンディで自分の夢に自分で終止符を打つ。
じっとユースタス屋の顔を見つめる。がりっ、と何も聞こえない静かな空間に響くカウントダウン。青いキャンディの効果は打消し。ピンク色のキャンディと対になる存在で、そのキャンディを打ち消す存在。つまり一目惚れがなかったことになるということ。ただし副作用がある。

「飲んで…食べて、ユースタス屋」

ユースタス屋の喉が鳴った時、この恋は処刑される。楽しかった夢はもう終わり。そろそろ目覚める時間だ。
がりがりと砕ける音が止んで、こくりと喉が鳴る。それを見届けて、俺はすっとユースタス屋の傍を離れた。このキャンディの副作用は、『相手から倦厭される』こと。だからもう二度と、隣には並べない。

「これでさよならだ、」

涙で滲む視界で笑う。自業自得の末路を笑えばいいさ。叶わない恋だと言っていても、やっぱり諦めきれなかった俺を、醜く足掻いたその結果を。
ぐっと唇を噛んで俯く。次にユースタス屋に何を言われるか、考えるのも怖くてこの場から逃げ出そうと振り返ろうとした、そのときだった。

「何がさよならだって?」

ぱしりと腕を掴まれ、退路を閉ざされる。ユースタス屋の言ってる意味が分からなくて、え、と間抜けな声を上げれば腕を引っ張られてその胸の中に閉じ込められた。

「は、っ…な、!?ユースタス屋!?」
「何かよくわかんねェけど、両想いってことでいいんだよな?お前も俺のこと好きだし、俺もお前のこと好きだし」
「え、なん…!だってさっきキャンディ食って…!」
「あ?おー、食ったけどそれがどうかしたか?」

つうかお前訳分かんな過ぎだっつの、いきなり違うとか否定しだすしキスしてくるし突然アメ食わすし…。
ぶつぶつと文句を言いつつ、離さないと言いたげに強く強く抱き締めてくるユースタス屋に頭の中が混乱する。だって俺は確かにあの店員の説明をきちんと受けて買ってユースタス屋に食わせたわけで、それが効かないなんてことは……、?…っ!

「っ、ユースタス屋!」
「何だよいきなり、血相変えて」
「お前いつから俺のこと好きだった!?」
「いつって…あー…わりと初めのころから好きだったぜ。一年の冬くらいか?」
「………うそだろ」
「どうかしたのか、トラファルガー?」
「ユースタス屋のアホ!」
「んだよいきなり」

ピンク色のキャンディを買った時、説明だと言って用法を教えてもらっていたが関係ないことだとすっかり聞き流していたことをたった今思い出す。

『ただし、元々から自分を好きな相手に食べさせても効果はないからな』

そうだ、こんなこと絶対ありえないって思って考えもしなかったんだ。だから、つまり…今までのは、全部ユースタス屋の本当の…。

「結構アピールしてんのに全然気づかないんだもんなーお前。だから好きとか言われた時はビックリした…って、トラファルガー?んでそんな顔赤くなってんだよ」
「うるせぇ、見んな!俺の今までの苦悩を返せバカスタス〜!!!」
「今度は何泣いてんだよ…忙しすぎだろ」

ごしごし目を擦っていれば、苦笑したユースタス屋に手を取られてそっと涙を拭われる。そのままちゅっと目尻にキス。笑った顔見せてくれよ、な?と頬を撫でられてまた涙が出てきて結局ユースタス屋を困らせてしまった。





「俺の知らねェところでそんなことがあったのか…」
「うう…こんなことなら普通に告ってりゃよかった…マジはずい…」
「俺は良かったけどな。トラファルガーがそれだけ俺のこと好きだって知れたし」
「自惚れんなアホ!」

あのあと涙が落ち着いて、ユースタス屋の家に行った。さすがにこんな状態で外でメシなんて食えないし。今はさっきの謎の言動を追及されて渋々ながら全部話したところ。ユースタス屋はにやにや笑ってるけど俺は死にたいほど恥ずかしい。むしろ死ぬ。

「つうか勢いで告っちまったけどフラれなくて本当良かったわ。フラれてたらこれも渡せなかったし」

本当はこれ渡したあとに告る予定だったのによ、と言ったユースタス屋が鞄から取り出したのは丁寧にラッピングされたプレゼント。受け取りながら頭にクエスチョンマークを浮かべれば、苦笑したユースタス屋に今日の日付を聞かれてはっと思い出す。

「もしかしてこれ…」
「そ、誕生日プレゼント。忘れんなよ自分の誕生日」
「忙しかったんだから仕方ないだろ」
「俺のことでな」
「ユースタス屋!」
「悪かったって。な、中見てみろよ」

からかうユースタス屋に文句を言いつつも、プレゼントに視線を落とすと丁寧にラッピングを外していく。そうして出てきたのはこの間買い物に出かけたときに見たマフラーで。新しいのが欲しいとぼやきながら見ていたのをしっかりと記憶に留めておいてくれたのだろう。決して安くはないそのプレゼントに、俺はぎゅっとそのマフラーを握り締めた。

「これ…」
「誕生日おめでとう、トラファルガー。それが欲しかったんだろ?」
「…ありがとう、ユースタス屋」

ちらりと視線を向ければ満足そうな顔をしたユースタス屋。それに何だか恥ずかしくなって俯けば、ちょいちょいと手招きされてユースタス屋の腕の中へ。

「来年も祝わせてくれよ」
「…来年と言わずずっと祝わせてやる」

俺の可愛くない返答に吹き出したユースタス屋にぽんぽんと頭を撫でられる。腕の中でユースタス屋のぬくもりを感じながら、この恋の執行猶予が百年でも二百年でも続けばいいと思った。




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